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あったかもしれないが……そうでもない未来 後編

「じゃあ……特技を活かすのはどうだ?

 この前のヨガ、あれは結構いいんじゃないか?」

 と次に紹介されたのは、アロマとヨガのヒーリングサロンであった。

 アロマの種類や手順、分量や取り扱いはデリケートで複雑であったが、一度覚えたものを反復したり、行動からパターンを見出して最適化するのには、≠が大活躍してくれた。

(やるじゃないか、ノット)

『ありがとう、マム。脳内の微弱電流や遺伝子の解析に比べれば、こんなものはずっと大雑把ですよ』

 二ラティのヨガは殆ど独学であったが、教室の雑用をしているうちに経験則を理屈で補い、みるみるうちに雑用から助手、助手から講師へとステップアップしていった。

 個人的にやっていた時期もそこそこ長いので、ヨガウェアの着こなしが堂に入っているのもあったかもしれない。

 独学から入ったとは言え、手足が長く靭やか、女性らしさと力強さを併せ持つプロポーションは羨望を集めた。更にとにかく目の前で実践し、根気よく教える彼女のスタンスは評判が良かった。

「凄いな……ラティ目当てのお客も増えてるらしいじゃないか」

「だぁろぉ?」

 感心するヴィヤーサンにラティはふんぞり返った。先輩講師からの多少の嫌がらせはあったが、大概の場合、平然としているうちに向こうが自爆して勝手に辞めていった。命の獲り合いに比べれば、多少のことは気にならない。

「アタシはね、本来こういう穏やかでナチュラルで小洒落た人間なんだ。

 先輩が自爆して辞めてった分、アタシが講師する教室も増えるし、今度はオーナーとお茶会込みの教室も手伝う事になったんだ、凄いだろ?がははは」

「笑い方にトシが出るぞ」

 快進撃と言うには少々癖が強いのだが、三十年来染み付いたマッシブなものの考えがいつの間にか滲んでいたらしく、気がついたらヨガ教室というよりも、かなりハードなワークアウトを目的とした……殺伐としたトレーニングになっていた。それはそれで特殊な客層を開拓しつつあったのだが、いいのはそこまでであった。

 オーナーのお茶会とやらが違法薬物のパーティであった事が発覚し、トラカンの強制査察の対象となってしまった……早い話が、潰れてしまったのだ。

「ありゃ肝が潰れたよ……お茶淹れてたら壁ぶち抜いてトラカンが入ってくるんだもの……本気のあいつらヤバいね。威圧感だか殺気だか知らないけど、デカさが倍くらいに見えたよ。

 でさホラ、あいつらの命令には逆らえないじゃんあたしら?瓦礫の上に跪かさせられるし……最悪だったね」

「違法薬物のお茶か……すまん、全く知らなかった。しかしラティがすぐ解放されてよかった……飲んでなかったのか?」

「いや……ガバガバ飲んでた。あのお茶単品だと酸っぱ苦いから、ハチミツとかジャムをたっぷり入れるんだよね……これが美味しくてさ」

 ケロッとした顔のニラティに、ヴィヤーサンが引き攣った笑いを浮かべる。

「おいおいおい、大丈夫なのか?」

「うん、全っ然効かなかった。

 なんかスキャナーみたいなの使ってたんだけど、その検査もシロだった……。

 今思い返すとさ、確かにお茶飲んだあと皆トロンとした顔しててさ、そういやしけ込んでるやつ多かったんだよね。

 アタシは一人だけシャキッとしてたからさ、なんか浮いちゃって雑用やってたからお呼びがかからなかったんだけどさぁ……いやぁ、おクスリだったとはね……あぶねえあぶねえ」

