96:話すべきだったこと
「…………」
師範の後について向かった先は、師範の自室。
「そう固まることはない。今更どうこうするつもりもないからな」
そう言われても……。
師範の自室なんて、門下生でも滅多に立ち入ることはない。
せいぜい師範を呼びに縁側から呼びかけて、障子が開いた時に中を覗いてしまうくらい。
そんな普通じゃない事態を前にして、緊張するなと言われる方が無理だ。
「さてと、昨晩の敵についてだ」
「……申し訳ございません」
「なぜ謝る?」
「あの敵は、俺を狙っていたようです。俺がここへ来なければ、あのようなことには……まして、大野さんも──」
「自惚れるな!」
「!」
「お主は自分の周囲に起こること全てを自分の責任と思うつもりか? それは自惚れもいいところだ。少なくともあの敵の襲来は、お主の責任ではない」
「しかし……」
「蓮夜がかの者に操られたこともだ。確かにお主は昨日蓮夜を撃ち倒した。だからといって、それが原因であのようなことになったわけではない」
「けど、大野さんは俺を……」
「確かにその通りだ。蓮夜は特別お主に対して敵愾心を持っていた。それを正すための昨日の手合わせであったが、そこにつけいられたな。まだまだ修行が足りぬ証拠だ」
「…………」
「故にあの件に関しては、蓮夜にも責任がある。お主が反省するのは構わないが、全てを背負い込もうなどと勘違いするな」
「はい……」
「しかし、蓮夜だけが責めを追うのもおかしな話だ。私もまた、反省しなければならない」
「え……?」
「蓮夜の心に根付いたものの深さに気づけなかったのだ、当然であろう」
この人も、反省することがあるのか……。
「私とて、開祖様や他の先達に比べればまだまだ未熟者よ」
……考えてることを読まれた。
「それは置いて、昨晩の敵についてだ。あれは面倒な敵だな」
「……はい」
こちらの攻撃をのらりくらりとかわし、しかも自分の手を汚すことなく他者を利用する。
まさに面倒な敵だ。
「問題はお前に、あの敵を斬る想像ができているか、だ」
「斬る想像、ですか?」
「そうだ。昨晩、私と翔は奴に刀傷を与えた。本来であれば、魔力とやらを持たなければ、あちらの世界の敵は斬れぬのであろう?」
「あ──」
そうだ、昨日は全く気づきもしなかったけど。
師範も翔さんも覚醒者ではない。
にもかかわらず、二人の剣はエンキに届いていた。
「それが昨夜伝え忘れた、お主に足りないもう一つのものだ」
「俺に、足りない?」
「そうだ。お主に足りないもの、それは『全てを斬る』という、絶対の自信だ」
「『斬る、自信』……」
「今のお主には、奴を斬る絶対の自信はない、そうであろう?」
「……そんなことは」
「嘘だな」
「っ……」
「お主はあの敵を、二度取り逃がしたと羽月から聞いている。しかも一度は、剣が当てることができなかったと聞いた。故に、自分の剣に自信が持てなくなるのは当然だろう」
「…………」
反論できなかった。
師範の言う通り、俺の剣は一度奴をすり抜けている。
本当に俺の剣はやつに届くのか、あの時疑問に思った解決案を、俺はまだ手にできていない。
「『全てを斬る』という、絶対の自信。それ無くして、どのような敵も斬れない。それこそが、我らが剣の真髄であり、剣士が絶対に忘れてはいけないものだ」
「真髄……」
「今のお主には、それがない。剣士として中途半端、昨日蓮夜が言った通りだ」
「…………」
鍔迫り合いの時、大野さんのあれだけの罵詈雑言を咎めなかった理由は、その指摘が事実だからってことか。
「なぜ俯く」
「……?」
「その歳で、なぜ下を向く必要がある?」
「いえ、それは……」
「お主はまだ若いのだ、未完成で当然。むしろその歳の剣士では、ほぼ最高峰に等しい完成度。何を落ち込む必要がある? それを誇りに、目の前の敵を斬ることのみを考えれば良い」
「────!」
「自分の剣に迷うな。それこそが、全てを斬ることに最も必要なのだ。斬れるかなどと考えるな、ただ斬ることのみを己が是とするのだ。よいな」
「……はい!」
つまりはこれも、師範からの餞の言葉ということか。
「さてと……」
立ち上がって縁側へと向かおうとした師範が、ふと止まった。
「そうだ、もう一つ言っておかなければならないことがあったな」
「は、はい。なんでしょうか?」
「お主がもし羽月を娶るつもりなら、私を倒してからにしてもらおうか」
「はいぃっ!?!?」
「ななな、何を言ってくれちゃってるのかなおじいちゃん⁉︎」
バタンッと障子が勢いよく開いて、羽月が顔を真っ赤にしながら部屋に入ってくる。
廊下には、口をあんぐりと開けた白久さんまでいる。
「う、羽月⁉︎ 白久さんまで!」
「いたのか、羽月」
「いたのか、じゃないでしょおじいちゃん! 絶対ワタシがいるって気づいてたよね⁉︎」
