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銀色の自分 前編

「とは言っても……やれることないんだよなぁ」

 神殿を後にした二ラティは、路地裏をフラフラと歩きながら炭酸水の空き瓶をくずかごへ放り込んだ。

『折角若返ったんだ、好きなことをすればいい』

 路地裏を一緒に歩く銀色の自分。ご丁寧に足音まで聞こえるのだが……本当にこいつは幻なのだろうか、見分けがつかない。試しに肘で小突いたところ手応えはなく、あやうく一人で段差もないのにすっ転ぶところであった。

「そうなんだけどさぁ……」

『君の記憶によると……昔はストリートフードの店を出したかったようじゃないか。ジュレビと言うのかな?お菓子か』

「随分昔の記憶を引っ張り出してきたね……あー、確かに好きだったね、歯が痛くなるくらい甘ぁいやつ」

 細く伸ばした小麦の生地を丸めて油で揚げ、シロップに浸けた菓子である。軽い歯ざわりと染み出るシロップは極めて甘いの一言に尽きる。確かに子供の頃は好きだったが今は少々キツい。四十を過ぎてから一口は嬉しく、二口で飽きて、三口でうっすら胸焼けの気配が近づいてくるようになっていた。

「……というか、なんなんだよアンタ。ナチュラルに喋りかけて来やがって、幻聴が幻覚にランクアップして……クオリティまで上げてきやがる。何ビットなんだよ」

『そんな言い方ないだろ、ゲーム機じゃないんだからさ』

 肩をすくめるその姿は、色以外は自分と瓜二つである。反射的にその顔を叩いてやろうとしたが、案の定空振り。やはり銀色の自分は実体がそこにいるのではない、声と同じく脳に割り込まれた幻である。

『酷いな、ここまできても幻扱いとはね。

 判っているんだろう?ワタシはもう一人の二ラティ……なんなら娘かな?』

「銀一色の娘なんてゴメンだね。アンタは娘じゃなくて……コイツだろ?」

 二ラティの指先がつつくのは、銀色に変わった四分の一の頭だ。この内側にもレアメタルが根を張っていると思うと、今でもゾッとする。

『その通りだよ二ラティ。およそ二十七%、君の脳がレアメタルに入れ替わっている割合だ。ワタシはそこにいる』

「そんなにか……どうするつもりだ?このまま脳を食ってすり替わるつもりかい?」

『そんなことはしないよ。誤解だ』

 目を瞬かせ”ないない”とやってくる銀の自分に、二ラティはジト目を向けた。

「誤解?金属生命体が……人間の脳を真似してどうするつもりだい?」

『ああ、本当に疑ってるんだね。

 おっと、怖いこと考えないでくれよ。”いざとなれば自分のコメカミをぶち抜けばいいか”だなんて、乱暴すぎる。ワタシだって……うん、ワタシだってやはり死にたくはないんだ。説明させて欲しいな。

 ああ、本当は脳内でイメージを共有させてもらえれば早いのだけれど……うん、まだ難しいようだ』

 人間のように肩を竦めてみせた。姿を姿を得たことで、急激に人間臭くなってきた。

「こっちの思考や記憶はダダ漏れなのに?」

『利き腕みたいなものさ、きっと君の方が利き脳だから、伝えるのが上手いんだ。そのうちこちらも伝えられるように努力するさ。

 そのうち知られたくない思考のカバーだってできるようになる……いや、こちらが遠慮すべきなのかな?済まない、まだ君とワタシの境界線が曖昧なのかもしれない。

 さて……タンパク由来のソフトボディな君たちと違い、ワタシたち金属生命体は、どこもかしこも全部同じだ。

 死ぬと全身がレアメタルになると解釈しているようだが……少し違う。生きてる頃から全身の細胞が脳であり、筋肉であり、消化器官でも骨でもある。さっきも言った通り全身が均一なんだよ……だから実は、死んだように見えても細胞単位は死んでいないんだ』

「ほぉん。で?そのオールマイティなメタルボディ様が、ソフトでヤワですぐ腐るナマモノのアタシになんのご用で?」

『茶化さないでくれよ。こっちは腹を割って話そうとしてるんだ。まぁ、頭しかないけどね、つってね』

 冗談までとばすか。ここまでくると恐怖より呆れが湧いてくる。

「言うじゃん、聞いてやるよ」

『どうも。確かにワタシはかつて、君と戦った大型金属生命体の尻尾の一部だった。尻尾の一部なんて、頭とのバランスを取るだけだからね、高度な思考どころか、自我もないような一欠片だ。

