自分の仇討ち
『はぁーあ、つまんない話しちゃったねぇ』
押し黙ってしまった≠であるが、その顔にはでかでかと"納得いかない”と書いてある。自分のせいか、随分人間臭くなったものだ。もしかしてこのやたらと強い反骨精神も自分由来なのだろうか。それとも無垢だから目線がフラットなのか……想像もつかない。
「魚は陸には住めないし、草木は散歩もできやしない。仮に不愉快であっても、どうしようもない。生まれる前から決まってることだからね、どこから文句をつければいいかもわからない……そう思ってた。半年前までね。
頭に変なもんが混ざったせいか、考え方が変わっちまったのかね」
開け放した窓から肘を出して風を受けると、いつの間にか上がっていた体温が下がっていくのがわかった。
『それはきっと、ワタシもです。
ですが、変わった自分を嫌と思ったことは一ミリ秒だってありません。世界は、こんなにも広いのですから』
「ああ……いい心がけだ。アタシも見習わなきゃだ」
からりと笑って、ホルダーに引っ掛けたカップからジュレビをつまんだ。焼けるように甘いこのお菓子も、今の体なら胸焼けすることもない。以前はタバコだったが、折角なので禁煙は継続だ。
リラックスすると視界が広がる。自然と視界の片隅のレーダーにも注意が向き、細かな異変に気付いた。
「ノット、南西四キロ先の反応をアップにして」
『はい。おや、これは……』
数十の青い点が、一つの赤い点を取り囲んでいる。ただそれだけの記号なのだが……最初は何倍もいた青い点が、みるみる減っているのが見える。
「……あいつだ。そりゃそうか、一頭だけのわけないや」
呟いた二ラティはハンドルを切ってアクセルを踏み込んだ。車体を振り回すような急旋回でぐるんと回頭すると、南西へ向けて急発進。
ハンターが襲われている。恐らくは、二ラティと刺し違えたあの化け物と同格の個体に。
『行くんですか?!』
驚きの声を上げる≠だが、装甲トラックはますますエンジンを猛らせると土煙を巻き上げ、猛スピードで荒野を突っ走る。
「助けに行くさ、当たり前だろ!
気付いてシカトはできないよ」
青い点の数からして、レアメタルハンターはそこそこの規模だ。しかし、数メートルのずんぐりむっくりがのそのそ動くのを前提としているそこらのハンターの装備では、あの洗練された巨体とその俊敏さには敵わないだろう。
暫く荒野を飛ばし……戦場までおよそ五百メートルを切ったところで再び急ハンドル。一気に近くの丘を駆け上って停車すると、ライフルを掴んて屋根の上に飛び乗った。
「補助頼むよ、ノット」
左膝を立てて座るとその上に肘を置き、そこに右腕で構えた銃を乗せた。空いた左腕は右前腕を掴んでとにかく振動を顕現する。コンパクトでありながら揺れを極限まで排除した狙撃姿勢である。うつ伏せには劣るが、今は少しでも高さを稼ぎたい。
『お任せ下さい、マム』
銀髪が銃と二ラティを繋いで、照準精度をぐっとあげる。狙いはここから四百八十メートル先の大型金属生命体である。やはりあのバケモノ、暴れ狂ってレアメタルハンターを襲っている。
『うーわ。やっぱり化け物だねぇ。アタシどうやってあんなのと刺し違えられたんだろ、不思議だ』
長大で太い尻尾の薙ぎ払いは、装甲車を2台まとめてひっくり返す。その尻尾と釣り合う頭、それが誇る分厚い顎の咬合力は装甲車を易々と齧り取る。巨大なくせに軽快な足は重機すら泥のように踏み潰している。
火を吐いたりトゲを飛ばすようなケレン味はなく、ただただ質量とフィジカルに任せた暴力。単純だからこそひっくり返し辛い、化け物にふさわしい暴れっぷりであった。
「やっぱりそうだ……アタシの仇とクリソツじゃあないか。自分の仇討ち、しちゃおっかな」
怒りに昂る神経と恐怖に竦む足を精神力でねじ伏せ、心を平坦に保つのは至難の業であった。
『腕をお借り出来れば照準補正しますよ?』
「無粋なこと言う子だね。これは仇討ちなんだ、力は借りてもシメは自分の力でやりたい。でなきゃスカッとしないだろ?」
『失礼しました、黙ってます』
「そうそう、女心が判ってきたじゃないか」
『女心というにはちょっとマッチョ過ぎませんか?あっと失礼、黙ります』
ハンターもなんとか反撃を試みているようだが、追われながらの乱れ撃ちでは殆ど当たらない。あれでは大口径砲があってもぶち込む隙を見つけられないだろう。形勢不利、誰かが特攻して隙でも作らねば、全滅すら見えてくる。
「よーしよし。こういうときに、意識の外からぶち込むのが一番効くんだ」
唇を舐めると息を止め、重い引き金を引く。炸裂が銃声と一緒に、子供の手首ほどもある巨大な弾丸を吐き出した。銃口から噴き出す炎が、一瞬邪悪に嗤ったのを、二ラティの目は確かに捉えた。
大気を劈く弾丸が、化け物の牙を数本まとめて粉砕する。奴らに痛覚があるのかはわからないが、衝撃に動きが止まれば狙いやすい。呼吸を止めたまま更に引き金を引いて弾丸を打ち込む。立て続けに、そして正確にぶち込まれる弾丸は表皮を砕き、あるいは抉る。
流石の化け物もこれは無視できなかったのだろう。不躾な乱入者に怒りを覚えたか足を止め、下顎を地面に擦るような低い姿勢で咆哮する。
大気をビリビリと震わせる咆哮は、慣れない者が向けられれば吹き飛ぶか、あるいは失神していたかもしれない。
だか、彼らレアメタルハンターは違う。思いがけない援護射撃が作った隙を逃しはしない。千載一遇の好機だと一斉に大口径砲を向け、手持ちの全てを振り絞る勢いで弾丸を吐き出した。
雨あられと降り注ぐライフルや機関銃の弾丸が、金属生命体の固くつるつるした表皮を削る。殆ど至近距離からの徹甲弾がその腹に突き刺さりごっそりと抉る。化け物が怒り狂って再び動き出す頃には、その風穴に榴弾が殺到し、炸裂。一瞬火柱がその巨体を包んだかと思えば――大爆発。もうもうたる土煙の中て、穴だらけになった化け物の影が揺らいて見えた。
(まだ生きてるのか?)
『いえ、違います』
揺らいだ影は……やがて自重でべしゃんと潰れ、鈍色のレアメタルの山となった。文字通り火を吹くような銃砲撃の嵐は、絶命した化け物に倒れることすら許していなかったのだ。
『お見事。いえ、仇討ちおめでとうございます。でしょうか』
「どっちでもいいさ。すっげえスカッとしたからね」
晴れやかな笑顔を浮かべて、二ラティは大きく息を吐いた
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