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気まぐれの報酬

 こうして、復帰戦初日の稼ぎはかなりのものになった。一人でつつましやかに食っていく分には、これが週に一回あれば十分黒字である。

『順調なスタートですね』

「そうだね。昔を思い出したよ、最初の一匹を仕留めたときは感動したっけなあ、ヴィヤーサンと抱き合って喜んだもんさ」

『私とは抱き合ってくれないんですか?』

「金属生命体がオッサンに嫉妬すな、ややこしい」

 装甲トラックを転がしてヴィヤーサンの家に帰る道すがら、助手席に腰掛けた姿の≠は心なしか得意げであった。

 レアメタルの買取先はいくらでもある。親方のような技術者から、日用品のメーカーまで多岐にわたる。キャリアが長い分、そういう知り合いはやたらと多い。今の自分を以前のニラティと同一人物だと信じてくれればの話だが。

 これといった買い手がつかなくても、ヴァルセトラの塔へ行けば……レートはとんでもなく安いが、無限に買い取りしてもらえる。これだけでも実はありがたい。

「こんな日が続けばありがたいんだけどねぇ……まずは借金返さなきゃだ。

 ヴィヤーサンの借金焦げ付いたら、何されるか判んないもん」

 装甲トラックやライフルの調達資金はヴィヤーサンに借りた。結構バカにならない額だが、この調子が続けば前倒しして返せるだろう。

『そのうち家も借りたいですし……その時はヴィヤーサンに保証人をお願いしするようですかね?』

「そうだねぇ……アイツにゃ世話になりっぱなしだ……どっかでお礼してやんなきゃなぁ。どうしたら喜ぶと思う?」

 すると≠は、生意気にもにやりと笑って耳打ちしてきた。

『それこそ一晩、朝までデートしてあげたらどうですか?何よりも喜びます――あばばばばば、ごごごめんなさいい!』

 いきなり≠の姿にブロックノイズが走って音声が乱れたのは、二ラティが右側頭部に小さな磁石を近づけたからだ。

 おもちゃに使われるような小さなものだが、≠にはかなりのダメージになるらしい。当然二ラティにも多少、乗り物酔いに似た影響が出るので多用はできない。道連れ覚悟のお仕置きだ。

「バカなこと言って、からかうんじゃないよ。アイツには嫁も子供もいるんだ、嫁の顔も知ってるし、こうしてなんとかやってる時点で世話になってるんだ、その恩をあだで返すような真似、死んでもできないよ」

『バカ?……いやいやいや、フィクサーの家、しかも別宅に転がり込んで、いろんな仕事紹介してもらってる妙齢の女性ですよ?逆に愛人じゃない方が不自然じゃないですか?元ヨガ講師ってのがまた更に……それっぽいんですよ。

 なまじ見た目がいいのと、そこそこ評判いいのが、なんか生々しいんですよ。ダメなんですか?愛人を禁止する法律なんて、シュランダにはないでしょう?

 そりゃ旦那を奪えば家庭は壊れるでしょうよ。奪わなきゃいいじゃないですか、お礼ですよ、お礼。ヴィヤーサンの好意に気づいてないなんて子供みたいなこと言いませんよね?

 それを愛情と言うか親愛と言うかは個人次第ですが、受け止めて答えてあげる行為は、最高の誠意なのでは?子供を作るのが気に障るなら、そこだけはしっかりとすればいいじゃないですか』

 然程人の目を気にするタイプではない二ラティだが、ここまでストレートに言われると流石に気まずい。

「……アンタ写真週刊誌とかダウンロードした?ちょっと下世話だよ?」

『そうですか?人間の……いや、炭素由来のソフトボディの生命体の行動基準は、基本的には自らの生存と自己増殖、即ち食事と繁殖ではありませんか?本能として。応えられるスペックがあるんだ、使ってもいいでしょう?』

「そうだけど、ソッチは隠すモンなの!」

『なぜですか?生存と同列の重要事項でしょう?後ろめたくもなんともないでしょう?食事や睡眠で自己の生存を確保したら、増殖して後継を設けるのは、ソフトボディの生き物の基本戦略でしょう?』

 ここまであけすけに訊かれると答えに詰まる。

「そういうのは……ええと、寝てたり食ってたりするより無防備だろう?だから見せたくないんだ」

『なるほど……確かにこれ以上ない無防備ですね、しかし――あばばば』

 一瞬だけこめかみに磁石を近づけて、強引に話の腰を折った。

「……今日の仕事のご褒美やるから、もうその話はおしまいだ。何がいい?」

『ご褒美?……ワタシにですか?』

 ≠はびっくりしたように目を瞬かせた。随分と細かい真似をするようになった。

「そうさ、随分手厚い狙撃サポートしてもらったからね。以前ならこういうときはお菓子あげたり、飲みにつれてったりなんだけど……アンタの好みが判らないんだよね。それがアンタのご褒美になるのかも微妙だし」

「いいんですか?大したことしてないですよ、頭の中で喋ってばっかりじゃないですか……」

「遠慮すんなよ。今思えばさ、屋台とかヨガ教室のときとかも色々役に立ってたじゃん?あんたがいると暗算もクソ早いから便利なんだよね。

 それなのになんにもしてやれなかったからね。どう、なんかある?半年も人間社会にいれば、なんかしらあるだろ?」

 全くの予想外だったのか、≠が困惑しているのがよくわかる。だが、それは同じ頭蓋の中で起きている感情だ、少なくとも嫌がっているわけではない。それだけは確信がある。

『じゃあ、お言葉に甘えて……ヘアオイルが欲しいです。ワタシが外気に触れる髪の部分は一番表面積が多いので……酸化防止に』

 なるほど、とニラティは頷いた。金属生命体らしい実用的なのに、そこにほんの少し洒落っ気が芽生えているのが、なぜが嬉しかった。

「面白い事言うじゃないか。いいよ、買ってあげる。

 アタシは普段使ってないから、そういうの全然わからないんだけど……なにか希望はある?とんでもない高級品でなきゃ、ある程度はなんとかなるよ」

『じゃあ……親方の娘さんが使ってたナッツオイル覚えてますか?あれがいいです』

 覚えていたのか≠がイメージを共有したのか分からないが、ボトルのイメージがかなり鮮明に浮かんだ。見覚えがある。流石に格安ではないが、普通に出回っているものだ。

「あーはいはい、あの緑のラベルのやつか……ドラッストアなら置いてそうだね、寄っていこう」

『ありがとうございます……嬉しいです』

 そうして二ラティはハンドルを切った。得体の知れない金属生命体だというのに、かわいいところがあるじゃないか。


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