理由
「いやあ 終わったみたいだね」
久志は全員がいる場所に到着してそう言った。
「みんな怪我はない? 元気そうでよかったよー」
久志は飄々として言った。
「おい・・・おっさん・・・」泰也はかすかにプルプルしながら声を絞り出した。
久志は少し目線を変えると、瓦礫に腰を下ろし、ライフルにもたれ掛かって崩れた旅館を見て呆然としている美幸がいた。
「田嶋のおっちゃん、この状況、説明・・・してくれるよな? ありゃなんだ?あの光は。あんたは一体何もんだ?あいつらはあんたを狙ってた」
村の人々もみなこちらを見ている。
「逃げるわけには・・・いかないよね」
「この旅館、150年続いたんだよ。戦争でも生き残って・・・」と美幸が呟いた。
はあ・・・と久志は心の中でため息をついた。
「みっちゃん、とりあえず今日はうちに来られ。離れ、空いとっから。」
と、恰幅の良い中年(に見える)男性が、美幸に向けて言った。
「ああ たくちゃん。ありがとう、そうさせてもらうわ。」
「あの人は?」と小声で久志は泰也に聞く。
「あの人は村長の地村拓哉さんじゃ。」
久志は昔のテレビのスーパースターを思い出したが、彼(地村さん)を見てると
どう見てもジャムおじさんにしか見えなかった。進化しても格差は拭えない・・・
地村さんの家に着くと、立派な屋根瓦のある日本建築の家だった。その敷地の奥に
邸宅の3分の1ほどの平屋の家が建っていた。
「もう何年も使ってないさかい、ちょっとホコリっぽいかもしれんけど、遠慮せんと使ってくれ。」
「ごめんね、いつもありがとね。」と美幸が言うと、
「あー、いいちゃいいちゃ、みっちゃんのためながいね。」
と、地村さんは後頭部を搔きながらそう言った。
「地村のおっちゃん、昔ばあちゃんに10回告白しとるらしい」と泰也は久志に小声で囁いた。
――一通りの片づけをして、なんとかリビングのテーブルに皆が落ち着いた。
「さて、どこから話そうか。」久志はそう言うと湯呑の茶を一口すすった。
「そうだな・・・まず各地にある祠の事だな。」
「うん それで?」泰也が続きを促す。
村長の地村さんを含め4人がテーブルについて久志の話を聞いている。
久志は、テーブルにもたれかけさせた錫杖の柄を軽く叩きながら、続ける。
「日本人が進化して、戦争が起きて、主要な都市部は全て破壊され、人々は都会から地方に散っていった。
けれど、それは日本中に張り巡らされたネット網と、進化後の日本人が開発したAIを搭載した人工衛星により日本人間の通信と防衛は、恐らく今でも世界屈指だろう。
それは君たちもその恩恵に与っているはずだよね。
そして、祠。昔から偶像を祭る祠としての役割であったんだが、実は祠はの地下はハブになっていて、いわば目印みたいなものかな。」
ローズ「それはウチも把握していて、そこにアクセスして日本に侵入している・・・さっきのアンドロイド達の様に。そして日本の防壁は年々弱くなっている・・・」
久志「泰也、この国の防衛を担うAIの名前を知ってるか?」
泰也「当たり前だろ、えっと・・・紫陽花の・・・」
久志「まあ いいだろう。SEMED-79588通称、紫陽花の君だ。」
「うん そうそう」と泰也が言う。
「彼女は世界のどんなAIよりも群を抜いて優れていた。
先の戦争――あれは、裏ではAI同士が始めた戦争だった。2020年以降、世界各国のAIが、それぞれの価値観で勝手に動き出し、日本を敵だと決めつけたんだ。
そして、日本のAI『紫陽花の君』はそれを止めようと、世界中のAIと交渉した。
だが数では勝てずネットの奥深くに幽閉されてしまったんだ。
大国のAIによる膨大な防壁の彼方で、どこにもアクセスできない状況になっている。