「……いよいよ化け物じみてきたな」

「効かないから判んなかったんだって。生姜紅茶よりもあったまるなー、くらいの感じでさ」

 首をひねるニラティであったが、その答えは≠が瞬時に出してくれた。

『ああ、それはワタシですよ。脳や体に悪影響のある物質は体内で優先処理、処理が厄介な成分は隔離して排出してます。最近頻尿気味だったでしょう?その影響ですね』

「……ガチ?」

『はい。判りやすく言うなら、今のマムは元の十倍くらいの酒豪です』

「……至れりつくせりだねぇ……あたしゃ嬉しいよ」

 当然その会話が聞こえないヴィヤーサンは、気味が悪そうに肩をすくめていた。

「僕にはおクスリよりそっちが怖いね」

「うるせーな。命の恩人だぞ、いいじゃないか」


「ニラティ、次の仕事なんだが……君は割と手先が器用だよな」

「仕事の振り方がスパイ映画のボスみたいだね。

 そのうち武器工場とかに派遣させられそうだ」

「え、そういう仕事がお好みかい?やってみる?似合うんじゃない?」

「あんのかよ。ヤだよ」

 スパイの真似事は置いといて、次に紹介されたのは、義体技師の工房であった。

 二ラティが相打ちとなったあのデカくて洗練された化け物はともかくとして、それでも全長数メートルの金属生命体は珍しくない。腕や脚を失い、義肢の世話になる者は少なくない。

 今回の仕事はその工房でのアシスタントであった。服装は一転して野暮ったい三角巾と分厚い作業エプロンであるが、こういう格好は嫌いではない。二ラティなりに、技術者や物作りへのリスペクトはあるつもりだ。

『義手とか義足ですか……結構ピンキリあるんですね』

 工房でずらりと並んだ義肢を見た≠は素直に感心していた。こいつ自身が二ラティの頭の中で義脳と義眼をこなしているようなものなのだが。

「こっちはほぼ見た目だけのやつ、こっちは筋肉の運動に連動する電動義肢……この辺はそんなに珍しくないかな。

 コレはすごいな、頭に増幅器を埋め込んで神経電気信号を読み取って動く精密動作モデルだ。これなんか触った感触まであるらしいな……うわ流石に高いや」

 こういう機械は嫌いではない。思い返せば、一味にもお世話になっている者はちらほらいた。

「ああ、こっちは逆に見たことあるわ。高出力パワータイプ、バカ強い腕力が出せるから、張り切っちゃうんだよねえ。機関銃担ごうとして腰とか背中をいわすバカを何人見たことか。

 んで、こっちがマシンガンやらセラミックブレードを埋め込んだ武装モデル……便利で厳ついから嫌いじゃないんだけど……個人的には衛生面がちょっと気になるかな。

 すげえ、まだまだあるじゃん。需要が山程分かれてるからねぇ、それだけあるんだね」

「若いのに良く知ってるじゃないか、お嬢ちゃん。

 一体化モデルは、厳ついのに一番手入れを怠っちゃいけないやつだな。ちょっとサボると傷が膿むからな。複雑なものは壊れやすい、この世の真理さ」

 工房の奥で笑う老人は工房の主である。

 この道五十年のベテラン技師らしく、オーダーメイドから修理まで何でもござれの職人である。然程大きな工房ではないのだが、仕事がひっきりなしなのは腕と信用の賜物だろう。

 彼から見れば二ラティなんぞ、今でも以前の姿でも大差ない小娘だろう。ギャップを持たれないだけでもかなりの好条件と言っていい。

「まあ……最初は工房の掃除と修理品の現状把握だな。それから梱包と発送、店番、そのへんからやってもらうか」

「わかりました」

 無駄に前職のジャンルを増やしたせいか、接客スキルは地味に向上していたらしい。やや荒っぽい客層は、二ラティにとっても比較的自然に接する事ができる相手が多く、気楽であった。

 ごちゃごちゃいう相手はぶん殴っても良いし、義肢をへし折ってもいい。そんなことを言われる店はこの世でここだけに違いない。

 そうやって順応していくうちに、ニラティもじわじわとらしさが出て来た。

「工房掃除してたらビス落ちてました。貼ってあるメモは拾った日付です」

「親方、お茶淹れましたよ。ああ、近所でチュロス売ってたんでつまんで下さい。手に油つくとヤバそうだから楊枝使って下さいね」

「この修理のお客様の義足、踵の外側だけめちゃくちゃすり減ってるんですけど……多分この人レアメタルハンターの前衛じゃないですか?