 しかし、あの死闘の結果、ワタシは飛び道具となって君の脳の一部を抉って潜り込んだ。その後君は恐るべきガッツと根性でワタシの本体だったヤツを倒し……まあ、刺し違えたわけだ。ここまではいいよね?』

「そうだね。その尻尾の切れ端が、いまや脳味噌気取りか、いい気なもんだ」

 皮肉のつもりだったのだが、銀色の二ラティは合点がいったように自分の腿を叩いてこちらを指さす。

「そう、それなんだ!」

「……なにが?」

『飛び道具にされる哀れな尻尾の切れ端でも、切り離されれば僅かな自我くらいはあったのさ。本来はすぐに制御を失って崩れ去るところだったんだけれど……違った。運良く……脳内に適合したんだ』

「はぁ?」

『驚くべきことに、君たちの脳内は電気信号と電解質、更には微小な金属まで含まれていた。それはワタシたちにとっては過ごしやすい環境だったんだ。

 だが、君が死んでしまっては元も子もない。ワタシは自分の制御を保つために、自分を君の脳細胞や感覚器官として適合させることを選んだ。構造を読み取り、模倣した。可能な限り機能までね』

「へぇ……ついでに乗っ取ればよかったんじゃないか?」

『それは難しい。このタンパク由来の体は複雑でデリケートだからね。全てを乗っ取ってしまっては、今度は調節が非常に難しいんだ。

 すべての臓器がそれぞれ専門職だなんて、生まれ持ったのなら結構だが、後天的に真似するもんじゃない。何もかもが複雑に絡み合っていて、ワタシ達には繊細すぎる。

 今の倍くらい取り込んでくれればできるかもだけど、そんなの君にはメリットがない』

「へぇ、そういうもんか」

「そうさ、君たちとワタシ達は、生命として余りに……起源からして遠い。君たちと昆虫の方がずぅっと近いだろうね。

 だから、このソフトボディの持ち主を最大限尊重する事を選んだ。君が効率良く生命を維持できるように遺伝子を解析し、それに基づいて全身ほぼ全てを全盛期の状態に作り直した。

 若返ったと驚いていたね?それは肉体が遺伝情報的に完成形の姿をしているからだ。逆に元の君がもっと幼ければ一気に成長したと思っただろう」

『そうか……単純に若返ったんじゃなくて、遺伝上全盛期の肉体に作り直したら、それが若いころだった、と』

『そういうことだ』

「じゃあ……目が覚めたときの全身の腐った肉みたいなのは……余ったアタシの肉?」

『再構成時の老廃物も含むが……おおむねその通りだ』

「うーわ、垢どころかウンコじゃん」

 知りたくなかった事実に辟易とする。あんな気持ち悪い経験は二度とごめんだ。

「それじゃあ……今のアタシは……以前のアタシとは別物ってことか?」

『そうとも言えるが問題はないだろう?

 このソフトボディは、短いものは二十四時間、長いものでも十年でほぼ代謝して入れ替わる。脳神経以外はね。それを超速で進めただけなんだから、大規模リニューアルがあったと思ってくれ』

「……簡単に言ってくれる、デジタル野郎が」

『だが、快適だろう?この体は平均より大きく美しく、靭やかで、身軽だ。身体能力を弄らずにこれは、結構高性能なんじゃないか?

 オシャレが楽しい、ヨガがいつもより気分良いと、内心ちょっと喜んでいたじゃないか。知り合いに気付かれない社会的不都合は、思ったより大きかったが……それだって既に君は克服しつつある。

 おそらくだが、以前は諦めていた子供も多分作れるのではないかな』

「ッ――そんなことはどうでもいい!」

 反射的に声を張り上げてしまった。俄に静まり返った人通りはぎょっとしてこちらを向き、近くにいた子供が泣き出した。

「ああ、ごめん……違う……その……気にしないでくれっ!」

 否応なしに集中する周囲の目線を走って振り払う。あまりに突拍子もない情報をぶちまけられて、頭の中が整理できない。路地裏を足早に抜けると、もう少しにぎやかな雑踏を求め、少し飲み屋の出てくる通りへ向かった。


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