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あったかもしれないが……そうでもない未来 前編


 ≠を受け入れることで、二ラティの精神面はかなり安定してきた。いいや、なにしろこいつは文字通り脳内に住んでいるのだ、脳内分泌のあれこれで強制的に落ち着かせてもおかしくはない。

『なるほどマム、それは面白い案だ。

 おそらくワタシは、やろうと思えば感覚神経の鋭敏化や遮断、脳内処理速度の高速化、身体機能の一時的な向上や、安全装置を外すことも出来るだろう。やってみようか?』

「そりゃ凄い、超人だ。良く言ってくれた。アタシがやれと言うまで絶対にやるなよ」

『……残念だ』

「あのー……大丈夫なのか?本当に?」

 姿と名前を得たからといって、≠が二ラティの脳内にしかいないのは変わらない。会話を見ていたヴィヤーサンがすごい顔をしている。彼にだけは一応≠の存在を伝えているのだが……それでするりと飲み込む方がおかしい。

「大丈夫、ちょっぴり独り言が増えるだけだと思ってよ。迷惑はかけないだろう?」

「……そうかい?

 とは言っても道行く人全員に説明していたら、それこそラティは本物の狂人だ。控えたほうがいい。普通の仕事をしたいなら、なおさらだ」

 フィクサーだけあって、ヴィヤーサンはとにかく顔が広い。その人脈を頼りに、いくつかの仕事を紹介してもらうことにしたのだ。

 その中には、かつて憧れていたジュレビの売店もあった。

「まぁ……紹介はできるよ、商売柄。

 でもなぁ……三十年レアメタルハンターやってたラティが、今日から急にお菓子売りは……厳しくない?フレーバー五十種類くらいあるよ?」

「え?今そんなにあるの?」

 王道のサフラン&カルダモンとローズウォーターの二種類しか知らなかった二ラティは、そんなにあるのかと一瞬怯むが……まさかの脳内からの援護射撃があった。

『マム、安心して下さい。暗記なら得意中の得意です。それに、マムの許しがあれば手を動かせます、調理は任せて下さい』

「……やるさ。できるよ」

「いいお客ばっかじゃないよ?ちゃんとスマイルできる?……そもそも子供好きじゃないだろ?」

「そんなことないさ、これでも五十人近い荒くれ共にマムと呼ばれてたんだ、扱いは慣れたもんさ!スマイルは……ほら、どうだい?」

 とても似合うとは言えないポップなエプロン姿で、お手本のようにぎこちないスマイルを浮かべる二ラティであったが……ヴィヤーサンは「まあ……やる気があるなら……」と言ってくれた。


 しかし、お世辞にも評判は良くなかった。

「味はいいけど愛想が最悪」

「おねーさんの笑顔の圧がすごい」

「冷やかしたらすっげえ殺意飛ばしてきた」

 等々……問題は≠ではなく二ラティ由来のものばかりであった。それでも続ければ可能性はあったかもしれない。だが決定的だったのは、初めて数日後……。

「おうねーちゃん、誰に断ってこんなとこで店出してんだ?」

 開襟シャツにギラギラのネックレス、薄い色のサングラスに尖ったエナメル靴という、コントのようなチンピラがちょっかいをかけてきたのであった。

「……あ?」

 化け物に半殺しにされても怯まない二ラティだが、残念ながらその精神力は忍耐ではなく、反骨精神が源となっているようだ。端的にスタンスを語るなら”舐めなれたらブチのめす”である。


「……なにこれ……隕石でも落ちたのか?」

 騒ぎを聞きつけ駆けつけたヴィヤーサンは、それはそれは渋い顔であった。

 周囲の建物や看板はひしゃげて、砕けたガラスが散乱、道の舗装は割れて隆起している有り様だ。無関係の怪我人がいないのだけは救いであるが……それは加点ではなく、減点対象が減っただけだ。

 冷や汗塗れで弁明する二ラティであるが、それはもちろん逆効果である。

「し、死んでないだろ?!せいぜい半殺しじゃないか!」

「……あれじゃ九割殺しだ……僕の名前出せば一発なのに……なんで実力行使しちゃうのさ」

「だ、だって雑魚があんまりイキるもんだから……」

 肩を落として小さい声を絞り出す二ラティに、ヴィヤーサンは頭を抱えた。

「もうその発想がアウト。そんな事言うお姉さん、子供怖がるでしょ」

「うう……」

「暫くは無理だ。悪い意味で顔が覚えられてしまう……あとその銃もダメだ、殺意が高過ぎる」

「護身用だ!当ててないよ!」

 腰にあったのはいつもの愛銃である。ニラティにとってはもっとも手加減した火器であり、手足の延長と変わらないのだが、これが世間的には大口径銃であることを失念していた。

「レアメタルハンター用の拳銃なんか、町中で抜いたら過剰防衛だ。戦争でも起こす気か?そこのバンに大穴開けたの君だろう?人が乗ってたら粉々だぞ」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 こうして、幼い頃の夢は残酷にも数日で潰えてしまった。


「人間相手がまずいなら、動物はどうだ?

