88:秘めた想いが解ける温度
「匠? 準備はできたかしら?」
「今行くー」
着替えを終えて部屋を出ると、浴衣姿の美少女が二人いた。
「…………」
「ちょっと、感想はないの?」
「え、あ、いや……その……」
二人があまりにも美人で見惚れてた……なんて、言えるわけがない。
けど……。
「……似合ってる、と思う」
精一杯捻り出したのが、これだけ。
「ま、今はそれでいいわ。ほら、遅れるわよ」
呆れながら、羽月が先に行く。
そこで今度は白久さんと目があう。
「し、白久さんも、似合ってる……」
「あ、うん……えっと、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「あ、あはは……」
「はは、は……」
……気まずい。
白久さんが元に戻って以降、ずっとこんな感じだ。
(無理無理無理! あんなバカなことしでかして、いつも通りに話すなんて無理だろ!)
何で俺あの時、白久さんにキ……なんであんなバカなことしたんだよ⁉︎
いったい俺は何をやってんだ!
まるで意味がわからんぞ!
(しかもストリームとかすっかり頭から抜けてたせいで、バッチリ切り抜かれてるんだよな……)
そして案の定、大炎上。
今までにないほどに拡散して、どこに行っても男たちから睨まれる始末。
「はぁ……」
*
(無理無理無理! あんなことがあって、いつも通りに話すなんて無理!)
あの時のことは、正直よく覚えていない。
自分の内から聞こえてきた声に乗せられてしまって、そのまま意識を失ってしまった。
次に気がついたときには、三峰君とき……キス、していた。
何がどうしてそうなったのか、まるで訳がわからない。
もちろん嫌だったとか、そんなことはない。
むしろ、その……すごく嬉しかった。
でも、あの時の自分は、自分ではなかったわけで。
ということは、あれは私のファーストキスではないと言うわけで。
でも私の身体だから、あれはやっぱりファーストキス……。
(うううううううあああああああっ!)
三峰君を見るだけで、そのことを思い出して。
思い出すたびに、頭が沸騰しそうになる。
そのせいで、彼といると気まずくなって、うまく会話ができない。
「はぁ……」
*
「晴未様、お二人もお乗りください。近くまでお送りします」
中川さんが近くまで車で送迎してくれて、歩いて行くにつれて増えて行く人だかり。
そして大通りに出ると、
「おぉ」
「これはすごいわね」
人の多さと、通りの左右に連なる屋台の数、そしてお祭りの盛り上がりに驚いた。
「ワタシたちのところより盛り上がってない?」
「まぁ俺たちのところよりは都会だからな、人の数も違うってことだろ」
「それはそうかも」
それに、どっちかといえばあの祭りは、羽月の舞の方がメインだからな。
けど、羽月の舞のことをもっと喧伝すれば、これくらいの人が集まる気もする。
ただ羽月も師範も、あの行事をそんな安売りはしないだろうけど。
「それで、どこから回る?」
いつもは運営側に回っている羽月だから、なんの憂いもなしに楽しめるから心なしかはしゃいでいる。
「まぁ、端から順番にまわればいいんじゃないか? 花火の時間まで余裕はあるはずだろ?」
「あ、うん。三時間くらいはあるから、ゆっくり回れるよ」
「あっ」
左右に広がる屋台の中で、羽月が目を光らせる。
「あぁ、あれか」
「ワタシ、あれ好きなのよね」
「へぇ、そうなんだね」
「今川焼きか」「大判焼きが」「回転焼きだね」
「「「へ?」」」
「今川焼きだろ」
「大判焼きでしょ」
「回転焼きじゃ?」
「いーや、あれは今川焼きだ」
「大判焼きよ!」
「回転焼きだよ!」
「ぐぬぬ……」
「むむむ……」
「む〜……」
「……ぷっ」
「あははっ」
「ふふっ」
お互い頬を膨らませて、そして笑い合う。
「よく見かける名前の言い争いを、こんなところでするとは思ってもみなかったわ」
「俺もだ。結局正式名称ってなんなんだろうな」
「昔調べたら聞いたことない名前がいっぱい出てきたな。正式名称なんてないのかも」
「確かに」
実際、目の前にある露店の垂れ幕にも、複数の名前が記載されている。
「ベイクドモチョチョなんて名前が出てきたときは、首を傾げたけど」
「モチョチョって、なに?」
「さぁ……」
ちょっとだけ調べた時には餅とか声優の名前とかが出てきたらしいけど、結局何の関係もなかったそうだ。
「すみません、三つください」
「はいよ、四百五十円ね」
白久さんが五百円を渡して、焼き立ての今川焼きを受け取る。
「はい、熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
今回の夏祭りは、全て白久さんがお金を出すと言って聞かなかった。
どうしてもこの間迷惑をかけた謝罪をさせてほしいと。
流石に断ろうとしたけれど、白久さんが聞かなかったから、俺たちが諦めた。
「いただきます。はむっ……ん~」
いの一番に受け取った羽月が、小さな一口で満面の笑みを浮かべる。
「…………」
なんというか、和菓子を食べてる時の羽月は、小動物を見てるような感じだ。
今川焼きが和菓子かはわからないけど。
「? どうかした?」
「いや、なんでも」
「はい、三峰君も」
「あ、うん。ありがと……」
白久さんから今川焼きを受け取ろうとした瞬間、指先が彼女の手に当たる。
「「っ!」」
慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめん」
「う、ううん。大丈夫……」
今度は慎重に受け取って、包みを広げた。
「いただきます」
俺も一口。生地の強い甘さとあんこの優しい甘さが絶妙にマッチしている。
「ごちそうさまでした」
「あ、包みの紙捨ててくるよ」
「いや、これくらい自分で……」
「ううん、行ってくるよ」
またしても彼女の勢いに押し切られて、包みを渡してしまった。
「どうしたものか……」
この気まずさを何とかする方法はあるのか?
