97:さらに増える悩みの種
「ありがとうございました」
門の前で、白久さんが頭を下げる。
「お礼を言われることじゃないよ。本来はもっと早く話さなければならないことだったからね」
「それでも、話を聞けただけで来た甲斐がありました」
「それなら良かったよ」
翔さんから白久さんに手が差し出され、それに応える白久さん。
「羽月、そして三峰匠」
「おじいちゃん?」
「師範……?」
まさか、師範も見送りに来るなんて。
「お前たちの腕があれば、斬れぬものなどない。故にその力を存分に使い、斬るべきものを斬ってくるがよい」
「……、はい!」
師範からの激励の言葉、それだけで自信が湧いてくる。
「それと、白久晴未と言ったな」
「は、はい!」
師範が白久さんの前に立つ。
白久さんは緊張しているのか、どこかの式典にいるかのようにガチガチだ。
「君の力は強大だ。だからこそ正しく使うことができれば、願いを叶えることもできるだろう」
一体なにを言われるのか、そう思っていただろうから、これほど優しい言葉に驚いていた。
けど、すぐに表情を変えて、
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。匠君に、羽月さんも一緒ですから」
「そうか」
ここに来て、本当に珍しい場面に遭遇するな。
師範の、こんな優しい笑みは、初めて見た。
「晴未様、そろそろ……」
「はい。みなさん、お世話になりました」
「気をつけて。羽月も」
「うん。行ってきます」
「匠君も、頑張って」
「はい、ありがとうございました」
そうして車に乗り込んで、翔さんや師範が見送る中を出発した。
「…………」
後部座席の窓から、流れていくを眺める。
五年前とほとんど変わらない、見慣れた景色。
でも、ここに来た時とは、心の有り様が少し違うように感じる。
「匠」
隣に座っている羽月が俺を呼ぶ。
「もう、大丈夫でしょ?」
「……そうだな。ここに来れて、本当によかった」
あの道場に対する、全ての蟠りが解消できたわけじゃない。
でも、それでも。
ここに来る前に渦巻いていた色々な感情は、ある程度解くことができた気がする。
「それならよかった」
羽月も満足げに笑って、シートに背中を預けた。
「じゃあワタシ、お昼寝するね。着いたら起こして」
「はぁ?」
俺が何か言う前に、羽月は目を瞑ってあっという間に寝に入ってしまった。
「嘘だろ……」
脅威のスピードだ。の◯太じゃないんだから……。
「寝かせてあげて」
助手席から白久さんが、まさかの援護射撃を繰り出してくる。
「羽月さん、昨晩ほとんど寝れてないみたいだから」
「え? なんで?」
「匠君が襲われたから、同じことが起こらないようにって明け方まで眠気と戦ってたみたい」
「そっか、それは悪いことしたな」
さっきまでは、そんな雰囲気をおくびにも出していなかったけれど。
……いや、師範や師範代の前でそんな姿見せられるはずもないか。
「三峰様もお休みになられていて構いませんよ。本日はこのまま帰るだけですので」
「いや、俺は別に……」
「嘘、目の下にクマができてるよ」
「…………」
正直、あんなことがあった後だと大丈夫だと分かっていても、どうしても警戒心を解くことはできない。
だから俺も羽月と似たような感じで、明け方まで寝たり起きたりだった。
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて」
身体をシートに預けて、瞼を閉じる。
すると急激に眠気が襲ってきて、その微睡に逆らうことができなかった。
*
「匠君も眠ったみたい」
「森口道場へ行くまでも、ついた後も、極度の緊張状態でしたからね。ところで、晴未様もお休みになられてはいかがですか?」
「え?」
「うまくメイクで隠しているようですが、目の下のそれは後ろの二人は誤魔化せても、ワタシの目は誤魔化せませんよ」
「……バレてましたか」
「先ほども言いましたが、本日はもう帰宅するだけですので、晴未様もお休みください」
「……ありがとうございます」
「いえ」
*
ビーッ! ビーッ!