「さて、なんのことかな? はっはっはっは」
笑いながら部屋を後にする師範。
「…………」
「……珍しい」
「あぁ……」
「珍しいって?」
「師範があんな笑い方するの、初めてみた」
「ワタシも……」
「え……?」
そりゃ驚くよな、実孫でさえ見たことないのだから。
「そ、それよりも匠はどうなの!」
「どうって?」
「き、決まってるでしょ! わ、私を娶るって……」
「あ、あれはっ! 師範の冗談だって!」
「じょ、冗談って……。じゃあ匠はワタシのこと好きじゃないってこと⁉︎」
「はぁ? いやそういう意味じゃなくて……」
「だったらワタシのためにおじいちゃんの一人や二人コテンパンにやっつけてよ!」
「無茶言うな! っていうか落ち着け!」
そうして朝からドタバタと大騒ぎする羽目になった。
*
「さてと、昨日の話の続きだね」
朝食後、翔さんの部屋で、昨日の話の続きが始まった。
「最後に見てもらった写真、ここには流星とあやせさん、そして茉優さんも写っている」
昨日のアルバムの、件の写真が入っているページを再び広げる翔さん。
「この十人が、以前からダンジョンについて調べていた者たちだ」
「お母さんも、その一員……。まさかダンジョンに関わっていたなんて……」
白久さんには、一番の衝撃だろう。
「五年前、お母さんはダンジョンに巻き込まれたわけじゃなくて……」
「自らダンジョンに挑んだんだろうね。おそらくは、流星と共に」
「そう、だったんですね……」
きっと白久さんの母親は、その片鱗さえ見せなかったんだろうな。
だから現実とのギャップに、まだついていけていないんだろう。
「じゃあこの人たちって、五年前以前から、魔法とか使えてたってこと?」
「少し違うな。その素質があったのは流星とあやせさん、茉優さんだけらしい。僕はそれほど交友がなかったから、詳細はあまり知らないけれどね」
少数精鋭で、ダンジョンについて研究していたってことか。
「じゃあワタシも匠もこの人たちの大半を見たことなくて当然ね」
「当然には違いないんだけど、羽月の考えている理由とは、少し違うかな」
「どういうこと?」
「……この写真に写っている十人のうち、七人はすでに亡くなっている」
「「「!?!?」」」
亡くなっている、なんて……。
「……その中には、匠君のお母さんも」
「あぁ、含まれているよ」
「…………」
亡くなった……。
そう、だよな。ダンジョンでは命を落とす危険がある。
今でこそシールドウェアとディフィートアウトのシステムがあるから、ダンジョンに挑む覚醒者が守られているのであって。
当時はそんなもの、あるわけないもんな。
「大丈夫だ。流星が簡単に死ぬとは思えないし、流星が一緒なら茉優さんもきっと生きてるだろう」
落ち込んでしまった白久さんに対する、翔さんの精一杯の慰め。
「ワタシもそう思う。あの人の戦いはほんの数回しか見てないけど、師範とまともに戦えていたんだし」
「……うん、ありがとう」
笑ってみせるが、その笑顔にはいつもの優しさはない。
取り繕っているのが、誰の目にも明らかだ。
「……あの」
このままではいけないと、話題の転換を試みる。
「七人がすでに亡くなったとおっしゃってましたが、残りの三人のうち二人は親父と白久さんのお母さんとして。後一人って一体誰なんですか?」
「確かに。後一人残ってるってことは、その人からも話を聞けるってことよね」
「…………」
「翔さん?」
「お父さん?」
なぜか翔さんが渋い顔を見せる。
「……生き残った最後の一人、これがまた問題なんだ」
「問題?」
「最後の一人、それは……白久政也」
「は……」
「えっ……⁉︎」
「嘘でしょ?」
まさかここで、その名前が出てくるなんて……。
「どこ、どこ⁉︎」
白久さんが慌てて写真を睨みつける。
「あ……」
やがて一点に目が止まる。
「これ……? で、でも……」
「これは──」
「……まるで別人ね」
羽月の言った通りだ。
この写真に写っている白久政也は、これまで見てきた奴の仏頂面からは想像できない、笑顔をしていた。
「あの人のこんな顔……見たことない」
奴でも笑うことがあるのか、そんな言葉さえ思い浮かんでしまいそうだ。
「……彼が今のようになた理由は、彼らが亡くなってしまったからなんだろう」
「どういうこと?」
「僕も詳しくは知らない。けれども流星が変わったと同じ時期に、彼とも袂を分かったという話だ」
「袂を分かった……」
奴が執拗に俺に攻撃的なのは、まさかそれが理由なのか?
「僕が知っていることは、これで全てだ」
翔さんが語った話、その全てを受け入れるには、もうしばらく時間が必要だった。
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