98:発芽し始める種
「──で、ここの公式は」
「ぷしゅぅ〜……」
「おいこら、こんなところでへばってる場合じゃないぞ」
「そ、そんなこと言われても……もう四時間ぶっ通しよ……?」
「お前が宿題をサボってたのが悪いんだろ」
二学期の始業式があと三日にせまった日。
羽月の宿題が全然進んでいないことが発覚して、三日前から俺と白久さんが交互に勉強を見ていた。
全く、早めにやっておけって言ったのに。
「この数学が終わればあと英語だけなんだ、ほら、始業式に間に合わせるぞ」
「提出は始業式の翌日なんだから……もうすこしゆっくりでもいいんじゃ……」
「そう言ってサボるつもりだろう? 俺の目の黒いうちはそんなことさせないぞ。それに、これに関しては翔さんから頼まれてるんだ」
森口道場に行った時、たまたま翔さんと会話する時間を作ることができた。
そこで羽月の勉強の話になって、高校を卒業できるように面倒を見て欲しいと頭を下げられてしまった。
と言うわけで、心を鬼にして羽月の勉強を見ている。
「前の試験からずっと鬼じゃない……」
「何か言ったか?」
「……ナンデモナイデス」
「ほら、手が止まってる。ここはさっき教えた公式で解けるぞ」
「はぁい……」
羽月が再びペンを動かそうとした瞬間だった。
ビーッ、ビーッ!
「…………」
なんでこう、ダンジョンっていうのはこっちの空気を読まずに発生するんだ。
「ダンジョンが発生したみたいねすぐに行きましょう!」
「お前な……」
単に勉強したくないだけだろ。
「ほら、晴未さんも向かうって言ってるわよ!」
白久さんとのチャットを目の前に表示する羽月。
白久さんは別用で出かけているが、ダンジョンの前で合流するとのこと。
「はぁ、仕方ない。ま、息抜きも必要か」
ダンジョンを放置もできないしな。
「やった! すぐに刀を取ってくるわ」
やれやれ、戦いとなると途端に元気になるな、現金なやつめ。
そうして、中川さんの同僚の方に車で現場近くまで乗せてもらい、自衛隊と警察が封鎖している中に踏み込んでいく。
「あ、二人とも」
出かけていた白久さんの方が先に到着していた。
「待たせたわね」
「状況は?」
「もう人は十分集まってる、そろそろ声をかけてダンジョンに入るところ」
「オッケー、早く始めましょう」
「慌てるなよ。例の連中が出てくるかもしれないんだ、油断は禁物だ」
「分かってるわよ」
「うん、それじゃあ行こう」
*
「……例の連中、今日も出てこなかったわね。敵も大したことなかったし」
結局、あのフード集団は姿を表さず、こちらが敵モンスターを一方的に蹂躙してダンジョンは閉じられた。
……主に勉強のストレス発散で、羽月が突出して暴れ散らかした。
「でも、なかなか遭遇しないね」
「そのうち出会うことになると思うけどな」
あのフード集団は不定期に、しかもさまざまな地域のダンジョンに現れては、レイドメンバーモンスター関係なく攻撃してくる。
やがてモンスターは全滅し、レイドメンバーも全員ディフィートアウトするためダンジョン自体は閉じられる。
だからひとまず大きな被害は出ていないものの、レイドメンバーはもちろん配信を見ている視聴者も彼らを叩きまくっていた。
「当然でしょうね、一体なにが目的なのかまるでわからないんだもの」
「あんなことを続けていたら、私たちダンジョン攻略者からはもちろん、モンスターたちからも恨みを買うのに……」
まさか自分たちから敵を作るのが目的なんて、そんな頭のおかしいことありえないしな。
「ま、まだ出会ったことのない連中のこと考えても仕方ないわ。そろそろ帰ろう?」
「だな。早く帰って宿題の続きしなきゃいけないし」
「……やっぱりもう少し彼らについて考えましょう」
「バカ言うな、早く行くぞ!」
「ちょっ、引っ張らないでよっ!」
「あはは……」
白久さんも苦笑いする中、三人で封鎖空間を出るべく歩き出す。
────カシッ。
「ん?」
「どうかしたの?」
「いや……なんでも」
なんか今、変な音が聞こえたような?