「!」
深い眠りから俺を叩き起こしたのは、到着の案内ではなく、RMSからの機械音。
「なんなのよ……」
けたたましい音に、羽月も目を覚ます。
「ダンジョン発生のアラートとは違う、これは……」
目覚めたての目をこすりながらRMSを起動すると。
「……は?」
「レイドが、全滅……⁉︎」
助手席の白久さんがRMSの通知を読み上げた。
「中川さん!」
「かしこまりました」
車線を変更して、アクセルを踏む中川さん。
安全運転でできる限り車を飛ばして、三十分程度で現場に到着した。
「あ、れ……?」
しかしそこには、ダンジョンへと続くゲートが無かった。
「はぁ?」
「ど、どういうこと?」
寝起きを叩き起こされた羽月は不機嫌顔、白久さんは訳が分からず混乱顔。
「あの、すみません──」
一体なにが起きたのかと、残っていた第一陣のレイドメンバーらしき人たちに声をかけた。
「あーーーーー!」
「⁉︎」
俺たちの姿を見た瞬間、突然詰め寄ってくる。
「さっきの攻撃はお前たちか!」
「は、はぁ?」
ガッと胸ぐらを掴まれて、怒号が飛ぶ。
「ちょっと、いきなりなにするのよ!」
「ちょっ、羽月やめろ!」
「でも!」
「お前はなんでもかんでもすぐに手を出すクセをいい加減に改めろ!」
羽月が鯉口を切って、そのまま抜き様に斬りかかろうとするからなんとか止める。
「で、俺たちがなにをしたって言うんだ」
「この期に及んでシラを切る気か!」
「お前たちのせいで大変な目にあったんだぞ!」
まるで訳が分からない。
「なにを勘違いしてるのか知らないけど、俺たちはたった今ここに来たばかりだ。ダンジョンでなにが起こったかなんて、まるで知らないんだ。だから話を聞きたいんだ」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないです!」
白久さんも前に出てきて、彼らの理不尽な態度に声を上げた。
「……チッ」
さすがダンジョンストリームのアイドルパワー、白久さんの姿を見るだけで彼らの方から引き下がった。
「……ダンジョンに入ってモンスターと対峙しかけた瞬間に、斬撃か何かが飛んできたんだよ。その後で、フード被った連中に敵も味方も一方的に蹂躙されて、ダンジョンは消えちまった」
「は、い?」
「俺たちがそう言いたいくらいだよ!」
「訳が分からないのは俺たちだって一緒なんだ!」
「こんなこと今まで一度もなかったぞ!」
俺の服も手放して、その場を去っていく。
「ケホッ、ケホッ。お、おい⁉︎」
「あとは自分で配信でも見とけ!」
「俺たちは帰る!」
「やってらんねぇぜ全く」
結局彼らは足を止めることなく、封鎖区画の外に出て行ってしまった。
「なんなのよ、あいつら」
「大丈夫、匠君?」
「あ、うん……。とりあえず彼らの言ってた通り、配信を確認しよう」
RMSからダンジョンストリームを呼び出して、さっきの配信をホログラムで映し出す。
「あ、ここ!」
白久さんが指差す、レイドメンバーたちが交戦を開始する直前、モンスターと彼らとの間に斬撃に似た攻撃が走る。
その場にいた誰もが驚いて、モンスターたちまで一緒に攻撃が飛んできた方角──ビルの屋上を見上げる。
そこには、姿や顔を一切悟らせないようにフードとマントが一体になったものを着ている集団がいた。
それらがビルから飛び降りてきたかと思えば、レイドメンバーもモンスターも関係なく無差別に攻撃を開始した。
突然の事態にモンスターたちもレイドメンバーも大混乱。
統率を失い、しかも圧倒的な実力差によって全てが蹂躙され、そのままレイドメンバーたちはディフィートアウトして配信は強制停止した。
:なんなんだよ、今の連中
:またタクミかウヅキが暴れたんじゃないだろうな
:けど、いくらあいつらでもモンスターとレイドメンバー双方を相手取って戦うか?
:完全に喧嘩ふっかけてきてるもんなこれ
:なんなんだ、一体
配信のチャット欄も、突然現れた連中に困惑してばかりだった。
あと、勝手に人のせいにしないでもらいたい。
「……匠」
「あぁ」
フードマントのうちの一人は、刀を使っていた。
しかも片手で刀を取り回し、その動きには一切の乱れがない。
間違いなく、手練れだ。
「油断できなそうね」
「片手で刀を扱ってるところを見ると、反対の手には何か仕掛けがあるのかもしれないしな」
片手剣士を筆頭に、他のマントたちの魔法も、レイドメンバーたちよりもはるかに上手だ。
その中で一人、突出してとんでもない能力の持ち主がいる。
打ち出すのは、とても小さな光の玉のようなもの、しかしその速度は銃弾並み。
しかもその玉が敵に着弾すると、着弾点にクリスタルのようなものが一気に広がる。
「なによ、この魔法……」
「ちょっと、エグいな……」
ただ、さすがに人に使うのは憚られるのか、モンスターにしかその魔法は使用していないようだ。
「なんなんだろう、この人たち」
「さぁ……」
「現時点ではなにもわからないな」
突然現れた、第三勢力以上にはなにも言えない。
敵か味方かさえ不明。
「けど、もし俺たちのいるダンジョンに現れたときは、本気で挑まないといけなそうだ」
油断できる相手じゃないことだけは、確かだ。
「とにかく、今日は帰ろう?」
「そうだな」
「そうね」
森口剣道場への帰還は、俺たちの知りたいことをもたらしてくれたと同時に。
さまざまな悩みの種をもたらすこととなった。
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