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プロローグ 前編

 森から少し距離を置いたところに装甲車を止めた。そのボンネットに腰を下ろし、ニラティは呟いた。

「……遅いね」

 女にしては背が高く、ガタイが良い。いつだか「女子プロレスラーみたいだよな」と言われたときはお望み通りにジャンピングニーを食らわせてやった。がっつり刈り上げたツーブロックのロングをサイドでまとめた、絶妙にイカツい髪型。そのインナーカラーはワインレッドであるが、それに負けない派手な顔つきとパンクなメイクが似合っている。

 スタイルには自信のあるほうであったが、実は五十を過ぎて革パンが少々しんどくなってきた。二ラティはそんな女である。

「まあ、もう少し気長にいきましょうよ、マム・二ラティ。コーヒーは?」

 運転席の番頭、タルカが明るく笑った。バンダナを巻いたこの男、歳こそ二ラティの半分程度だが、なかなか気と頭の回転が速い。少々小賢しいところもあるが、手元で使うにはまあまあ有能であった。

「もらおうか」

 金属のマグに注がれた薄めのブラックコーヒーは、絶妙に湯気がたたない飲み頃の温度であった。

「気が利くね」

「そりゃもう、マムのことならチークの好みからーー」

 ちらりと覗いたバックミラーには、黒光りするいかつい巨大戦車が映っている。

 全長八十メートルを超すこれには多数の砲塔が並んでおり、まさに陸上戦艦といった迫力である。

「ーーあのバケモノに今度追加したいと思ってるキャノン砲まで知ってますよ」

「ハッ、孝行息子を拾ってあたしゃ幸せモンだね」

 子分どもは、いつの間にか彼女をマムと呼んでいた。子供はおろか夫もいない彼女にとって、それは掛け替えのない家族であった。

 笑っていた二ラティであったが、やがて森の奥からエンジンの爆音が近づいて来るのに気付くと、コーヒーを一息に飲み干した。

 マグを助手席に放り込み、装甲車後部の銃座へひらりと飛び乗った。トシの割には恐ろしく身が軽い。

「出しな、来るよ!」

「ウス!」

 エンジンが吠えると、装甲車は土埃を巻き上げて走り出す。その直後、森からいくつかの影が飛び出す。まずは同じようなバギーの勢子が数台、その直後に勢子を追って獲物が姿を現す。

 そいつらは体高およそ二メートルのずんぐりした四本脚、大きな頭とそれに見合う牙、その割に短い尻尾と、愛嬌のある怪獣めいた姿の生き物であるが、その全身は光沢のある銀色の金属であった。あれらは全身これ金属、文字通り金属生命体である。

「ああ、サイズはまあまあだね」

 銃座が吠え、弾丸の嵐を浴びせる。怒り狂った金属生命体がこちらに突進してくるが、タルカの運転が接近を許さない。距離を保ったままの嵐のような射撃が金属生命体を削り、抉る。

 勢子が一旦左右に分かれて距離を取る。戸惑う金属生命体に銃座が狙いを定める。

「よぉし!そのまま畳み掛けな!」

 号令と共に手を振り下ろすと、十字砲火が雷鳴のように降り注ぐ。ものの数秒で金属生命体を仕留めたのであった。

 さっきまでは銀色であった獲物たちが、みるみる光沢を失い、黒ずんだ鈍色へと変色していくのを見て、二ラティは飛び降り、それに歩いて近寄る。

「おっけ。大成功だ!今夜はラーナの店を貸し切るよ!腹いっぱい食わせてやる」

「マム、まだ生きてるかもしれません。慎重に!」

「はいはい」

 腰から引き抜いた拳銃を一発。金属生命体相手の大口径銃は、バカみたいな破壊力と引き換えに、常人ならひっくり返るか銃身で自分の顔を殴るような強烈な反動を撒き散らすのだが、強靭さと年季の入った二ラティは、片手でやすやすとそれを制御している。

 人間に当たれば頭が吹き飛ぶような弾丸だが、それは吸い込まれるようにボスンと埋まった。鈍色の獣は関節からポロポロと崩れ、やがてはかさついた金属砂へ姿を変え、くすんだ銀色の砂山へとなり果てた。

