蟹
加筆しました・・・
池内ローズ(本名ローズ・E・レイチェル)はマンハッタンのアパートメントに住む、中流階級の家庭で育った。父は高校教師、母は看護師で、弟が一人いた。5歳の時、日本による対米反撃が本格化した戦時下で、避難中の車列が大規模な都市混乱に巻き込まれ、ローズの一家はトンネル内で玉突き事故に遭う。
その事故で家族全員が死亡、ローズのみが重体で生き残る。病院で治療中に身元不明者として扱われ、極秘裏に軍と連携した「ホムンクルス研究計画」の一環として回収される。当時のアメリカ政府は、進化した日本人のDNAと動物のDNAを融合させた「超戦闘兵」を求めており、ローズはそのベースとして選ばれた。
ローズの記憶は断片的にしか残っていない。強制的な再構築(強化学習と肉体改造)により、彼女は10代半ばの姿で成長を止められ、戦場のデータ採取や特殊工作任務に投入される。彼女の肉体は日本人の細胞をベースにしつつも、自己修復・毒素耐性・高速思考能力を持つ。
また、毒ヘビ・ブラックマンバのDNAを結合されているため、体のほとんどに蛇のような鱗が生えており毒牙を持っている。
現在はCIAによって管理されており、久志のような特別な因子を持つ者を捕らえるために日本に派遣された。ある村に赴いたとき、そこではホムンクルス達と日本人が共同で生活していた。
彼らはアメリカを筆頭に多国籍軍が日本から撤退した後、用済みになり捨て置かれたホムンクルス達だった。虐殺行為によって精神を病んだり、四肢が欠損状態の者や、体に重大な傷を負った者もいた。また、元々暴力行為を好まない性格のホムンクルス達が多く、村の人々は最初は恐れたが次第に秘密裏に受け入れるようになった。そして噂を聞きつけたホムンクルスが各地から助けを求めてやって来るようになった。来た時はみな生気が無く生きる気力を失っているかのような者ばかりだったが、自然と共に日本人と時間を共有する日々を送るうちに皆次第に癒されていった。ホムンクルス達は保護される代わりに人の少なくなった村の復興の手伝いを請け負った。畑を耕し、米を作り、家畜を育て、建物を修繕し。村人たちも、親を子を親戚を友達を恋人を亡くした人々が大勢いた。そうしてあの村は成り立っていた。
実はこういった村は此処だけではない。日本の各地にあり、独自の通信網で繋がっていた。
日本の国土には無数の通信網が張り巡らされており、高度な技術で他国からのハッキングを防ぎ、カモフラージュされていた。
ローズはそこにうまく紛れ込むことに成功した。
村の中に一人の老人がいた。名前は池内新五郎といった。彼は若かりし頃、新聞記者の駐在員としてニューヨークで10年以上赴任していたという。
ローズは断片的に自分が生まれ育ったNYの記憶があったが、ある時、英語が堪能な新五郎と何気ない会話をしている時、彼がかつてNYに住んでいた事があるという話になり
以来、とても親密になっていった。自分よりも故郷の事を知っている老人に、いつの間にか心を許してもいいと思うようになった。新五郎は独り身であったから部屋はいくらでも空いてると言ったので、
ローズは新五郎の家に居候させてもらう事になった。
しかし、弱者とそうでない強者は雰囲気でわかるものだ。新五郎も進化した日本人だった。感性は向上しているのだ。彼女が他のホムンクルスとは違っている事は薄薄感じていた。ローズには覇気があり目に力があった。そして時々山へ入っていき、2~3日帰らない時もあった。
新五郎はそうした時も何も言わずいつものようにローズに接した。
ある時、ローズがフラフラになって帰宅した事があった。茶屋の店主、三上香を肩にかついで。
玄関で倒れそうになった所を新五郎に抱き留められ、ローズはそのまま意識を失った。―――
同じ村に、もう一人、傷ついたホムンクルスを装った人物がいた。