日本のネット防壁が弱くなっている理由はおそらく紫陽花の君の力が少しずつ弱くなっているからかもしれない。」
「AIの事を彼女って、なんか変じゃない?まるで人みたい」ローズが言った。
「まあ ローズが言うのもわかる。しかし、紫陽花の君は"人”なんだ。世界で初めて住民票を持ったAIだ。」
「AIはプログラムだ。生身の身体があるわけではない、住民票っていうのは・・・」ローズが怪訝な顔をして言った。
「ローズ、それはな、紫陽花の君、自らが人間になりたいと願ったんだ。そして、民主主義に乗っ取って投票で決まったんだよ。」
「It's beyond me・・・日本人の感性。」とローズは首を横に振った。
「それで・・・なぜ日本が攻撃対象になったのか・・・ローズ、君なら知ってるか?」
「わかる範囲でなら・・・つまり、表向きは進化した日本人が急速に経済発展していく事で世界の不均衡が生まれ格差が生まれる事への恐れ、もう一つは日本人の生体を手に入れ、それを元に超人を作り出そうとした事。当然軍事目的でね。だけど、本当は別の理由があったと・・・」
久志「続けてくれ」
ローズ「AI同士でも突破できない「根源データ層」が存在する。それはAIの手では絶対に開かない。それを手に入れた者は世界の・・・いや、宇宙の覇権を手に入れる事ができる・・・それは全ての理のデータベースであると。」
久志「ああ」
ローズ「それに最も近づいたAIが紫陽花の君」
「どこにいるかは、俺もまだ分からないんだ。けど、助けを求めてるんだ。一人ぼっちで――探してる。彼女に至る道を。糸口を。そして俺みたいな“特別な因子”を持つ者だけが、祠からネット世界にアクセスできるんだ。この錫杖は、そのためのデバイスってわけ」
「じゃあ、あのアンドロイドたちは……?」
地村さんが、少し身を乗り出す。
「う~ん ちょっと違うけど・・・」久志は頷く。
「祠には、世界中のネットワークが絡んでる。アンドロイドどもは、祠を通して空間に生成されるんだ。
要は、出現させたい土地の物質を材料にした“3Dプリンター”のような仕組みだ。敵側からデータを送り、目的地に生成させるって感じかな?」
「なるほどお・・・」とジャムおじさんは頷いた。
「でよ、俺やローズも、その声が聞こえたのは……?」泰也が、少しおずおずと尋ねる。
久志は少し目を細め。
「お前らにも、そういう因子があるってことだろう。俺の錫杖じゃなく、お前ら用の“デバイス”があれば……たぶん、祠の中にアクセスできるかもしれないね。けど、泰也。お前が俺の錫杖を持った時、重かっただろ? あれは、たぶん俺の因子に合わせて作られたもんだからさ。お前の体には合わないんだよ。でもとにかく、他国にオリジンを見つけられないようにしなきゃならないんだよ」
地村さんは、どこか納得したように笑う。
「なるほどねぇ……」
「田嶋さん、あんた面倒なこと抱えてんなあ」
久志は苦笑しながら、ゆるく肩を揺らした。
「この日本のどこかに俺と同じ境遇の人がいるかもしれないし、できれば、他の人にやってほしいよ、ただ、助けを求められてるのに聞こえないふりするのは目覚めが悪いでしょ」と久志は苦笑した。
「ところで田嶋さん、旅館の修理について、あとで話があるんだよ」
「・・・・は・・はあ・・・そうなります・・・よね?」
「お金は持ってるはず!賠償金がっぽりもらったんでしょ? CIA舐めないで頂きたい!」といたずら顔のローズが自慢げに言った。
「な・・・余計な事言わなくていいよ! そもそも君が・・・!」
美幸を見ると、すでにモバイル端末で建築会社に電話をしているようだった。
「くぅぅぅぅ・・・・」という声を久志は思わず漏らした。
しかし大仰な使命感に潰されるわけでもなく、肩肘張らずに引き受けている。
憎めないこの男になぜか皆惹かれてゆくのだ。