「これならいいだろう?」

 金属生命体は死ぬとこうなる。肉も骨もあったものではないのだが、この金属砂がレアメタルとして高く売れるのだ。

「さあ、回収だ!一粒も残すんじゃないよ!」

 二ラティの号令一喝、巨大戦車からわらわらと重機がやってきて、もりもり砂山を積み込んでいく。これが彼女たちレアメタルハンターの生業である。命がいくつあっても足りないこの商売を三十年以上続けている二ラティは、界隈では生ける伝説になりつつあった。

「怪我人は?故障は?」

 勢子に声をかけると、向こうも手を振って答える。

「大丈夫さマム!」

「シートが硬え、ロインの痔が悪化してらぁ」

「そこまで面倒見れないよ!クッション買いな、輪っかのやつ!」

 がははと笑う二ラティは、まさにこのファミリーの肝っ玉母ちゃんといった貫禄と風格があった。レアメタルハンター・二ラティ一味は、この一帯でトップクラスの実力と統率力がある。

 この一帯でトップクラスということは……この惑星でトップクラスというのに等しい。何しろこの惑星上に、都市はサンジーヴァナただ一つしか存在しないのだから。

「ふぅ」

 片足に重心を乗せて一息つくと、背後にゆっくりとタルカが車を回してきた。

「お疲れですか?マム」

「ババア扱いかい?」

「まさか、あと三十年は現役でしょう?」

「えぇ、八十はキツいや。やれて七十五かな」

「うん、十分バケモンっすよ」

 がははと笑って髪をなでつける。ポケットを探って……ライターしか入っていないことを思い出した。

「こういう作業見ながらのタバコが、一番美味かったんだけどねぇ」

「ああ……そろそろやめて二年くらいですかね?」

「大体ね。いや機関銃が重くてさ、息が上がっちゃって走れなかったのがすっげえショックで。三十年以上吸ってたのにそれからバッサリやめちった」

「……あれ担いて走るもんじゃないですよ」

「二十キロくらいだろ?イケるって」

「……それ弾抜きの重さじゃないですか?」

「ん?……ああ、重いわけだね、何発担いでたのかわかりゃしない」

 苦笑いするタルカであるが、二ラティは笑いながらも胸を張る。

「駆け出しの頃はそうだったのさ、あたしとヴィヤーサンはそうやってた。弾切れして鉄パイプで殴って仕留めたり、溶接でバリスタ作って仕留めたりもした……おっと、シラフで思い出話始めたら本当にババアだね、やだやだ……ん?」

 ぐるりと辺りを見渡して、二ラティは気付いた。

「タルカ、点呼とれ。勢子の四号車がいないぞ、ケーフとルペシだ」

「え?……ホントだ?!」

 目を剥いたタルカが無線を手に取った瞬間、とんでもない咆哮が森を揺るがした。桁違いのデカさに背筋が粟立つ。

「回収中断!全員今すぐ引っ込め、何かすげえの来るよ、ありったけ構えな!」

「総員砲戦用意!」

 タルカが通信機に怒鳴る。少し離れた巨大戦車も色めき立つのがわかる。

 まず飛び出したのは装甲車、見失っていた勢子の四号車である。ハンドルを握るケーフの顔は青ざめ、銃座のルペシは絶叫と共に後ろへ弾丸をばらまいている。この距離でも、両者が恐怖に引き攣っているのがわかる。

「こっちだ!早く来いッ!」

「みんなも逃げろ!バケモンが来るぞ!」

 ケーフが叫んだ直後、森の木々を踏み倒してそいつが姿を現した。

 凶悪な鉤爪のついた太い二本足、巨大で分厚く鉈や斧を思わせる頭には、それに相応しい深い口裂と、ナイフのような牙が二重にも三重にも生えている。その巨大な頭とバランスを取るためか、尻尾まで太く、長い。体高は五メートルを優に超え、全長は軽く十メートルでは済まない、まさに別格の怪物であった。


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