 銃は持ち込むなよ、保護施設なんだから」

 と、次に紹介されたのは野生動物の保護施設であった。サンジーヴァナ周辺には、金属生命体以外の動物も数多く生息している。しかし、金属生命体からの淘汰圧や、レアメタルハンターとの戦闘に巻き込まれる形で命を落とす個体が多かったため、保護施設は結構あるのだ。

「あー、いいね。動物に興味はなかったけど、人間と違ってショバ代要求したりしないものね」

『その通りですマム。ですがクマやオオカミといった猛獣も多いので、注意が必要です。流石のマムも丸腰では敵いません』

「わかってるよ。でも大丈夫さ、ノットの同胞の方がよっぽどヤバいじゃないか」

 こちらは存外好調な滑り出しを見せた。経験上度胸があり、殺気や相手の行動範囲を見切るのも上手い二ラティは、猛獣相手にもまるで物怖じしなかった。

 内心はフンの掃除が不安だったのだが、一度ゴミ捨て場で全身が腐肉まみれになっていたせいか、全く抵抗がなかった。

 デッキブラシ片手に作業着姿で、パンクな見た目のわりに意外と真面目に取り組む姿は、先日チンピラを九割殺しに追い込んだ危険人物には見えなかった。

「……あん?……あらら、お早いお帰りで」

 一度なんて他の人間のミスで、掃除中の檻にオオカミの群れが戻ってきた事があった。本来なら絶体絶命か、あるいは返り討ちにしてしてしまうのではないかというところであったが。

「もうちょい待ちなよ、アンタだって檻がキレイな方が気持ちいいだろう?」

 二ラティは落ち着き払った態度と目線だで群れのリーダーを押し留めると、そのまま悠々と仕事をこなし、無傷での生還を果たした。その肝の据わり具合が知れ渡ったのか、気付けばいつの間にやら、猛獣に懐かれていた。

「ああ……正直者を相手にするのは悪くないねぇ」

 しみじみとしていた二ラティであった。しかし、半月後に事件が起きた。


「ちょ、痛い痛い。あはは、やめなよ……こらこら……ちょ!痛いって!

 うわ目がマジだ!誰か来て!こ、殺される!ちょ……まっ……この野郎ぶん殴られたいのか?!この野郎、アタシ喰おうってんなら覚悟はあるんだろうね!」

 懐かれていた虎に檻越しに腕を掴まれ、力任せに引きずり込まれそうになる事件が起きた。いくら圧でどうにか切り抜けていても、実際に体重や爪を振るわれては、丸腰では対応しきれなかった。

 鼻っ柱にストレートを叩き込んでいなければ食い殺されていたかもしれない。牙を一本へし折ってやったのは僥倖であったが、助けが入らなければ間違いなく死んでいただろう。

「いや、あれは敵意とかじゃなくて……下剋上だね。アタシを倒して群れのリーダーになりたかったみたい。

 というか認められすぎだろアタシ」

 腕に包帯を巻いた姿で冷静に分析する二ラティを目の当たりにして、ヴィヤーサンは頭を抱えた。ケロッとしているのは大したものだが、十分な大惨事である自覚がない。

「ラティ、虎は群れなんか作らないだろう?」

「違う。檻の中のリーダーじゃなくて、あの施設全体のリーダーだよ。アイツがなりたがったのはね。賢いから判るんだよ」

 ほんの半月でそこまで読み取れるのは大した順応力であるのだが……あまりに危険なことには変わらない。

「ほら、こういう事があるから、銃は必要なんだよ」

「保護施設の人間の言葉かそれが……命がいくつあっても足りないな」

「大丈夫だよ、次はうまくやる。ナックルガードの一つでもあればどうにかできそうだ」

「ああ……残念ながらラティ、君じゃない。命が足りないのは施設運営側が、だ」

 結局、二ヶ月待たなかった。


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