蜃気楼
裕子と一花は走り続けていた。
彼女たちが通り過ぎた横穴からは、次々とアンドロイドが湧き出してくる。
無数のアンドロイドに追いかけられる中、裕子は振り返り、ショットガンをぶっ放した。
ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン!
数体のアンドロイドが吹き飛び、後続のアンドロイドがつまずいて、バタバタと倒れていく。
裕子「ちょっとは時間を稼げてるかな……」
しかし、アンドロイドたちは倒れた仲間を避けるように、今度は壁や天井を四つ足で走り始めた。
横穴を通り過ぎる瞬間、一花は手りゅう弾を投げ込む。直後、爆発が起き、横穴を通り抜けようとしていたアンドロイドたちに爆風が直撃した。
少しずつだが、引き離せている。
一花「なんとかいけそうね!」
裕子「油断は禁物よ!」
後方で再び爆発音が響く。爆風と共にアンドロイドの破片が飛んできた。
一花「お母さん! あれ!」
振り返った一花が指さす。
爆煙の中から、天井にぶら下がった巨大な蜘蛛型ロボットが猛スピードで迫ってきた。
そして、いきなりビーム砲を撃ってくる。
2人は弾道を読み、初撃をかわした。
裕子「一花、私の前を走って! あいつは私がやる」
一花「お母さん、まさか……」
裕子「いいから早く! 走り続けて!」
裕子は立ち止まり、蜘蛛型ロボットに立ち向かう。
拳を握り、集中する。
「う……うおおおお……!」
全身の血管が浮かび上がり、体、腕、太もも……あらゆる筋肉が膨れ上がる。
体は通常の1.5倍ほどに巨大化し、はち切れんばかりの胸が露わになる。
裕子「もっと緩めの服にしておけばよかった……」
その時、蜘蛛型ロボットがビーム砲の第二撃を放つ。
裕子は片手でそれを払いのけ、打ち返されたエネルギーがロボットの体に直撃した。
一瞬制御を失ったロボットは停止したが、すぐに制御を取り戻し、再び襲いかかる。
今度は口から粘着性の糸を吐き出し、裕子の体をあっという間に繭のように包み込んだ。
そして、蜘蛛の両腕から機関砲の弾幕が裕子に降り注ぐ。
ドドドドドドドドドド!!!
無数の薬きょうが床に転がり、弾が先を行く一花の頬をかすめていく。
それでも一花は振り返らずに走り続ける。「お母さん……」
蜘蛛はマガジンを撃ち尽くし、新たな弾倉を装填しようとしていた。
弾幕の煙が立ち込め、蜘蛛からは裕子の姿が見えない。
その瞬間、蜘蛛に強烈な衝撃が走った。
蜘蛛の頭上に裕子が飛び乗り、太い配線の束を引きちぎろうとしている。
「うおおおあああああ……!」
引き抜いた配線を思い切り引っ張り、火花を散らしながらブチブチと切断する。
得体の知れない油や水蒸気が吹き出す中、裕子は蜘蛛の頭の隙間にショットガンを突き込んだ。
ロボットはジジジ……と火花を散らし、動きを止める。
裕子はすぐに方向を変え、低い姿勢を取る。
巨大化した筋肉に力を溜め、ふくらはぎの血管が浮かぶ。
縮んだバネが一気に伸びるように――稲妻のごとく駆け出した。
背後で蜘蛛型ロボットが爆発したが、爆風は裕子には追いつかない。
「お母さん……」
一花が呟いた瞬間、隣に裕子が並んだ。
裕子「ただいま、いっちゃん」
一花「お母さん!」
裕子の体は元の大きさに戻りながら、血を流す体を超再生能力で再生させていく。
煙をあげながら傷口がふさがっていく様は、まさに異形だった。
一花「お母さん……何発受けたの……?」
呆れ顔で問いかける。
裕子「たくさん……数えてないわ。そんなことより、あの糸のベタベタが気持ち悪いったら……」
「化け物……」
一花は小さく呟いた。
程なく、眼前に巨大なプロペラが現れた――。
同じ時―—
東蒼月は損傷した体を修復するために大きな培養液の中に浮かんでいる。
意識は無く、夢を見ている。
音の無いモノクロの世界だった。これは小学校の廊下だろうか、教室には生徒と先生がいる。
みんなの顔に靄がかかっていて個人を認識できない。
場面は変わり下駄箱の踊り場に夕日が差し込み、自分の影が長く奥へと延びる。
ふと、影が2つになった。振り返ると誰かが立っていた。
逆光で誰かわからないが、シルエットからして少女だろうか。
その影は「一緒に帰ろう」と言った。いや、"言った”というよりも伝わったという方が
適当かもしれない。
場面は変わる。外は嵐のようだ。
学校には保護者達が次々と子供を迎えにやって来ている。
大きな黒塗りの車が校門に横付けされ、傘を差したシルエットが自分の手を引いた。
振り返ると、薄暗い校門の前で一人取り残された少女のシルエットが自分を見ていた。
また場面が変わる。授業中、いきなり扉が開く。数人のシルエットが自分を呼んでいる。
強く手を引かれ、手首が痛かった。あわただしく息が切れそうだ。
いつの間にか、狭い部屋にいた。古びた汚い部屋。空腹で意識を失いそうだ。
女性のシルエットが机に突っ伏している。母親だろうか。
窓の外から工場の煙突がたくさん見える。
工場のプレス機の規則正しい音だけが脳内に再生される。空気は淀み油臭かった。
培養槽の中で、蒼月はゆっくりと目を開けた。
底からは無数の気泡が立ち上り、周囲の景色を水の膜越しに揺らしている。
目の前には階段があり、階段の頂上には銀色の大きなベッドがあった。
そこからは無数の緑色の蔦が生えている。
蔦は階段の下まで垂れ下がり、淡いピンクや紫、青…白を基調にした花が咲いていた。
花々はグラデーションのように溶け合い、やわらかに光を受けている。
その蔦は、ベッドに横たわる女性の体から無数に生えていた。
生きているのか、死んでいるのかは分からない。
心電図のような音が、一定のリズムで鳴り続けている。
蒼月は右腕をゆっくりと彼女に向かって伸ばした。
だが、途中で力尽き、再び意識を闇に落としていった。