アレクセイ・スメニフ。彼の体は蟹の甲羅のように固く、手の指は蟹の足のような形状をしており、指先は尖っていた。彼は右手と左足を欠損し、松葉づえをついて生活していたがほとんど生気を失っており
いつも集会所の前のベンチに座り口を半開きにし虚空を見つめていた。
夕方になると仲間のホムンクルスが迎えに来て、共同住居に連れて帰るといった生活だった。
ローズが瀕死の状態で新五郎の家に帰って来た数日前、いつものように新五郎の家で洗濯物を取り込んでいる所だった。雲が高く、空がオレンジ色に染まる時間。渡り鳥がクァクァと声を掛け合いながら隊列を組んで空高く南のほうへ飛んでいくのが見えた。
ジーンズの後ろポケットに振動が伝わる。ヴゥゥ・・・ヴゥゥ・・・
その瞬間ローズの顔色が変わった。ポケットから取り出したそれは、長さ3センチ、幅が5ミリほどの細長いスティック状の物だ。小さな青色のランプが点滅している。
・・・・祠に誰かが来た・・・・
祠に誰かが来たらセンサーが働きこの受信機に信号を送るようになっていた。
数十年前に作られた仕組みだがアナログの周波数が今は逆に探知されないのだ。
新五郎はまだ帰ってきていない。――すぐ戻ります―― と書置きをテーブルの上に置き
家を飛び出した。
人の多い通りから人目を避けるように村の外側を通り、祠のある山へ疾風のごとく駆けた。
祠へ向かう途中また受信機が震えた。今度は赤いランプが点滅している。
ローズは立ち止まり、受信機の側面にある小さなボタンを押した。
受信機から男の声がする。「動きがあったのか? 今度こそ成果を出せ。失敗したら命はない。」
「わかっています・・・」「それと・・・」男は続ける。「お前はいつから人間になったんだ? バケモンが。 因子を持つ者を 早く連れてこい。 それと・・・その村、このミッションが終わったら消滅する。日本人の細胞は惜しいが、きもちわりい出来損ないのゴミどもを焼却処分せんとな」
「・・・・」
「ん? どうした返事は?」
「了解しました・・・」
そして再びローズは走り出した。
祠から30メートル手前でローズは立ち止まった。
少し落ちくぼんでいる場所があり、相手に察知されにくい場所だ。
そこからは逆に祠が良く見える。
しかし祠の周囲には誰も居なかった。
「誤作動・・・?」
ローズはもう少し近づいてみる。祠から10メートルほどの距離になった時
茂みがガサガサと揺れた。ローズは戦闘態勢をとったが、そこからは小さなイタチが出てきてローズを見るなり慌てて藪の中へ消えていった。
誤作動か何かかか と 安堵した瞬間。
へへへへ・・・と不気味な笑い声がして、不規則な足音がした。
後ろを振り返るとボロボロのフードを被った大きな人物が立っていた。
片足はブーツ、もう一方の足は松葉づえが見えた。
「やっぱりアンタだったか、誘いに乗って。あぶり出されたわけだ ひひひ」
「誰?」
「誰でもいい、あんたをここで始末するんだよ!」
その瞬間、その人物の手が横からローズの顔の側面を狙い迫ってきた。その指先は鋭く尖っている。
ローズはそれをするりと躱すと続けてその動作を利用して右足で強烈な回し蹴りを放つ。
フードの人物は後ろに下がってかわしたが、ローズの足にフードが絡まり、その人物から
フードが引き離された。
「お前は! スメニフ・・・」
いつも椅子に座って虚空を見つめていたあの男だった。
「へへ・・・なんでお前がここにいるんだ って顔だな」
「・・・・・」
「言うわけないだろうがよ 聞いたって意味ないぜ、お前は今から死ぬんだからよ」
「・・・・」
「ヒヒ・・・ほらねやっぱりでしたよ 香さん」
すると祠の後ろから、出てきた人物があった。
「か 香さん・・・? 三上香さん?」
茶屋の店主、三上香だった。
「ローズちゃん・・・あなたはスパイなの?」
「えっ・・・」
ローズはスメニフに鋭い視線を送った。
