婚約者を庇って猫にされました。
フェラルードを突き飛ばすと同時に箱の中に入っていた煙がリラージュを包む。
「リラ!」
慌てて立ち上がったフェラルードがリラージュのほうに駆け寄ろうとするのをフリオが慌てて止める。
「離せ!」
「駄目です!」
「リラ!」
フェラルードが再び名を呼ぶと同時に煙は消え去った。
ぽてん。
リラージュは床に尻餅をついた。
衝撃は軽い。
それにやけに視界が低い。
フリオが思わず腕の力を緩めた隙に振り払い、フェラルードはリラージュに駆け寄った。
「リラ!」
フェラルードが慎重に抱き上げる。
目をまん丸にしたリラージュはされるがままだ。
「リラ、大丈夫? 痛いところとか苦しいところとかない?」
心配そうに訊かれてリラージュはようやく我に返った。
「にゃーにゃー(びっくりした)」
リラージュの口から出たのは人間の言葉ではなく猫の鳴き声だった。
「にゃー! にゃー、にゃーにゃー?(えっ! わたし、猫になっている?)」
「うん、猫になっているよ」
恐らく自分の状況に驚いているであろうリラージュにフェラルードは現状を伝えてくれたのだろう。
リラージュは優しいライラックの瞳の色はそのままに、全身真っ白で尻尾と耳だけが焦げ茶色の可愛らしい猫になっていた。
「そのまま動かないで」
フェラルードがリラージュの口に口付ける。
リラージュはびっくりして固まった。
「愛する者とのキスでも解けないか」
冷静な声だ。
顔も真剣そのものだ。
そこに甘やかなものは欠片もなかった。
「にゃーにゃー(何をやっているの)!」
我に返ったリラージュが抗議する。
動物にキスするなんて何を考えているのだろう。
「大丈夫だよ。君は猫じゃなくて人間だから。まあ猫だとしても猫になりたてだから大丈夫」
リラージュの心配もきちんと理解はしているらしい。
「ごめん。必要なことだったんだ。びっくりさせちゃったね」
必要なことだったのなら仕方ない。
別に嫌ではなかった。
びっくりしたし、心配しただけだ。
だからそれについては怒っていない。
怒ることは別のことだ。
リラージュはそれについては気にしないでと首を振ってから、口を開く。
猫の言葉だから通じないだろうけれど、一言言わないと気が済まない。
「にゃーにゃーにゃー!(何で怪しいってわかっていて開けるの!)」
ぱしぱしとフェラルードの腕を叩く。
フェラルードは軽く笑う。
「ごめんごめん。僕が迂闊だったよ」
(ん? 言葉が通じている?)
思わず手を止めてじっとフェラルードを見る。
フェラルードが笑み崩れた。
「はぁ、可愛い。僕のために怒ってくれてありがとう」
(気のせいね。通じてないもの)
きっと、ばしばし叩いたから怒っていると思ったのだろう。
そこへようやくフリオとララが駆け寄ってきた。
「リラ様!」
「一体何が? そのお猫様はリラージュ様、ですよね?」
「ああ、リラだ」
「ああ、お可愛らしいお姿になってしまわれて……」
ララは褒めているのか嘆いているのかわからない。
たぶん混乱しているのだろう。
「一体何故そのようなお姿に? 先程の煙は一体……?」
「とりあえずあちらで話そう」
フェラルードはソファを示してそのまま移動する。
「そちらはどう致しましょうか?」
フリオが煙の出てきた箱を示して指示を仰ぐ。
フェラルードはちらりとそちらを見て感情のこもらない声で告げる。
「僕の思っている通りだったらそれにもう危険はないよ。ただ送り主とかを突き止めたいから今はとりあえずそこに置いておくことにする」
「承知しました」
リラージュはただなされるがまま運ばれていった。
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