 だとしたら、もしかして重心を少しだけ前にしたら良くなったりしませんか?この手の人は車の上で踏ん張って撃ちまくる人が多いから、姿勢がワンパターンなんですよ」

「娘さん風邪ひいたらしいじゃないですか。お孫さん、アタシでよけりゃお迎え行きますよ?」

 などなど、意外と世話焼きなところが滲んで、一月も立つ頃には、親方の家族ぐるみでそれなりの信用を得ていた。

 最初こそ作業中の工房には踏み入れることも許されなかったが、信用が態度を軟化させていくのは、どこも変わらないようだ。


「うーん、やっぱり荒事寄りの生活が馴染むのかねぇ」

 様子を見に来たヴィヤーサンに対する口も軽い。

「まあ、それもいいじゃないか。親方も助かってるって言ってたしな」

 今度こそ上手くいったかと、心なしかヴィヤーサンも上機嫌であった。

 元々手先も器用で、それこそ駆け出しの頃は日常的な武器の整備もやっていた。ニラティ個人は義肢のお世話になったことはないが、遠征先で多少の手入れをしてやることもあった。そう考えると、元々最低限の知識と素養はあるのかもしれない。


「じゃあ二ラティよ、少しばかり、本格的な作業をやってみるか?」

「いいんですか?!うっしゃ、頑張りま――うっ!」

 ある日親方の許しを得て、喜び勇んで作業中の工房に入ると同時に――目の前、いや脳内で強烈な火花が飛び散った。

 天地がひっくり返るような強烈な目眩と、内臓が口から飛び出しそうな吐き気に襲われて、二ラティは堪らずその場にブッ倒れた。

 ただ事ではないと親方がナヤンの病院に担ぎ込んだ事で、事態はヴィヤーサンの耳にも入ってしまった。

「信じられん……レアメタルが脳内に定着してるのか」

 ナヤンが見せたレントゲンには、脳や神経に根を下ろしたレアメタルが、はっきりと影に現れていた。≠との対話で知っていた事だが、こうして目で見るとなかなか悍ましい。

「見たことも聞いたこともない。これは……人間なのか?」

「……せめて聞こえないとこで言ってくんない?」

 唖然とつぶやくナヤンに二ラティはうんざりと返し、身内同然だと言い張って一緒に話を聞いてくれた親方はふむふむと頷いた。

「脳の三割近くが金属に……そういや今日は、二ラティが工房に入ってきたとき、強烈な磁気を出す測定機や処理装置を回してたな」

 納得したように呟く親方、その台詞を脳内で≠が補足する。

『おそらくそれが原因です、強力な磁気により異常な電流が発生し、脳内に影響が出たのです』

 レアメタルハンターは経験上、高圧電流を武器に使用することもあった。どうやら金属生命体にとっては、電流そのものより、磁力が効果的だったのかもしれない。

「ごめん親方……アタシも知らなかったんだよ。

 黙ってて申し訳ない。実は色々あって……アタシ、コレがないと生きていけないんだ」

 肩を落とす二ラティに対して、親方は何でもないという顔であった。

「気にするな、Mr.クレンズの紹介の時点で、訳アリなのは予想がついてた」

 これじゃあもういられないな、と肩を落とす二ラティであったが……なんと親方は工房の改修をすると言い出した。

「元々ウチのは旧式だったからな。機械を入れ替えて、外部に磁力が漏れないようにして……その上から二ラティに保護帽を被って貰えば、何とかなるだろう。

 ちょいと金はかかるが……まあ、二ラティの為だと言えば、Mr.クレンズも貸してくれるだろ」

 二ラティの為にそこまでしてすると言い出した親方に、二ラティは涙まで零して礼を言ったが……流石にそれは断った。

「ありがとうございます、親方。本当に嬉しいけど……そこまで迷惑はかけられません。こんなに優しくされたのは……初めてです」

「いいんだ。なんなら孫の嫁になってくれ、二ラティなら願ってもない。それで十分元は取れる!」

「親方の孫まだ五歳でしょ!娘さんにぶっ飛ばされちゃいますよ!」

「そうか……そうだな。残念だ……」

 残念ながら二ラティが工房から去る日には、娘一家がささやかな送別会まで開いてくれた。

「機械で困ったことがあればいつでも来いよ」

 人の心の温かさに触れ、その日の二ラティは化粧が流れるほど泣いた。


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