「いや、どう考えても匠のせいでしょ」
「え、俺?」
「本当、そういうところよ匠」
「…………」
それは、そうなんだけど。
でも、何をいえばいいかわからない。
本当に、わからないんだ。
*
その後は、射的で対決して、白久さんにボロ負けして。
リベンジとして選んだ型抜き勝負では羽月に負けて。
水風船釣りやスーパーボール掬い(金魚は飼えないから)をしたり。
ソースの臭いにつられて、二人で焼きそばを食べたりして。
屋台を一通り楽しんだ。
そうしているうちに、人の流れが少しずつ河原の方へ向いていく。
「そろそろ俺たちも移動するか?」
「そうね、屋台は一通り楽しんだし。そろそろ場所を確保しておかないと、花火見れなくなりそう」
「あ、それなら大丈夫」
「「?」」
白久さんの案内で、人の流れとは全く違う方向へ。
たどり着いたのは、周辺で一番高さがある高層マンション。
エレベーターに乗り込んで、最上階の、さらに上へ。
「ここは白久グループが経営してるマンションなんだ。それに、この夏祭りと花火大会のスポンサーもしてるしね」
薄々そうだろうとは思っていたけど、まさに権力を発揮してるな。
「すごっ、河原が一望できる」
羽月に続いて見下ろすと、豆粒くらいのたくさんの人が河原に溢れているのが手に取るようにわかる。
周辺には、視界を遮る建物はない。
花火を見るには、十分すぎる環境だ。
「どうぞ、こちらにお座りください。仰っていただければ、飲み物も用意しますので」
いつの間にか中川さんが色々と準備してくれていた。
用意されたサウナチェアに腰をかけて、しばらくすると花火が打ち上がり始めた。
「おぉ……すごいな」
「まさに特等席ね」
夜空で満開になる花火を見上げて、思わず声が出る。
次々に打ち上がり、夜空を彩る光景に見惚れていると、白久さんがそっとサウナチェアから立ち上がった。
「白久さん?」
「えっと、ちゃんとお礼を言ってなかったなって」
「お礼?」
「二人とも、この間は迷惑をかけてごめんなさい。それと……助けてくれてありがとう」
思い切り頭を下げる白久さん。
「もういいよ」
「え……?」
「お礼なんていらないし、まして謝る必要なんてない。白久さんが悪いわけじゃないんだし、それに見捨てるなんてこと絶対にないからさ。だろ?」
「そうね」
「三峰君……羽月さん……ありがとう」
泣き崩れそうになる白久さん。
流石に俺も羽月も立ち上がって、彼女のそばによる。
そんな白久さんは、涙を浴衣の袖で拭って、意を決したように俺たちを見つめる。
「それと……もう一つ、謝っておくね。特に、羽月さんには」
「…………」
羽月の眉間に、ほんの少しシワがよる。
「三峰君」
「?」
「私も、もう逃げない。誰であっても、どんな状況であっても、戦うって決めたから」
「そう、か?」
「だから三峰……ううん、匠君」
「え? 今名前──」
言い終える前に、白久さんの顔が目の前にあった。
「んっ……」
急に唇から感じる、柔らかい感触。
閉じられた目の、まつ毛が一本一本見える。
「!?!?!?!?!?!?」
あまりにも驚きすぎて、すぐに一歩身を引いてしまった。
「し、しっ、しろっ⁉︎」
「私も、匠君のことが好き。だからわたしは……あなたとずっと一緒にいたい。この気持ちに嘘はつけないから」
「あ、う。え……」
「匠君のことだけは、辛くても苦しくても諦められない。どんなに思い通りにならなくても、絶対に。だから……」
「…………」
夜空に咲く満開の花火に照らされる白久さんは、ただただ綺麗で。
そんな彼女の告白に、俺は……何も言うことができなかった。
*
「彼女はこっぴどくやられてしまったようですね」
「予定通りさ。あれは彼らの怒りを買ったようだし、あのまま死んでもらうのが一番だ。何も問題はない。僕の力を知るのに必要なデータは十分に取れたしね」
「では、これからどうするのですか? 彼らは早いうちに消してしまうのがよいのでは?」
「それじゃあつまらないでしょ。これはゲームなんだから」
「ゲーム……?」
「そう、ゲームさ。僕の仕掛けを、彼らがどう対応していくのか。そんなゲームさ」
「しかし問題は、今のところそのゲームに負け続けていることでは?」
「言われなくてもわかってる。確かに負け続けてるってのも気分が良くない。だから今度は、僕が勝つゲームを組み立てるさ。僕自身が直接手を下すことになってもね」
「では、次のゲームを期待してしていますよ、魔王の器様。今度は追い詰められないように、あなたのお友達に」
「うるさい、わかってる」
「フフフ……」
「……うざったいタキシードだ。嫌われる理由がよくわかるよ、全く。…………」
「ほんと、うざったいなぁ……。タクミぃ……」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
これで第三章完結となります。
次回からは第四章、そしてこれが最終章となる予定です。
引き続きよろしくお願いします!
この作品の連載のモチベーションとなりますので、
もしよろしければ作品のフォロー、いいねや評価、感想をよろしくお願いします!




