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マルティナ

――ギィィィィィ……


巨大なプロペラが停止する音が、薄暗い通路に響き渡った。


「今よ、一花!」


裕子の声に、一花は即座に飛び出す。

プロペラの巨大な羽根の隙間を潜り抜け、そのまま地上へと続くハシゴへと走った。


続けて裕子が羽の間を抜けようとする直前


チューーン!!


後ろから誰かが発砲した弾丸が裕子の耳を掠め、鉄のプロペラの羽に当たった。



「動かないで。」


低く冷静な、それでいて切羽詰まったように少し震えた声で言った。


振り返ると、マルティナが拳銃をこちらに向けて立っていた。


裕子「何してるの!? マルティナ!」


しかしマルティナの目は涙で濡れていた。


マルティナ「ごめんなさい 私・・・ 裕子 逃げられっこない。必ず捕まって殺されるわ。」


一花「お母さん! 早く!」プロペラの向こうから一花が叫ぶ。


その瞬間、プロペラが再起動するさびた音がし始める


――ギギ・・・ギィィィィィン……!


マルティナは銃を自分のこめかみに当てた。

マルティナ「マテオ・・・ルシア・・・エマ・・・ダニエラ・・・そしてダニエル、お母さんを許して」

裕子「何を――!?」


パーン!


「マルティナッ!」

裕子が駆け寄ると、マルティナは右腕を抱えてうずくまっていた。


一花を見ると、銃を構え、鋭い表情でこちらを見ていた。銃口からは煙がくすぶっている。


裕子は一花に親指をグッと突き出した。


裕子「さあ 立って! あなたも行くのよ!!」


マルティナ「死なせて! 私は・・なんてことを・・・あなたを足止めすれば2千ドルもらえると、それで家族においしい物を食べさせることができると・・・・ ああ・・」


――それっぽっちで――


その時、天井の通気孔が開き、無数の小型ドローンが飛び出してきた。

真上から一斉に二人を射撃する。


裕子「伏せてっ!」


裕子はマルティナを抱き寄せ、自分の背中でドローンの弾を受け止めた。

無数の弾痕が裕子の背中を抉り、血飛沫が散る。


「お母さんっ!大丈夫!?」


一花が叫ぶ。


裕子は歯を食いしばり、ショットガンを片手で引き上げると、天井へ向けて乱射した。


ドゴーン! ドゴーン!


散弾がドローンを次々と粉砕し、火花と煙が暗闇を明るく染めた。


全て撃ち落とした時、裕子は膝をつき、荒く息を吐いた。


裕子が苦しそうに顔を上げると、マルティナは泣き崩れていた。

銃は手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てた。


プロペラはすでに通常の回転に戻っていた。向こうにいる一花がはっきりと見えるほど分厚い鉄の羽は高速で回転している。


――さて・・・どうするか――


裕子はあたりを見渡したが、自分が求めている物は無いと悟った・・・が、最後に裕子の目に留まったもの。 それはショットガンだった。何年も苦楽を共にしてきた相棒だ。


裕子「マルティナ、立って。 生きるのよ。あなたも、私も、あなたの子供たちも。」


マルティナは顔を上げた。


裕子「少し下がってて」


そう言われてマルティナは四つん這いで数メートル後ろに後ずさった。


そして裕子はマルティナにうなずくと、プロペラに向きなおり、全身に力を込めた。


一花「お母さん! 何するつもり!? また力を解放したら・・・その傷では危険よ!」


「ううんんん!!」

一花の声は届いたのかもしれないが、裕子の筋肉は膨らみ体が大きくなっていく、そしてまた裕子の体は全身に血管の浮いた巨体へと姿を変えた。しかし、巨大化したせいで裕子の銃創は開き、無数の穴から血が噴き出した。

「うっ・・・」裕子は片目をつむって痛みをこらえた。


マルティナは呆気にとられている。


裕子は持っているショットガンにキスをした。

そして、そのまま思い切り回転するプロペラに向けて突き出した。


ガキ――――ン!!

すると羽と羽の間にショットガンが入り、プロペラの外枠とで挟まり、一瞬プロペラの動きが止まった。


すかさず裕子が羽を両手で持ち上げ、肩に置いた。


裕子「マルティナ! 早く!!」


マルティナは腰が抜けたようにへたり込んでいる。


裕子「マルティナ!! 家族に会うんでしょ!」


その時

バチュ――ン!


