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抗えぬ選択肢

 その日は獲物を求め、二ラティはサンジーヴァナから少し離れた、言わば辺境の狩場へ向かった。少々距離はあるが、二ラティと≠が順番に運転すれば、一人でも休みながら突き進める。そう気付いてからは行動範囲がグンと伸びた。

「あれ?これ無限に運転出来るんじゃない?」

『いいえ、マム。疲れない気がするだけです。疲労が蓄積する一方なので、本当に体壊しますよ』

「……そっか。しまったな、サスがあんまりよくないぞこの車。うーわ無理したら腰言わせそうだ。今度クッション買おうかなあ、あのシリコンで作ったワッフルみたいなやつ」

『それがいいですね。やろうと思えば、一時的に脳内分泌をいじって痛みを消すことも出来ますが……』

「うーわ、痛み消して調子に乗ってたら取り返しつかないくらいに体壊すヤツじゃん、それ」

 ひと嗤いしてニラティは荒野を眺めた。

 帰ってきてしまったこの生き方は、あまりにも危険に溢れている。何しろ相手は隙あらばこちらを齧ろうとする金属生命体なのだ。レアメタルハンターが危険な仕事であることは一目瞭然であるのだが……ハンターを危険に晒すのは、これだけではない。

 同じくらい厄介なのが、ハンター同士の縄張り争いである。獲物の数が収入に比例する彼らにとって、狩猟は生き馬の目を抜く世界そのものだ。ちょっとした小競り合いが武力衝突に発展し、死人が出る事だって珍しくない。

『そういう無益な争いから身を守る為に、マムは一味を立ち上げ、仲間を作ってたんですね』

「そゆこと。よくある話だけどさ、やっぱり人間は怖いよ」

『なるほど……確かにかつての二ラティ一味は、狩猟というより私兵団のようでしたものね』

「結構大きい方だったんじゃないかな?」

 おそらく最大規模のレアメタルハンターの一つだった二ラティ一味。それが解散したのが半年前。残党がどうしているかは知らないが、おそらく、サンジーヴァナ周辺の勢力図は大きく変わっているはずだ。

 色々寄り道して少々出遅れてしまったが、勢力図の隙間を縫うように、ほそぼそとやっていくのは不可能ではない。

『そんなに厳しい縄張りが?』

「いや、ハンターもそこまで多くない。縄張りと言っても、畑を耕すわけじゃないからね、土地そのものへの執着は薄いと思うよ。

 なんとなく、鉢合わせしたらどっちが譲るか、くらいの話さ。獲物自体は早いもの勝ちだ……普通はね」

『それはつまり、例外がいる、と?』

「いるよ。良くも悪くも色んなやつが……だから出来れば、あんまり会いたくない」

 サンジーヴァナや農村には自警団もいるが、少し離れてしまえば目は届かない。だから、今の二ラティのような小規模なハンターは、多少の効率が悪かろうと鉢合わせを恐れ、少し遠い狩り場を好む傾向にある。

『それならば……マムも仲間を作ったほうが良いのでは?一味とまでは行かなくても、協力関係くらいはあってもよいのでは?』

「否定はしないんだけどね……そんな協調性のあるやつは、とっくに組んでるんだよね……」

『ああ……マムがやっていける業界ですもんね。そりゃあコミュ力に問題あるのが多いわけだ』

「失礼な、アタシはマシな方だよ。ま、好んで絡みゃしないけどね」

 実際、遠くに同業者の車が見えた時点で、二ラティは進路を変えている。流石にそれを追いかけてくるバカはまずいない。

「張り合ったって仕方ない。どうせ獲物がどこにいるかなんて、判らないんだから」

 ぼそりと呟いた二ラティの声に、≠が口を挟む。

『マム、もしかして……獲物を見つけるのは運任せですか?』

「まさか、どんな獲物でも痕跡は残る。農村での目撃情報を聞き込んだり、襲われた家畜やハンターの形跡とかから推測したり、あとは足跡見つけて追跡したりもするよ。

 ……まあ、最初の痕跡を見つけられるかは、熟練と運だけどね」

『なんだ、言ってくださいよ』

「え?……もしかしてノット……判るの?」

 ≠がドヤ顔で胸を叩いて見せた。しっかりドンと音が聞こえるのが芸が細かい。

『お任せ下さい、大体判ります。金属生命体は勿論ですが、レアメタルを使った電子機器も判るので、他のハンターも判ります。位置情報を共有しますね』

 ふよんと視界に浮かび上がるのは、周辺地図上を動き回る赤と青の光点である。

『赤が金属生命体、青が電子機器ですね。大体の進路予測も表示します』

 一目瞭然である。これなら、獲物が見つからなくてイライラすることも、他のハンターと鉢合わせしないかとハラハラする必要もないではないか。

「こりゃすごいや……部屋が≠のヘアオイルで埋まっちゃうよ」

『マム、それなら今度はミネラル補給のタブレットが欲しいです。GMB5の高配合モデル、あれは脳内デバイスの効率改善のために作られた、非常に吸収率のいい特殊配合のサプリです。なので、ワタシにもピッタリなんです』

