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8:光あるところには必ず影がつきまとう

「……失礼します」


 ノックをして部屋に入ると、そこはなぜか電気がついていなくて、やけに薄暗い。


「来たか、晴未」


 最奥にあるデスクにいるのは、白久家の現当主、白久政也しろひさまさや


 白久グループの社長にして、……私の実の父親。


「それでどうだ?」


「……彼はダンジョンストリーマーになることを決心してくれました。あなたのお望み通り」


「そうか」


 なんの関心もなく、ただ短くそう答える。


「あのような事態が起こったのだ、ダンジョンに挑むものが減っては困るからな。今やダンジョンストリームは白久グループの中でも一、二を争う稼ぎ頭なのだから」


 ダンジョンストリームの総再生数は、今や一兆回を超えている。


 そこで生み出される広告収益の一部が白久グループの利益になるのだから、たとえ数パーセントといえど金額は億単位となる。


 そんな利益を生み出すストリーマーを失うことは、白久グループにとっても大損害になってしまう。


 だからあらゆる手を尽くして、ストリーマー──ダンジョン攻略者を増やし続けなければならない。


「故に彼には英雄という虚像を背負って、人々を釣る餌になってもらわなければな」


「っ……」


「お前のこれからの役割も重要だ、分かっているだろうな」


「……言われなくても」


「お前の戦いを見て、覚醒者が一人でも多くダンジョンに挑むようにする。客寄せパンダというお前の役割を、ゆめゆめ忘れるなよ」


「……はい」


 何も言い返せない。


 この場において私に、そんな権限はないから。


 実の父親にもかかわらず、この人は私のことを道具としか見ていない。


 それは私が、……めかけの子だから。


 たった一晩の過ち、それで生まれてしまったのが私。


 私がここ本館でなく、離れに住んでいるのも。


 あらゆる家事を全て自分でやっているのも、全てそれが理由。


 お母さんが行方不明になって、独りになってしまった私を、血が繋がっているからという理由で引き取ってくれたことには感謝してる。


 でも……。


「だが晴未、いい加減に茉優のことを諦めたらどうだ。彼女はもう……」


「それはあなたに関係ない! 私の戦いを否定する権利はあなたにはない! あなたの命令には従ってるのだから、文句はないでしょう!」


 自分の私利私欲を満たすためだけに、私のお母さんを使い捨てたくせに。


 なのにこの人はどこまでも、私たち親子に冷たい。


「まぁいい。お前がどんな信念を持とうが、ダンジョン攻略に挑み続けるのであればな」


「……ご用がなければ、これで失礼してよろしいでしょうか?」


「待て、お前にもう一つ言っておくことがある」


「……?」


「三峰匠と言ったか、あの者に深入りはするなよ。ダンジョンに魔法ではなく剣で挑むような下賤の者は白久グループにふさわしくない。お前の将来隣に立つ人物は、私が決める」


「……失礼します」


 これ以上あの人のご高説を聞いていることはできない。


 逃げるように、あの人の私室から立ち去った。


「っ、はぁ、はぁ……」


 部屋から出て数歩歩いたところで、身体がふらついて壁に寄りかかる。


 全身から冷や汗が出て、息も荒くなる。


 震えが、止まらない。


「あんな人に、負けちゃダメ……」


 自分に言い聞かせるように、小さく呟く。


 私は私の信念を持って、ここにいるのだと、自分を元気づける。


「……ごめんなさい、三峰君」


 もしかしたら私は、君を私たちの家のことに巻き込んでしまうかもしれない。


 彼を誘ったのは、確かにあの人の命令があったからかもしれない。


 でも私自身も、彼に賭けてみたくなったから。


『今どき剣を持ってダンジョンに挑むなんて、アホなんじゃないか』


 初めて彼とダンジョン攻略で一緒になった時、そんな風に周囲から揶揄されていた。


 私自身も、どうして剣で戦おうとするのだろうかと思ったし、


『そこの剣士は雑魚敵の処理でもしてろ。俺たちの邪魔をするんじゃねぇぞ』


 バカにされているのに、素直に従うだけの彼を見て、情けない人だとさえ思った。


 けれども実際にダンジョンに潜った時、一つの違和感を覚えた。


『攻撃を集中しろ! このまま押し切るぞ!』


 みんなボスモンスターとの戦いに夢中になっている。


 ボスを倒せばダンジョンは閉じるのだから、それは当然。


 でもダンジョンには、ボス以外にも多くのモンスターが存在する。


 だからちょっとでも油断すれば、そのモンスターたちに囲まれてシールドウェアの耐久値を減らされてしまう。


 でもこの戦いでは一度として、モンスターから襲われることはなかった。


 考えられる理由は、たった一つ。


 ありえないことだけど、何十体もいるはずの敵を、彼がたった一人で倒したから。


 その後、彼と再びダンジョン攻略で一緒になった時に、あえてボスではなく彼を注視してみることにした。


 結果、私の予測は正しかった。ただし、予想を遥かに飛び越えて。


『いくぞ! ボスを倒すんだ!』


 いつも通り、みんながボスモンスターに釘付けになる中で、彼はその間を高速で動き回って、他のモンスターを的確に倒していく。


 誰の目にも映らずに、全ての敵の首を、正確に斬り飛ばすという方法で。


 そうして彼が一人でモンスターたちを相手しているうちに、他のレイドメンバーによってボスは撃破され、帰還した。


 みんなが勝利を分かち合う中、彼はたった一人、静かに刀をケースにしまって帰っていった。


 誰一人、モンスターに襲われることがない。


 ボスモンスターとの戦いだけに集中していればいい。


 周囲からバカにされながらも、自分の仕事を淡々と続け、最も戦いに貢献しているという事実。


 そんな、当たり前じゃない状況に、みんな気づいていないこと。


 その全てに気づいた時、私は心底ゾッとした。


 同時に、私は彼に興味が湧いた。


 だから高校生になって、同じ学校同じ学年に彼がいると知った時は、本当に驚いた。


 彼は中学生なのに、他のダンジョン攻略者の罵倒を一身に浴びて。それに文句ひとつつけることなく、淡々と自分の仕事をこなしていたということに。


 そうして私は、彼を遠巻きながらに観察するようになった。


 できることなら彼の強さの秘密を暴いてやろうと、そう思って。


『……全然わからない』


 けれども彼は普通に登校して、普通に授業を受けて、普通に帰宅する。


 どこにでもいる、普通の高校生にしか見えなかった。


 一つだけ特筆することがあれば、定期試験の順位が常に私に次いで二位にいる、秀才だということ。


 結局、彼の強さの秘密は、今日に至るまでなにもわからなかった。


 でも一昨日、


『大丈夫か、ミハルさん』


『三峰、君……?』


 あんな状況で、私のことを助けてくれた彼の優しさ。


『俺はあのデカブツを倒すよ。だからミハルさんは早く逃げて』


 あのボスモンスターに立ちはだかった、彼の背中の頼もしさ。


『──仕舞いだ』


 絶体絶命と思われた戦いを、剣一本で戦い抜いた彼の強さ。


 やっぱり、彼は私の見立て通りの人物だった。


『いや、ごめんごめん。まさか面と向かって『自分のファンです』だなんて言われる日が来るなんて、夢にも思わなかったからさ』


 きっと三峰君は、私が言ったことを冗談かと思ったかもしれないけれど。


 私はずっと、三峰君のことを見ていたんだよ?


「私は、三峰君のことを信じてる。だから……」


 どうか私のことを、もう一度だけ、助けてください。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

この作品の連載のモチベーションとなりますので、

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差別意識が机上過ぎて嗤いしか出てこなかった
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