73:彼女を追い込むことができるのは
「それじゃあ、今日もよろしくお願いします」
動きやすい格好に着替えて、今日も訓練室で魔力制御の訓練。
「よろしく……」
「大丈夫? なんだか元気ない?」
元気一杯の白久さんに対して、俺は少し雰囲気が暗いことを見抜かれた。
「あぁ、いや。大丈夫」
「そう? でもあの暴走事件から数日しか経ってないし、やっぱりどこか体調が良くないとか?」
「そこは大丈夫。もう完治したから」
確かに完治はした。
けど、復調までなぜか二日もかかった。
覚醒者であれば多少の疲労と痛みであれば、一日もかからず回復できるはずなのに。
やはりあの炎は、普通じゃなかったらしい……。
「とりあえず、まずは各々準備運動からだな」
「はーい」
一旦解散して、自由に身体を温める。
急に動くのは、身体を壊すもとだからな。
(けど、このまま訓練を続けていいのだろうか)
魔法を使うことが、暴走のトリガーになってしまわないだろうか。
けど逆に魔法を使わないほうが、自身の魔力を燻らせる結果になりかねない。
それに今やっている訓練は、魔力を制御するための訓練なのだから、暴走に対しては一番有効なはずだ。
「……はぁ」
白久さんにも暴走の危険性があるかもしれないという事実に気づいてからというもの、あれこれ考えてしまっている。
この数日でも二人、新たな暴走者が出ている。
その二人とも、やはりあのダンジョンに参加していた。
悪い予感が、どんどん現実になっていく。
「三峰君?」
「っ、どうかしたか?」
「準備運動終わったよ。そしたら三峰君がフリーズしてたから」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「気にしなくていい。それじゃあ始めようか」
「よろしくお願いします!」
かくして、いつも通りの訓練を開始。
これまでの訓練で、白久さんの読み筋はかなり鍛えられた。
最初魔法を使用しない俺に攻撃を当てるのに、十分以上かかっていたけど、今は五分持たせるのが厳しい。
「これだけやれるようになれば、敵から見れば十分脅威だろうな」
「私にとっては、私の魔法を身体能力だけでやり過ごし続けられるほうが怖いんだけど……」
「そこは経験値の差があるから」
……と言いつつも、正直もう余裕はないけれど。
「でも三峰君はまだ剣を抜いてないわけだし、その気になれば奥の手だってあるでしょ」
「それはそうだけど」
流石に奥の手は使わないにせよ、刀も使って対応していかないと厳しい段階に入りつつある。
「一旦休憩?」
「お、ようやく起きたか」
訓練場に現れた羽月が、スポドリが入ったペットボトルを渡してくれる。
「おはよう、羽月さん」
「相変わらず寝坊助だな」
もう十一時を過ぎてる。
「いいでしょ? もう夏休みなんだから」
そう、すべての学生にとって天国な夏休みが始まっている。
だから今日は平日だけど、寝坊助し放題というわけだ。
「次、ワタシも参加していい?」
「羽月が?」
「えぇ、匠と交代でね」
「私はいいけど……」
「待て待て、この間みたいなことにならないよな⁉︎」
「あのね匠、そんなふうに思われるのは流石に心外なのだけれど? 流石にそこまで本気ではやらないわよ」
「お前この間もそう言って……」
とんでもないことになったんだよな……。
「流石に今回は弁えるわよ。ただ、刀は使わせてもらうけど、いい?」
「はい、構いませんよ」
「じゃ、始めましょうか」
「ちょ、ちょっと待った」
羽月の腕を引っ張って、白久さんから距離を離す。
「(お、おい羽月、一体どういうつもりだよ)」
「(別につもりなんてないわよ。ただワタシも訓練をしたいだけ)」
「(嘘つけ! 絶対に何か隠してるだろ)」
「(まぁ、ちょっと確かめたいこともあるけれど)」
「(ほらみろ)」
やっぱり何か企んでるじゃないか。
「(で、何を確かめるんだ)」
「(それは……今は言えない。まだ確証がないから)」
「(確証?)」
「(とにかく見ていて)」
羽月が白久さんの前に出て、稽古が始まった。
「イロードアイシクル!」
いつも通りの訓練ということで、白久さんはつららの魔法で羽月を狙い撃つ。
「ふっ!」
しかし半端な手数では、羽月の刀の前に簡単に斬り落とされる。
「まだまだっ!」
白久さんが次々と氷柱を生み出して、打ち出していく。
「……あ、れ?」
白久さんが攻めて、羽月が守り続ける。
基本的な訓練スタイルは同じ。
なのに、なにか違和感を感じる。
それに、白久さんの表情がなぜか険しいような……?