「よしよし、うまくいったら毎日飲んでやる」

 ≠が喜んでいるのが判る。ご褒美が嬉しいのではない、役に立ち、認められるのが心底嬉しいのだ。

『前の一味があの規模になるまで三十年ですよね?今のマムとワタシなら、三年で行けるでしょう。

 更にもう三年あれば……サンジーヴァナすべてのレアメタルハンターを配下にだってできます』

 自信満々の≠の口調に、二ラティは口角が釣り上がってしまった。今度の相棒は随分と勝ち気だ。うれしいことを言ってくれるではないか。

「随分大きく出たね」

『夢は大きい方がお好きでしょう?』

 ≠の未来予想はかなりの大口ではあるが、夢物語ではない。二ラティに与えられたアドバンテージには、それくらいの価値があるだろう。だが、

「でも、それは……やり過ぎかな」

『なぜですか?全員を配下にすれば、縄張り争いなんて起きようがない。極端な話……そう、レアメタル買取レートだってこちらがイニシアチブを取れます。

 サンジーヴァナを牛耳るどころか、ヴァルセトラだってマムに一目置きますよ!』

「そうだね……だからヤバいんだ」

 三十年分の記憶をぐるりと振り返る。武器や自分が変わっても、この殺伐とした世界だけは変わらない。

「レアメタルハンターを統一して、買い取り価格を釣り上げようとしたのは、ノットが初めてじゃない。十年に一回くらいそういうヤツが出てきては……潰される」

『潰される?……誰にですか?』

「トラカンさ、強制査察の対象になる」

『強制査察……そういえば、ヨガサロンが食らってましたね……今更なんですが、トラカンって何者なんですか?なんでそんなことするんです?』

「塔でみたろ、浮かんでるでっけえの。そういう人種とでも思えばいい。

 なんでそんなことをするかなんて簡単さ、トラカンは”治安維持”の為の生き物だからさ。

 トラカンの武力は何かと戦うためじゃない、サンジーヴァナの主、ヴァルセトラとセラヴィンを守るためだけのものだからね」

 実際口に出すと、守護対処ではないシュランダの哀れさ、惨めさが際立つが……そこに触れると話が長くなる。

『金属生命体の対処は?狩りはしなくとも、シュランダを守ったりはしないのですか?』

「しない。それはシュランダの役目だ。おかしなもんだね、トラカンのほうが強いのに。

 あいつら空飛べる上に、実際強いらしいんだよね。なんでそんな強いんだかね、シュランダ相手なら命令すりゃそれで済むのに、宝の持ち腐れだよ」

 トラカンの命令は絶対である。その命令は個人の意思で跳ねのけることはできない。

 これは身分であるとか職業であるとか、そういう後天的な違いではない。生き物としての成り立ち、生態系ピラミッドの立ち位置からして違うのだ。

「トラカンは基本、シュランダなんてどうでもいいんだ。ヴァルセトラの支配体制を揺るがす問題以外はスルーだ」

『なら先日のお茶は……そんなに大事件だったんですか?』

 ≠が首を傾げる。こいつはあんな大活躍を、何も考えずにやっていたらしい。

「そうだよ?アレをキメるとふわふわして気分良くなるんだけど……どぎつい依存性があるらしい。繰り返すとアレの事しか考えられなくなって、生活の全てをつぎ込むようになっちまう。

 そんなもんがシュランダ全体に広がったら、供物が減ってヴァルセトラが困る。だからトラカンが取り締まるんだ。

 ノットがいなかったら、アタシもアウトだったろうね、助かったよ。このトシでキメセクなんてハマったら恥ずかしいったらありゃしないからね」

 支配体制の揺らぎ。薬物を禁止する最大の理由がそれである。愚かな個人の体調なんかより、その氾濫による社会秩序の崩壊の方が、支配者層にとってはよほど驚異的なのだ。

『なるほど……では、レアメタルハンターを統一するのは、それに匹敵する事態なのですか?』

「そうだよ。レアメタルハンターが武装蜂起すれば、トラカンだってただじゃ済まないからね。

 シュランダはトラカンの命令には逆らえないけど、放たれた銃弾やミサイルは違う。遠くから不意をつけば、一発くらいはぶちこめるらしい」

 もっとも、そんなことをすれば見せしめに酷たらしく殺されるのがオチなのだが。

『……あまり効果的とは言えませんね』

「そうだね。だから直接的な攻撃は避ける。

 別にレアメタルハンターは、ヴァルセトラ達を追い落としたいわけでもない。いなけりゃいないで困るからね。

 レアメタルハンターとしては、買取レートが改善されればそれでいい。ストライキをちらつかせて、レートの改善を求める奴もいた。トラカンや塔にミサイルをぶち込むよりも、こっちのほうがヴァルセトラには効くかもね」

『ストライキ……ですか』

 釈然としなさそうな≠に、二ラティは笑った。

「地味に見えるかい?でもね、これがヴァルセトラに唯一直接影響のありそうな方法なのさ。

 だってレアメタルしか欲しがらないんだもの、それを止めるのが一番効くだろ?」

『なるほど……しかし、武力行使よりストライキのほうが、組織的な力や連携にハイレベルなものが必要では?』

 実際問題当たって砕けろよりも、長期間皆で足並みを揃える方が問題は多い。静かな戦いは、それはそれで地獄であろう。

「うん、そうだと思う。

 まあそういうわけで、デカすぎる組織はそれだけで反逆を疑われちゃうのさ」

『へぇ……ちなみに査察を受けると、どうなるんですか?』

「大抵は首謀者がとっ捕まって処分らしい。判断基準はわからないけど……お茶のときは検査で黒のやつは完全アウトだったみたいだ。

 トラカン……いや、ヴァルセトラにとっちゃ、素行の悪いシュランダは害獣なのさ」

 処刑ではない、処分だ。そこには尊厳も作法もない。その場でひねりつぶすこともあれば、首謀者だけ連行することも、関係者をまとめて吹き飛ばすことも、焼き殺すこともあるらしい。

「現場判断……というか、気まぐれかな」

 けろりと言ってのけるフリをしているが、腹の中には屈辱と怒りがある。

 しかしシュランダである限り、その堆積物をぶちまけるのは難しい。実際問題取れる選択肢は、決死の覚悟で一発ぶち込んで報復されるか、甘んじて地を這うかのどちらかだ。


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