……気のせいだよな、多分その辺の作業音か何かだろう。
「どちらかといえば、ワタシたちが一番話を聞かなくちゃいけないはずの白久政也と全く会えない方が問題でしょ!」
羽月の言う通り、道場から帰ってきてから二週間、幾度となく面会を申し込んでも、全て却下されていた。
白久さんの父親、ダンジョンストリームの総責任者。そして、RMSとディフィートアウトシステムを開発した張本人。
あの話を聞いた以上、奴からも話を聞かなければならない。
そう思っているのにもかかわらず、白久さんでさえこの二週間一度も会えていないのだから、完全に拒絶されてる。
「ごめんなさい……こんなことになって」
「白久さんが悪いわけじゃないし」
「そうよ、悪いのはあの人なんだから。まったく、大人気がないわよね。それとも怖いのかしら」
「……そうかもしれない」
「え?」
「色々なことを知った私たちに、隠し事はできない。そしてあの人は、あの人しか知らない何かを知ってる。でもそれを知られるのが怖いから、私たちを避けてるのかもしれない」
「なら、余計に話を聞き出さないといけないでしょ」
「そうなんだけどね……」
白久さん曰く、俺たちを拒絶しているどころか、あの本館にさえ帰ってきていないらしい。
複合機企業の社長ということもあり元々多忙で、しかもあちらこちらを駆け回ることも多いらしいから、二週間帰ってこないなんて普通ではあるらしいけど。
このタイミングだ、どうしてもその真意を勘繰りたくなってしまう。
「──っ⁉︎」
「羽月?」
「いえ……なにかおかしな気配を感じたんだけど」
「おかしな気配?」
「でも、すぐに消えた……気のせいかしら?」
「うーん?」
言われてみれば、俺もさっき変な音を聞いた気がしたんだよな。
森口道場にまでやってきたエンキの例もあるのだし、油断ならない。
そう考えていたこと自体が油断だったということがわかるのは、意外にすぐだった。
*
「おーい、羽月! 起きてるかー!」
始業式の日、相変わらずねぼすけな羽月を、部屋のドアを叩いて起こす。
「うー……」
中から寝起きの悪い呻き声が聞こえてきたから、とりあえず起きはしたようだ。
「早く着替えて準備しろよー」
「はぁーい……」
やれやれ、少しは自分で起きる努力をしてほしいんだけどな。
「こ、匠君!」
羽月が部屋から出てくるのを待っていると、白久さんが血相を変えて走ってきた。
「ど、どうした?」
「こっ、ここ、これ見て!」
白久さんの手に握られていた、一冊の雑誌。
「……は?」
その見出しに、大きく俺の名前が書いてあった。
「なんっ、は? 俺?」
「なっ、中も見て!」
同棲から始まるタクミこと、三峰匠が繰り広げる三角関係。
白久さんに促されるままに中を見ていくと、そんな見出しと共に俺と白久さん、羽月が写った写真が数多くあり、記事にはあることないことが事細かに書かれていた。
「なん、だよ……これ」
流石に白久家の敷地内には立ち入ってないようだけど、それ以外の場所では夏休みの間に、かなりの写真を撮影されていたらしい。
白久さんと一緒に行った買い物やプール、羽月と和菓子巡りに出かけた様子や森口剣道場へ行った写真。
そして、白久さんたちと一緒に車に乗り込んで、この敷地へと出入りする姿まで記録されている。
「なにを騒いでるの……?」
ようやく部屋から出てくる羽月。
「う、羽月さんもこれ見て!」
白久さんに手渡された雑誌を、目をこすりながら見る。
ボーッと開いていた目が少しずつ開いていって、手が震え出す。
「なっ、なんなのよこれ! どういうこと⁉︎」
「ちょっ、落ち着け!」
雑誌を放り投げて白久さんに掴みかかろうとする羽月を後ろから羽交い締めで引き止める。
「わからない……私にも何が何だか……」
「匠は⁉︎」
「俺にもさっぱりだ……」
「いくらなんでも、プライバシーの侵害がすぎるでしょ!」
「うん……。中川さんには言って、正式に抗議する手筈は整えてもらっているけど……」
「間に合わないだろうな」
こうしてすでに雑誌は出版されてしまっているのだから。
「それ以前に……」
「?」
「……ううん、とりあえず学校に行かないと」
「そう、だな……」
中川さんが動いているのなら、今俺たちにできることはなにもない。
「……俺は先に行く。二人は後からゆっくりと来てくれ」
この状況では、三人仲良く登校するわけにもいかない。
それに、二人を先に行かせたら好奇の視線は二人に向いてしまう。
ここは俺が矢面に立つべきだ。
「分かったわ」
「うん……気をつけて」
「白久さん、羽月を頼んだ」
あれこれ言われる前に、離れを出て白久家の敷地も出た。
幸い、正門の前にメディアが待ち構えているということはなかったから、少しだけ安心した。
けどそれも束の間、大通りに出た途端、
「すみません、私週刊文夏の者ですが……」
「自分は週刊ハネダです、取材にお答えいただけますでしょうか?」
「例の記事について一言いただけますか!」
「二人の女性との同棲生活とは本当なのですか!」
あっという間に四方を囲まれてしまった。
「ちょっと、黙ってないで何か言ったらどうなんですか!」
「……はぁ」
「あ?」
「登校中の学生を囲んで脅しかける、大人として恥ずかしくないんですか?」
「生意気言ってんじゃねぇぞ!」
「そうだそうだ! 学生のくせして同棲なんてしてるお前が悪いんだろ!」
おいおい、これじゃ恫喝となにも変わらないじゃないか。
「いいから俺たちの質問に──」
「悪いけど、遅刻したくないんで。……スツールジャンパー」
足元に浮かべた魔法陣を踏みつけて、上へと飛ぶ。
そのまま同じ魔法で空中起動を続けて、一気に彼らとの距離を引き離した。
本来こんな形で魔法を使うべきではないが、これもある意味正当防衛ということで。
(これは、学校でも面倒なことになりそうだな)
ただただ、先行きが不安だった。
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