銀色の自分 後編
動悸が酷い。露店でアイスコーヒーを買い求め、ひと息に半分ほど飲んだが……顔が火照るようだ。
日陰に座り込んで深呼吸、やっと会話を再開できたころには、その氷は半分ほど溶けていた。
『……すまない。気に触ったのなら謝る』
「気にするな……アタシもつい……忘れてくれ」
『まあ、とにかくだ。失われた脳も、こうして補填したわけだ。機能的に問題はないはずだが……いや、ホルモンバランスの崩れで、少し情緒が不安定かもしれない。それは計算外だ、済まない』
なるほど、気分が落ち着かないわけだ……先日まで五十代の肉体に馴染んでいた脳が、いきなり二十代の体に馴染める筈もない。言わば、逆更年期障害といったところか。
「ああ……こうして、デリカシーのないおしゃべり相手もいるもんね」
『それは謝ったじゃないか』
「フン、いつでも蒸し返してやる。
で?じゃあアンタはどうしたいんだ?脳を補填しただけなら、こんな姿で出てこないだろ?」
『金属生命体は、元の構造が神経細胞に酷似している。だから、単位あたりの脳細胞としての働き……言わば演算能力は、君たちの脂肪由来の脳より高い』
「ほぉん、唐突に賢い自慢か?」
『そうじゃない。興味が湧いたのさ、君たちの神経活動に。
補填しながら、他の動きや記録を解析、モニタリングし……そうしているうちに……簡単に言えばメモリが余ったんだよ。
人格というものは、記憶の積み重ね、記憶は経験から得た学習だ。個体存続の為の学習は、生存競争において有利に働く。ワタシはそう判断し、学習結果を整理し改善を促すため、余剰メモリの一部を割いて自分なりのアレンジを加えた。その結果生まれたのが、この人格だ』
デジタルなんだか理屈っぽいだけなんだかよく判らないが……嘘ではないようだ。
少なくとも、こいつは敵ではない。精神はともかく命は共有している。引っこ抜いたりでもしない限り、裏切る可能性は低いだろう。
「リフォームしたら住み着かれた、ってことか」
『そう。もっと言うなら、直したら部屋が増えて、そこがキッチンやら家主のマネを始めたと思ってくれればいい』
「バケモンじゃん……」
大きくため息をついて、コーヒーをもう一口。ああ、こんなに甘くしていたのかと、今さら気づいた。
「外科手術でお前を引っこ抜いたらどうなる?」
『おすすめしないね。脳の二十七%を切除するのと同じだ。少なくとも、ヨガやコーヒーを楽しむことは出来なくなるだろうね』
「一度刺し違えたんだ、もう一度出来なくはない」
『違うね、二ラティ。
ワタシは君の人格コピーから生まれている、だから君の考えはトレースできる。
おそらく君は”折角生き返ったんだ、楽しまないと勿体ない”と考える筈だ。君が意味もなく心中するような、短絡的で悲観的な人物であるなら、君はあの部屋に引き籠って寝ていたはずだ』
舌打ち。自分に論破されるとは思ってもいなかった。
「ああそうだ……クソが。
じゃあ……ノット、≠(ノットイコール)だ」
『ん?急になんだい?』
「お前に名前をやる。もう一人のアタシとかメタルニラティじゃ座りが悪い。お前はもうアタシでも、あの化け物の欠片でもない。ノット(≠)だ」
『……承知した。では……皆に倣って、ワタシも君をマムと呼ぼう』
「参ったね、まぁた子分ができちまった」
だが、二ラティの口角は釣り上がっていた。
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