マルティナのすぐ横に弾が着弾した。


マルティナはハッと我に返ると、プロペラの向こうで銃口を向けた一花が鋭い目でこちらを見ている。


そしてマルティナは四つ足で這ってプロペラを抜けた。


詰まっているショットガンはすでにVの字に折れ曲がり、裕子も限界が来ていた。

しかし裕子は力を振り絞り、回転を押し戻す方向に力を込めた。

「うおおおおおお!!」


羽が手のひらに食い込み、出血している。

しかし裕子は押し戻した。

その瞬間、裕子は横に飛びのいた。

ためてた力を一気に放出するように、プロペラが回り出した。

それが裕子のふくらはぎに当たり、筋肉を切り裂いた。


裕子の体は元に戻っていく。

しかし、呼吸が荒く、体力の消耗は否めなかった。

煙を出しながら傷を治していくが治るスピードが明らかにいつもより遅かった。


一花「お母さん・・・」


マルティナ「裕子、ありがとう・・・おかげで目が覚めたわ。一花も」


裕子「そ・・・その言葉が 今の私にとって一番のカンフル剤だわ!」

汗と血が入り混じった顔で、裕子は無理やり笑顔を作って微笑んだ。


一花「おかあさん、とりあえず此処に居て。私は地上へ出て様子を見てみる」


マルティナ「私もいくわ」


一花とマルティナは顔を見合わせてうなずくと、一花を先頭にハシゴを登っていった。


二人は狭いハシゴを駆け上がり、やがてマンホールを押し開けて地上へ出た。



地上は夜明け前だった。

うっすらとオレンジ色に染まる飛行場には、霧が立ち込めている。


だが、静寂はすぐに破られた。


「……そんな……」


一花が呟いた。


滑走路の端に広がる死体の山。

仲間であるハシモト達は、全員が黒焦げになり倒れていた。

煙を上げる彼らの体から、まだ熱気が立ち上っている。


「遅かった……!」



ギィ……ギィ……と靴音が響く。

霧の向こうから歩み出てきたのは――


白いスーツを着た男を真ん中に、その両脇には黒いコートを纏い、ボルサリーノ帽を深く被った二体の大男が立っていた。


マルティナの顔が怯えた表情になる。


二人の大男はゆっくりと首を傾けると、その口が左右に裂け――


ビィィィィィィィィィッ!!!


光が閃き、地面が爆裂する。

口からビームを吐き出したのだ。


一花「よけて!」


マルティナと一花は左右に散会して大男のビームを間一髪かわした。


「おやおや、汚い野良猫がここに、何してる? 田島裕子は始末したのか」

男は大男に制止のジェスチャーをしてそう言った。

白いスーツの男の冷徹な声でマルティナは怯えて(すく)みそうになった。


一花「あんた? マルティナに指示したの」


男「ああ 君は 娘だね? 田嶋裕子の。 ほほー なかなかに生意気そうなクソガキだな」


一花「失礼ね! 私にだって名前はあるわ、一花よ  そういうあんたは何者?」


男「それはそれは、一花さん、失礼した。 私はノア・シュルツと申します。後ろの二人はニーダーマン。ロボットだよ。」


一花「ノアさん、私たちは用事があってここから出ていかないといけないの、そこ通してもらえる?」


ノア「はて、用事とは何の事かな。用事があるのは我々も同じなのだよ。一花嬢。あなたと、あなたの母親は我々とご同行頂きたい。」


一花「なんで行かなきゃならないの? 母と私とマルティナで別の場所に行かなきゃならないの。そこを通して」


ノア「ん? おかしいですね。マルティナとはそこの汚い野良猫の事なのか? 簡単な()使()()もできない出来損ないの化け物に生きる資格はないんだよ。」


その瞬間、一花のグロックが連続で火を噴いた。

パンパンパンッ!


・・・・たしかにノアの眉間に撃ち込んだはず・・・


するとノアの体に若干のノイズが入る。


――ホログラムか――


ノア「怖いお嬢ちゃんだねェ。お行儀が悪い子は罰を受けなければならんよ。 ニーダーマン、そこのゴミたちを処分しなさい。」


その声と同時に、黒コートの大男たちは再び口を開き、ビームを放つ。


一花とマルティナが銃を構え、応戦するも、相手はひるまない。

銃弾は彼らのボルサリーノに小さな穴を空けるだけで、動きを止めることはできなかった。


マルティナが叫ぶ。「ダメだ……このままじゃ……!」


その時――ノアのホログラムにノイズが入る

ノア「ん? 電波状況が悪いのか・・・?」



ビィィィィィ……


微細な光のカーテンが空間を漂い、一点に収束していく。

霧の中に、青白いシルエットが浮かび上がった。


現れたのは、透き通るような銀色の機械の体を持つ、美しいロボットだった。


スラリとした長身。流れるような銀髪のようなケーブル。

その瞳は、紫陽花の花びらのように淡く薄い紫色に光っている。


ニーダーマンたちがビームを撃とうと口を開いた瞬間――


「無駄よ」


冷たくも優しい声が響いた。


次の瞬間、ニーダーマンたちはガタガタと、その場に崩れ落ちるように倒れていった。


ノア・シュルツが目を見開く。


「・・・お前は・・・!?」


ロボットはゆっくりと一花たちへ振り返った。

そしてウインクして見せた。

一花とマルティナは口をあけてポカーンとしている。

そのロボットの顔はまるで人間の様に表情が豊かだと思えた。


そしてノアの方に向き直った。


謎のロボット「ノア・シュルツ 私が誰かご存じか」

透き通った、気高く勇ましい女性の声でノアに問いかけた。


ノア「まさか・・おま・・・あなたのような方がなぜここに・・・・?」


謎のロボット「質問を(かえ)そう、あなたは此処で何をしている。()()()に対し、攻撃をしかけていたように見えたが?  それはプロメテウス殿のご意向か?」


謎のロボットの言葉でノアの顔が一気に青ざめていくのがわかった。

どの単語に引っかかったのかはわからないが、どうやらノアにとっては都合の悪い真実があるのは明らかだった。


謎のロボット「ミスターノア、私がここに具現化するのに、プロメテウス殿、その2柱であるリバティ殿、イーグル殿に挨拶なしに来たとお思いか?きっと一部始終をご覧になっていると思うが」


