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都合のいい幻想 後編


 と、背後でジャラン!と大きな金属音がした。

「礼拝者よ」

 まさか気がついたのか?と振り向く。見上げたそこには人影が浮いていた。

 上背は二ラティの倍近く、男とも女とも見える、あまりに端正で特徴のない顔。その下の筋骨隆々にも、蠱惑的にも見える不思議な体には細い布を幾重にも巻きつけたような服を着て、その上に鎧兜を着込んでいる。

 肩や背中から放射状に生えた枝のようなものがじんわりと光を帯び、後光を真似ているような姿は、神々しくもあったが、お前達シュランダよりも神に近いのだとアピールしているようで、ひどく傲慢にも見える。

 ジャラン!先ほどと同じ金属音は、それが手にしていた大きな錫杖からであった。

「道を開けよ。捧げ物が来る」

 その言葉に、礼拝者の人混みが一瞬で割れる。何百人いるかも判らないシュランダが、まるで箒で掃き清められるかのように、一瞬で道ができる。

「控えよ」

 それが発する言葉が鼓膜を揺らすと、理解と同時にその場のすべてのシュランダは膝を折った。そこに抵抗や、疑問や、逡巡といったシュランダたちの意思は決して挟まれない。蛾が光を目指して飛ぶのと同じ、意思で逆らえるものではないのだ。

 初めて見るその姿に、声は興味津々のようだった。

『……あのデカいのは何者なんだ?明らかにシュランダではなさそうだけど』

「そりゃそうさ、シュランダは神殿では礼拝服なんだ。それを来てない時点で違う。

 あれはトラカン。シュランダの一つ上で、武力を司る人種だよ」

 明確な上位種である。シュランダは、彼らの命令には絶対に逆らえない。決まりや風習ではない、そういう生き物なのだ。これに逆らえと言うのは、そこらの魚に地面を歩けと言うのに等しい、

 地面を揺らしてそこに入ってきたのは、コンテナを引くイカツい重機だ。流石に礼拝服で重機の操縦は出来ないので、運転席はカーテンで覆われ、細いスリットからあたりを見ている筈だ。

 黒煙をばら撒いてやってきたそれは、引っ張ってきたコンテナを手慣れた様子で祭壇の横へ並べると、そそくさと帰っていった。

 やれやれと頭を上げると、重機のテールランプが見えなくなるところだった。

 あんな重機に乗っていても、宙に浮くうすらでかい鎧兜を明確に恐れている。今この場では、どんな高位神官のシュランダより、あのうすらでかいのが偉いのだ。

『今の車は……レアメタルハンターだよね?』

「そう、こうしてヴァルセトラにレアメタルを捧げて、対価を受け取ってる……クソ安いんだけどね。何百年固定のレートなのか分かりゃしない」

 誇り高いとかいう曖昧な賞賛より、レート改善の方が嬉しいのだが……それを実現できた者は存在しない。

「この納品……いや、奉納がめんどくさくてね。カーテンのせいで周りが見えないから、大変なんだ」

 かつては二ラティもあの奉納をこなしていた時期があった。何度礼拝者を轢き殺しそうになったことか数え切れない。まあ、仮に轢き殺してもここでは罪に問われないのだが……流石に寝覚めが悪過ぎる。

 ぶぅーん……重い駆動音が聞こえると同時に――ジャラン!頭上で再び錫杖が打ち鳴らされた。

「平伏せ」

 トラカンがそう告げると、礼拝服を纏ったシュランダは皆一斉に平伏した。なにが起きるのかも判らないまま、二ラティのて足元それに従ってしまう。

 両手を地面について顔は下を向けても、眼球と耳の自由までは奪わせないのは、せめてもの意地であった。

 どうやら、祭壇の奥にあったあの扉が開いたらしい。奉納されたレアメタルのコンテナを回収しているのだろう。なにやら重いものが動く気配はあるが……いかんせん礼拝服の狭いのぞき穴からでは何も見えない。