「いやあ 奇遇だなあ 俺も同業なんだよねー と言ってもアンタとは違う国のだけど、まあ 目的は一緒かぁ ひひ」
「どういう事? ローズちゃん 説明して・・・」
「・・・・」ローズはうつむいて何も答えない。
「ローズちゃんが説明したくないようなので俺様が説明してやるぜ。色んな国が付け狙っている男がいる。錫杖を持ったおっさんだ。俺が聞いた話じゃあそのおっさんはホムンクルスが人間に転生できる薬を持ってるんだとよ! そいつを拉致って来いってのが俺たちに与えられた使命。 そんなとこかぁ」
・・・ちょっと違うけど 薬で転生できるわけねーだろ バカかこいつ・・・
「そのおっさんがもうすぐここへ来るらしいってんで腑抜けのふりしてあの村にいたってわけ!」
「にしても、邪魔だな。ババア、此処に居た事を後悔しろよ。二人とも死んでくれる?」
「スメニフ・・・お前は一番、香さんに良くしてもらってたんじゃないのか?」
スメニフの目が少し泳いだように見えた。
―その時、後ろのほうで声がした。――
「被検体119号、何を遊んでいる このロシアのゴミをさっさと始末しろ、この女もだ」
後ろを見ると3人の人影があった。しゃべっているのは真ん中の男だ。サングラスをかけ金髪のオールバック、白のスーツを着ている。その後ろに2人。 2人とも3mくらいはあろうかという巨体で、黒のボルサリーノをかぶり、サングラス、黒のトレンチコートを着ている。
「早くしろ!」真ん中の男は語気を強めもう一度言った。
ローズは動けなかった。なぜかはわからない。いつもなら造作もない作業が。
「お前がやらないなら、 やれ」と白いスーツの男は指を銃の形にして前に振った。
すると突然、2人の大男の口が大きく開き、青白いレーザー光線が放たれた。
スメニフ、香、それぞれに。
その瞬間、ローズの前をスメニフが横切り、香めがけて飛び込んだ。
皮膚が焼けるにおいがして、そこには香に覆いかぶさったスメニフがいて背中には大きな穴が開き
煙があがっていた。レーザー光線はスメニフを貫通し香にも到達していたがスメニフの盾で威力が弱かったおかげで致命傷にはなっていないようだが、ぐったりとした様子だった。
「ああ・・・」ローズは目の前で起こっている事を理解の処理が追い付かない状態だった。
ただ、得体の知れない感情が爆発しそうだった。
「あ・・ああ・・・あああああああああああああ!!!!!」
ローズの目が赤く光り、犬歯が数センチ伸びた、手足には鋭い爪が生え赤いスニーカーを突き破った。鱗は顔も手先も全て覆い野獣のごとく大男の一人に飛び掛かった。しかしもう一人の大男に片手で掴まれ、地面に叩きつけられた。
そして足で踏まれ拘束された。
「しつけがなっとらんな」白いスーツの男はそう言った。
「ヤキをいれておけ、殺すなよ」にやりと笑って大男2人にそういった。
ローズはもがいていたが、大男の一人がローズの顔と足を持ち、もう一人の大男に差し出すと
ローズの腹にめがけて思い切りパンチを繰り出した。
白いスーツの男がスメニフの方へ向きなおる。
「・・・っ 逃げられたか」
そこにはぐったりした香と、その上に覆いかぶさるようにスメニフの抜け殻があった。
「脱皮しやがった」と苦虫をかんだような顔をした。
「あの女は生かしておこう、119号を繋ぐ鎖ぐらいになるだろう」
その時、白いスーツの男に通信が入る。
「・・・・少佐、そろそろお時間です 100万防壁が破られそうです。」
「もうバレるか、全くやっかいだな ジャップの防衛システムは」
「引き上げだ」そう大男2人に言うと、大男はローズをその場にボトリと落とした。
「錫杖を持った男の捕縛、成功させろよ。あの女は生かしておいてやる。その意味わかるな」
ニヤッと笑ってその場で2人の大男と共に陽炎の様に消えていった。
ぼろ雑巾のようにされたローズは薄れゆく意識のなかその光景を見ていた。
蟹は脱皮すると欠損した部位が元に戻ってるそうな。