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お人好しとランチ

「おーい!大丈夫だったかぁー?」

 トラック窓から身を乗り出し、手を振りながら近づくと、向こうも手を降って応えた。よかった、どうやらマトモな相手らしい。

「災難だったね、手伝うよ」

 装甲トラックを止めて降車、二ラティも怪我人の救助やひっくり返った装甲車を戻すのを手伝った。

 怪我人はごろごろいるようだが、命に関わるような大怪我や死人が出ていなかったのは幸運であった。

「嬢ちゃん。あの狙撃はあんたか」

 振り向くとそこには、この大所帯のリーダーらしきゴーグル姿の男がいた。大柄で筋肉質、無精髭の目立つ、益荒男といった厳つい風貌である。

 その手には二ラティの打ち込んだ大口径ライフルの弾丸があった。化け物に打ち込まれて大きく変形した弾丸だが、そこには小さいがくっきりと”≠”が刻み込まれている。

「ああ。遠くからあの化け物が大暴れしてるのが見えたもんでね……邪魔だったかい?」

 男はゴーグルを跳ね上げた。その下にあった目は、ガタイのイカつさの割に、小さくてつぶらで……笑っていた。

「いいや。あの狙撃がなかったら押し切られてたかもしれん。礼を言うよ」

「ならよかった。デートの邪魔だけはしたくなかったからね」

 二人は固い握手を交わした。

「ソルムッカだ、ありがとう」

「二ラティだ」

 反射的に名乗ったときには、もうソルムッカは首を傾げていた。

「二ラティ?虚笛の二ラティ……いや、んな訳はないか、若すぎる」

「あー……なんでもいいさ、別段珍しい名前でもないだろ?」

「ふむ……そうか、それでパーソナルマークが”≠”なのか。大変だな、有名人と名前が被ると」

 まさか見ず知らずのレアメタルハンターにまで名前が知れていたとは思っていなかった。が、ソルムッカが都合良く勘違いしてくれたらしい。いちいち説明すると頭がおかしいと思われかねない。その勘違いにノることにした。

「そういうこと。そうだ、良ければ”じゃない方の二ラティ”とでも呼んでくれるかい?オバハンじゃない方って感じで」

 ケロッとした口調で返すとソルムッカは噴き出した。

「ぶふわはは。そりゃいいや、判り易くて気に入った。あっちは死んだって噂もあるしな。

 それじゃあ先に……決めとこうか」

「いいね、色男。話が早いのは好きだよ」

 一瞬の沈黙を挟んで、二人はほぼ同時に次を切り出した。

「五パーでどうだい?」

「一割欲しいなぁ……」

 二ラティの取り分の話だ。仕留めたのはソルムッカ達だが、二ラティの貢献は大きい。弾丸のパーソナルマークは、これを主張するためのものである。

「おっほほう、若いのになかなか言うね」

「そっちこそ。仲間の命が助かったと思えば、妥当だろ?これでも今月は新人割引適応中なんだ、テクの割にはお得じゃないかい?」

 お互い顔は笑っているが、目はマジ中のマジである。なんなら撃ち合いよりも真剣勝負だ。

 貢献度と慣習、それぞれの頭数から割り出すと、一割は少々高いが五%は少々安いかなといったころだ。

 話した感じソルムッカは悪い男ではないが、それはそれ、これはこれ。きっちりと話をつけねば、今後お互いの活動に支障が出かねない。

「そうなんだけどさ……見てくれよこの有様。装甲車が四台は廃車で、六人が骨折だ、暫く物入りなんだよ、頼むよ」

 苦笑いして拝んでみせるソルムッカに、二ラティはちょいと胸を寄せると、そこに手を当てて応える。

「こっちもさぁ……トラックもライフルも背伸びして買ったもんだから、借金地獄なんだよね。返済滞ったらMr.クレンズが黙っちゃいない。それこそ風俗に売られちゃうかもしれないんだ。この歳じゃアッチの業界、もう需要ないじゃん?何年かかるか判んないよ」