「このっ!」
あらゆる方向から魔法を放つが、羽月を捉えられない白久さんが、とうとう全天周囲に魔法を生成した。
「おいおい……」
訓練の域を超えかかってないか……?
「──円舞!」
鞘に仕舞い込んだ刀を神速で引き抜くと同時に、身体ごと刀を一回転させる。
「なんだあの剣は」
あんな大技、羽月の剣技では、一度も見たことがない。
しかも剣の軌道が曲線を描いていた。
普通はまっすぐな太刀筋でなければ、絶対に物を斬ることはできない。
つまり今の剣もまた、至った者だけが扱える剣技ということなのだろう。
「羽月のやつ、まだあんなものを隠し持ってたのかよ……」
まだまだ羽月の底が知れないな。
「……ん?」
よく見れば、羽月のシールドウェアが削れている。
さっきの技で白久さんのつららをすべ斬り落としたと思っていたけど、斬り損ねたものもあったのか。
白久さんも同じように思ったのか、キョトンと目をパチパチさせる。
「うーん……」
羽月が渋い顔で、刀を鞘にしまう。
「やっぱり苦手だわ、この技……」
「羽月、今のって」
「そっか、匠も見るのは初めてだったわね。まだワタシが身につけられてない技よ」
「身につけられてない……」
「苦手なのよ、匠なら見て技の理を見つけられたと思うけど」
「なるほど……」
剣戟が曲線を描くなんて、普通ではあり得ない。
あの技の肝がそこにあって、その理外を完全に身につけられていないということなのだろう。
「これじゃ実戦じゃ使い物にならないわ。しばらくは練習ね」
そういえば、羅刹もあの戦いで初めて使えたと言っていた。
羽月の伸び代は、まだまだ遥か彼方まで続いているってことだろうな。
「けど、それよりも問題は……」
羽月が白久さんの目の前に移動する。
その表情を、なぜか険しくして。
「晴未さん、どうして手を抜いたんですか?」
「っ⁉︎」
手を抜いてた?
「ちょっと待て羽月、なんだよそれ」
「言葉通りよ。彼女のあのつららの魔法、本気で当てに来てなかった。すべてワタシを掠めるような軌道をしてたでしょ」
「あ……」
確かに羽月の言う通りだ。
さっき感じた違和感の正体は、それだったのか。
「別に手を抜いていたわけじゃなくて……」
「そう主張するでしょうね。確かにワタシに当てるために、魔法の数は出していたから」
「……何が言いたいんだ、羽月」
本気じゃないってところは、羽月だってそうだろう。
羽月の真意が、いまいち見えてこない。
「ならハッキリ言うわ。晴未さん、あなた……人を傷つけたくないって思っているんじゃないかしら」
「っ⁉︎」
白久さんの表情が固まる。
「人を傷つけたくない? そんなの普通のことじゃ」
「いいえ、晴未さんの場合は、少し違う。羽月さんの問題は、自分や仲間が傷つく場面であっても、相手を傷つけることをためらってしまうということよ」
「自分が傷つく場面でも……?」
「学校での暴走の時もそう、その後のダンジョンでの暴走者が出た時もそう。暴走した人を傷つけることを恐れて、魔法の使用を躊躇っていた。違う?」
「そ、それは……」
「そして、躊躇している理由もなんとなくわかってる。あなたは昔、自分の力で人を傷つけたことがあるからでしょう?」
「っ──」
白久さんの顔が、どんどん青ざめていく。
「でも逆に、ワタシはあなたは人を傷つけられる側の人間だとも思ってる」
「え──」
「今後覚醒者の暴走が増え続ける限り、いずれ誰かと戦わなくちゃいけない時が来るはず。それまでに、その躊躇いに向き合っておかないと、死ぬのはあなたや匠かもしれないわよ」
「…………」
「白久さん⁉︎」
白久さんの呼吸がどんどん浅くなっていく。
「……今はまだダメそうね」
羽月が俺たちに背中をむける。
「今のあなたに必要なのは、さっきみたいな訓練じゃなくて、自分自身と向き合うことよ」
「お、おい羽月……」
そう言い残して、羽月は訓練場を後にしてしまった。
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