 コンテナをトラカンが担いだり引っ張ったりしているのか、それとも奥から重機が来ているのか……それすら判らないこの有様では、扉の奥がどうなっているのかも判らない。

 やがて頭を上げると、扉は開いた形跡もなくぴったりと閉じていた。ハンターの奉納したレアメタルは回収されても、祭壇に積み上げられたお供えは手つかずであった。


 塔からの帰り道、二ラティは少々機嫌が悪かった。

「アタシらのお供えはスルーか。なんか気分悪いな」 

『ハンターの奉納量からしたら……一般のお供えなんて微々たるものでは?』

「そうだね……ヴァルセトラからしたら、一般礼拝者なんか対した相手じゃない……そう考えると、何しに来てんだろうね、アタシら。

 ハンター以外をヴァルセトラが認識してるのかも怪しいね」

『なら……ハンターは尊敬されているのか?』

「んー……若干?」

 レアメタルハンターは、ヴァルセトラへの供物を命がけで獲ってくる狩人であるとされる。だから誇り高いとされ、同じシュランダでありながら、一廉の敬意を持たれている。

『でも、人気ないんだろう?』

「教えの上では誇り高い、でもすぐ死ぬから人気はない。それが両立してるのさ。子供が外で憧れても、ウチ帰ったら親がやめとけって言う、そういう業界さ」

『シビアだね』

「半年で三割死んで、残りの一割が義肢になる業界だ、親御さんはヤだろうね。傭兵と兼業のやつもいるから、堅気は半分もいないんじゃないかなぁ。

 まあ……それでも上から見たら働きアリと、目立つ働きアリの違いしかないんじゃないかな」

 ヴァルセトラはレアメタルを買い取りこそすれど、加護を与えることはない。それは二ラティが一番よく知っている。

 確かに二ラティ一味は有力なレアメタルハンターであった。しかし、一味が解散してもヴァルセトラへのレアメタルの供物は大差ない。ヴァルセトラにとってシュランダは、無限に生まれる働きアリなのだ。

 命がけでも加護が無く、その上買い叩かれるのなら……あんな僅かなお供えで、礼拝者が救われるのだろうか?

 そもそも、ヴァルセトラは救いを約束しているのだろうか?自分は随分長い間……ヴァルセトラに都合のいい世界を見ていた、いや、刷り込まれていたのではないだろうか。

「何も見えてなかった……いや、都合のいい幻を見てたんだね」

 今まで疑いもしなかった事に気付いてしまい、二ラティは急激に心の内が冷めていくのが判った。そもそもこの殺風景な神殿には神像すらないではないか。

 神話も、天上から来たとかいうざっくりしたものしか残っておらず、多くのシュランダは信じてすらいない。だとすれば一体シュランダは、何を崇めているのだろうか。

 シュランダが労働力の為に、トラカンが武力の為に存在するなら、ヴァルセトラやセラヴィンは……何のために存在するのだろうか?そんな疑問を覚えたのは、生まれて初めてであった。

「気付かない方が……幸せだったかなぁ」

『素晴らしいじゃないか二ラティ。神の否定は、一種の啓蒙だ。神の御業のカラクリを解くのは、人類の進歩の本質だと思うよ』

 その声と同時、目の前に人影が現れた。はっとして見上げると、それは自分とまるで瓜二つだった。

 だがそれは全身銀色で、磨き抜かれたような光沢を帯びている。息を飲むほど美しいが、そこからは血も熱も感じない、完璧に冷たい虚像そのものの存在であった。

 もはや幻聴、幻覚どころの騒ぎではない。遂にそれは、自分だけに見える姿を手に入れてしまった。

「あらら、病気が進んじまったか?」

 だが不思議と恐怖はなかった。長い間手紙やメールだけでやり取りしていた相手と遂に対面したような、奇妙な達成感があった。


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