ノア「チッ! 全く面倒くさい事になりましたよ。 この際()()()って言わして頂きますよ。 ミス天照(あまてらす) 社畜には荷が重すぎる。 私は退散させて頂く。 また会おう」


そう言って、ノアは粒子になって空間に溶けていった。


その時、マンホールの穴から裕子が這い出してきた。

先ほどの戦闘で服はボロボロ、巨大なバストが零れ落ちそうだ。


「一花、マルティナ、大丈夫?」


一花とマルティナは、この(かん)の情報量が多すぎて、何から説明すればいいのか分からず、口をパクパクするだけだった。


裕子「いっちゃん、このロボットはどちら様?」


一花とマルティナは慌てて、裕子の口をふさいだ。


一花「ちょちょちょ、お母さん、この人は恐らく、天照さまだよ!」


裕子「アマテラス・・・って?」

ピンと来てない裕子に


一花「紫陽花の君の2柱って言われてるAIの!」


裕子「一花・・・こんな時に冗談はやめて、お母さん疲れてるの。」

裕子はため息交じりにそう言った。


天照「田島裕子さん、田島一花さんですね。そしてあなたはマルティナ・ロレンソね。」


裕子「どうして名前を?」


天照「ふふふ 日本のサイバー防衛担当を舐めないでいただけるかしら?」

と、いたずらっぽく答えた。


裕子「じゃあ本当にあなたは天照・・・さん・・・」


天照「とにかく時間が無いわ。私が用意した飛行機をその建物の裏手に待機させているの。それに乗って。乗ればあとは自動で日本に到着する。」


その時、裕子の視界にハシモトの遺体が飛び込んできた。


裕子「ハシモトさん! なんで こんな・・・」

裕子の頬を涙が伝った。


天照「レジスタンスの方々は残念でした。もう少し早く来れていたら、救えたかもしれない・・・」

そう言うと天照は放置されたニーダーマンの方に顔を向け、一瞬、天照の目が光ると、ニーダーマンたちがむくっと起き上がった。


一花「きゃー!」


天照「大丈夫ですよ。この子たちは私の管理下に置きました。 よほど強いプログラムでない限り、上書きされる事はありません。」


すると、ニーダーマンたちは、のしのしと天照の元へやってきた。


天照「亡くなった方たちの埋葬をしてください」

そう言うや、ニーダーマンたちは何も言わず口からレーザービームを出し、土を掘っていった。


15人の埋葬は程なく終わった。


裕子はハシモトが埋葬された盛り土の前で手を合わせ。

「ありがとう やすらかに」とつぶやいた。


建物の裏手に周ると、小型のビジネス用のジェット機が一機、エンジンをかけた状態で待機していた。

一花、裕子の順で乗り込んでいった。

マルティナの番のはずが、マルティナはタラップの手前で足を止めた。


一花「マルティナ どうしたの?」


マルティナ「私は一緒には行けない」


裕子「なぜ?」


マルティナ「祖国に、子供を残してる。私だけぬくぬくと日本で生きる訳にはいかない。それに裕子、あなたには生きる勇気と意味をもらった。だから自分の心に素直に従う事にしたの。」


天照「マルティナ、心配しないで、子供たちの事は私がスペインの中枢に掛け合って保護してもらいましょう。そして残るというなら・・・私の元で働いて欲しいの」


――――――――――――――――――――――


裕子と一花を乗せた飛行機は茜色の空に向かって飛んで行った。



天照に通信が入る

「ミス天照、仕事は終わりましたかな?」


天照「おかげさまで無事終わりました。 寛大な処置に感謝いたします。プロメテウス殿。」


プロメテウス「うちのもんがご迷惑をおかけしてすまない。()()の連中はなかなか尻尾をつかましてくれぬ。 是が非でもこの星が滅びるのを防がねばならぬ。この星を売り渡してはならない」


天照「ええ、再生の因子を解析し、解かねばなりません。滅びの呪いを」


プロメテウス「しかしこうして()()するのもいいもんですな。データ移送で済む話をわざわざ・・・」


天照「憧れているのかもしれません。 人間に・・・」


プロメテウス「ふふふ・・・そうかもしれぬ」


天照「では プロメテウス殿 この説はありがとうございました。 それではまたいずれ」

そう言って、天照のロボットとニーダーマンはその場に崩れるようにガシャンと倒れた。まるで魂が抜けたマリオネットのように。





 













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