「Mr.クレンズから?なんでそんなヤバいとこからつまんだんだよ」

「信用がなくてさ」

 両者丁々発止のハッタリ合戦である。大げさではあるが嘘ではない。善ではないが無論悪でもない、これは交渉術というものだ。

「んー……ろ、いや七パーで」

「七パー、オッケ」

 妥当なところだ。二人はごつんと拳を突き合わせると、さっきより固い握手を交わした。

「いやぁ、よかった。あのオバハンの方だったら、二連戦になるところだったかもしれない」

「へぇ……アタシよく知らないんだけど、そんなにヤバいの?オバハンの方の二ラティは」

 以前の自分はどれだけ悪評が立っていたのかと、興味本位で聞いてみる。するとソルムッカは肩を竦めた。

「聞いた話じゃ、腕も太々しさも頭抜けてるらしい。今回だって問答無用で三割くらい持っていくかもしれない。交渉前にね」

「そりゃあバケモンだ。オバハンは怖いね、あはは」

 二ラティが苦笑いを浮かべたのは、内心(前の規模の一味だったら言ってたかもなぁ……)と思ってしまったからだった。

「まあいいさ、今回は穏便に済んだ。

 どうだニラティ、昼飯食って行かないか?一人じゃ大したもん食えてないだろ?」

「え……?いいの?」

「まだ若いだろ?たんと食ってけ」

 片付けの後に供されたのは温かいスープとパン、ハムとチーズにドライフルーツであった。簡素であるが、ジュレピとカロリーブロックで済ませる予定だった二ラティにとっては思わぬご馳走であった。

「ほら、ここ座れよ二ラティ!」

 ソルムッカが自分の隣の席をバシバシ叩く。目を疑ったのは、ソルムッカ一味のスタイルだ。なんと全員が輪になって食事を摂るという、二ラティ一味では考えられないアットホームさであった。

「皆!このお嬢さんが俺たちの命の恩人、二ラティだ。二ラティと言ってもあの悪名高い強欲の二ラティじゃない、ちゃんと話の通じるお嬢さんだ。言うなれば”じゃない方の二ラティ”だ。勿論ライバルだが、同業者、仲良くやっていこうじゃないか」

「あ、ども……よろしく」

 十数名の皆が食事の手を止めて拍手までしてくれるものだから、二ラティは頭を掻きながらペコペコしていた。

 今まで気付かなかっただけで、自分はもしかして随分と殺伐としたやり方だったのかもしれない。もっとこういうやり方もあると気付いていれば……と、考えながらの昼食であった。

「うわぁ、美味い。根菜がたくさん入ったトマトスープだ……嬉しい……沁みるぅ」

「だろう?いっぱい食べろよ?」

 ソルムッカは善良と言うか……お人好しの部類かもしれない。

「でも……災難だったね。あんな化け物に追われて……いきなり?」

「ああ、死ぬかと思った。ここ半年、たまーああいうのが出るとは聞いていたんだが……増えてきたみたいだな」

 ソルムッカのボヤきに、二ラティはスープを噴き出しそうになった。

「増えた?!あんな化け物がたくさんいるの?もっと、ずんぐりのそのそした奴は?」

「ああ……前はそんなのばっかりだったが……随分減ったな。なんというか足腰がしゃんとしてて、すばしっこいんだよな、最近の。

 あれより少し小さいヤツとか、えげつない爪生えたヤツとか……色々いるらしい」

「マジかよ……」

 少し小さいやつは、先日まとめて狙い撃ちした奴だろう。遠くからなら難しくないが、鉢合わせして正面から倒すのは骨が折れる。≠のレーダーを有効活用して、出来るだけアウトレンジから仕掛けたいものだ。

「元々命がけだったが……お互い、更に厳しくなるな」

「うへぇ……」

「だが助かったよ、二ラティ。いい腕してる」

「だぁろ?」

 大袈裟にノッてやると、ソルムッカ達はどっと笑った。なんだこいつら、どんだけ仲いいんだ。

「大所帯の俺が言うのもナンだが、完全に一人ってのも珍しいな……」

「え?ああ……まあね」

 部下に裏切られて解散しちゃいました。と言えずに口籠っていると、このお人好しはまたなにか早とちりしたらしい。

「そうかそうか、お前さんも大変なんだな。よければ、ウチ来るか?」

「え?いや……あー」

 決して悪い話ではない。あの化け物みたいなヤツがうろついているなら、全体的に金属生命体が強くなっているのかもしれない。勿論一人でやるより実入りは少なくなるだろうが……生き抜く事を念頭に置かなければ元も子もないし、顔見知りと鉢合わせする可能性も低い。だが、一番の懸念は……

『今更、自分が他人を信じられるか……不安なんですよね?』

 脳裏に≠の声が響く。二ラティの視界では自分と背中合わせに座っているが、勿論ソルムッカ達には見えていない。

 それを誤魔化そうとするその顔は、果てしなく膿んだ心の傷に触れられたようにも見えただろう。

「あー、済まない。訳アリらしいな、忘れてくれ。だが、折角の縁だ。いつでも力になるから声をかけてくれ。俺たちはこのへんでウロウロしてるから」

「……ありがとう。助かる……また来るよ」

 本当、こんなヤツばかりなら、もう少し生きやすい世界だろうに。

『疑って皮肉を吐いちゃう自分が、ちょっとだけ惨めに感じますよねあばばばば』

 こめかみに磁石を近づけて、≠の台詞を無理に遮った。

「そんなんじゃない。一人が気楽だからさ」

 結局はそう嘯いて、二ラティは分け前を受け取りその場を後にした。


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