婚約者に贈り物が届いていました。
リラージュが連れていかれた先はフェラルードの自室だ。
婚約して早い段階からリラージュはフェラルードの自室に招き入れられている。
それを聞いた弟は「あり得ない」と憤っていた。
そしてこんこんと説教されながら言われたことによると、段階と言うものがあるのだそうだ。
まずは応接室や庭でのお茶会を重ね、それから談話室やサロン、と少しずつ中に入っていき、結婚の準備を始める頃にようやく自室に招き入れるのが正しい手順らしい。
そう言われて訊いてみれば、弟の婚約者も弟の自室には入っていないと言っていた。
彼女はリラージュの親友でもあるのでもっぱら二人が会うのはリラージュの私室である。
というか弟とその婚約者とリラージュと三人で過ごすことが多い。
弟と婚約者の仲が悪いかというとそうではなくむしろ仲はいい。
まだ結婚できる年齢ではないが、結婚後についてあれこれと話し合っているくらいだ。
彼女とは幼馴染みでもあるので昔の習慣そのままなのだ。
ちなみに結婚できる年齢は男女ともに十八歳からである。
昔は結婚できる年齢に決まりはなかったが、愛娘をできるだけ手元に置いておきたいとある高位貴族が「あまりに早い結婚・出産は未熟な身体に負担をかける」などともっともらしい理屈をつけて結婚年齢の下限を設ける法案を議会に諮り、愛娘を持つ他の貴族を巻き込んで法案を通したらしい。
その時に下限年齢についてはかなり揉めに揉めたらしい。何とか十八歳で落ち着かせたという。
リラージュたちの祖父母が子供の頃の話だ。
弟からの猛然とした抗議を受け流し、フェラルードは一度入れたら二度も三度も同じだからと度々リラージュを自室に招き入れた。
いくら言ってもリラージュがほいほいとフェラルードの自室に入ってしまうので弟はリラージュの専属侍女であるララのほうにいろいろ言い含めたようだ。
フェラルードの自室にいる時はララは何を言われても決して部屋を出ていくことはない。
今日もぴたりとリラージュについてフェラルードの自室に入り、そっと壁に控えている。
「今日もマカロンを用意したよ」
「マカロン!」
リラージュの目が輝く。
マカロンはリラージュの大大大好物だ。
一日一回はマカロンを食べると決めているくらいだ。
喜ぶリラージュの姿にフェラルードは柔らかに微笑む。
そのままソファまでエスコートして座らせてくれた。
フェラルードは隣に座ることなくソファの向かいの席に向かう。
フェラルードの定位置はリラージュの向かいだ。
その席からだとリラージュが美味しそうに食べる顔がしっかりと見られるから満足できる、らしい。
リラージュはどんな顔を見られようとも別に気にしない。
そんなフェラルードの動きが止まった。
「ん? あの箱は?」
訝しげなフェラルードの声にリラージュも彼の視線の先に視線を向けた。
書き物机の上に包装された箱が置かれていた。
フェラルードが訝しげな様子からして彼に心当たりはないのだろう。
つまり、マカロンではないということだ。
「ご報告遅れて申し訳ありません。フェラルード様がリラージュ様を迎えに行かれている間に届いたものです」
フェラルードの従者であるフリオが報告する。
「そうか。一応確認しておこうかな」
重要な相手からであればすぐに礼状を書かなくては失礼になるし、受け取りたくない相手からだった場合は即座に送り返さなければならない。
「リラ、ごめん、ちょっと待っていてくれる? あ、先にマカロン食べている?」
大変魅力的な提案だが、リラージュは首を横に振る。
「いいえ、待っているわ」
「そう? 別に先に食べていても僕は気にしないよ?」
「でも私と一緒じゃないとお菓子が美味しく感じられないんでしょう? だから待っているわ」
フェラルードは別にお菓子が好きなわけではない。
だがリラージュが美味しそうに食べている姿を見ながら食べると美味しく感じるそうだ。
お菓子が大好きなリラージュとしてはお菓子を美味しく食べないのはお菓子への冒涜であるとさえ思っている。
それを抜きにしてもフェラルードには美味しく食べてもらいたい。
フェラルードが嬉しそうに微笑う。
「うん、ありがとう。じゃあごめん、待っていて」
フェラルードは足早に書き物机に向かった。
その前に立っても首を傾げる。
やはり心当たりはないようだ。
フェラルードはつけられていたカードを手に取り、メッセージを読み上げる。
「"貴方を愛する者より、愛を込めて"」
定型文のカード。雑貨屋でも売っている。
そのカードがあったから念のためにこの部屋まで運ばれたのだろう。
フェラルードがリラージュを見るが、リラージュはふるふると首を横に振る。
贈るならメッセージカードは手書きできちんと名前を書く。
「だよね」
それを知っているフェラルードもあっさり言うと、カードを置いてリボンをほどいて包装紙を解く。
フェラルードが蓋に手をかけたところでぴんと直感が働いた。
リラージュは意外と勘がいいのだ。
立ち上がって駆け寄りながら叫ぶ。
「だめっ!」
制止は間に合わず、フェラルードが蓋を開けた。
リラージュはとっさにフェラルードを突き飛ばした。
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