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５４：ダンジョンを斬り裂く二振りの刀

「このッ！」

　鍔迫り合いの状態を、一気に押し飛ばす。

「はぁっ！」

　続けて敵の胴を狙った一撃。

　しかしこれは敵が下がり避けられる。

「こいつが……」

　初めて見る、敵の全様。

　和装を模した服に、ロングヘアー。まるで、羽月と瓜二つの容姿。

　さらには羽月と同じ長さの、剣を模したものまであつらえている。

　確かにこれをみれば、犯人が羽月だって話にはなるな。

　けど、これはありがたい。

　奴が姿を現してくれたおかげで、こちらの思い通りの展開に持っていける。

「匠……」

「羽月、大丈夫か？」

「う、うん……」

「少し休んでろ。こいつは、俺が斬る」

「気をつけて……」

「……！　あぁ、分かってる」

　俺が斬るだなんて台詞を羽月が聞けば、普段なら「私が」と抵抗してくるだろうに。

　そうとう綺麗に一撃をもらったということだろう。

　どちらにしても、油断できる相手ではなさそうだ。

「いくぞっ！」

　刀を構え直して、まっすぐ敵に突っ込んでいく。

「フフッ──」

　対する敵はその場から動かず、右手の剣を身体ごと左に捻って。

「……まさか！」

　その構えから繰り出されるのは。

「スツールジャンパー！」

　地面に浮かべた小さな魔法陣を踏みつけて飛び上がる。

　直後には、真っ黒な波動が俺のいた場を抜けて行った。

「嘘だろ……今のは……」

　間違いなく、孤風。

　俺と同じ様に、魔力を斬撃にした模倣ではあるが。

　いや、そもそも模倣できる時点で普通じゃない。

「⁉︎」

　模倣はそれだけにとどまらなかった。　

　右に流れた剣がそのまま後ろまで引かれたと思えば、すぐに突き抜かれる。

「チッ！」

　再び空間機動魔法(スツールジャンパー)で退避。

「蒼天まで模倣するのか……」

　まるで羽月のコピーを相手にしている感じだ。

「…………」

　額から冷や汗がこぼれ落ちる。

　あの剣技と相対するのは、師範に剣を向けた時以来。

　あの日のことは、忘れたくても忘れられない、トラウマの一つ。

「けど……」

　それがどうした？

　奴の剣は、ただ羽月の剣を模倣しているだけ。

　師範や羽月の冴えには程遠い。

　そんな紛い物に、怯えるわけにはいかないだろう。

「アクセラレーション！」

　着地と同時に再び地面を蹴り、一気に敵との距離を詰める。

　あの剣技の真価の一つは、間合いを無視できる遠隔斬撃。

　距離を詰めればその強みは失われる。

　そして、クロスレンジでの剣の腕であれば、俺はこいつよりも確実に強い。

「脇が甘いんだよっ！」

　敵の一撃をすり抜けて、無防備な胴へと剣を走らせる。

　確実に捉えた──

「なんっ⁉︎」

　──敵の身体が、ぐにゃりと歪んで、俺の一撃を避ける。

「っ、天乃羽衣！」

　姿形を戻し、振り下ろされる敵の剣戟にこちらも防御の魔法を間に合わせた。

　しかし天乃羽衣にヒビが入ったため、すぐにその場から引く。

「なんだよ、今の動きは……」

　人の身体を模しているのに、人の身体にはありえない挙動をしてみせた。

「これがこいつの、理を無視した力というわけか……」

　昨日、羽月の剣がどうして避けられたのかこれでハッキリとした。

「さて……」

　距離を取っての一撃離脱戦法は、羽月たちの剣技の模倣で潰されてしまう。

　クロスレンジの戦いでも、こちらの一撃が届かないのでは……。

「「フフフ──」」

「なに……？」

　敵の身体が、二つにブレて見える。

「分裂した⁉︎」

　否、同じ姿をした二つの敵が出現した。

　それも、二体だけじゃない。

　二つが四つ、四つが八つと、次々に分裂していく。

「そういうことか」

　羽月が気配を察知していながら、あらぬ方向へ導かれていた理由。

　この分身の力のせいで、囮を追いかけさせられていたってことか。

「……やっぱりこいつらの目的は」

　羽月をターゲットにして、あらゆる手段で潰すこと。

　こんなことをする敵は……やはりあいつなのか。

　しかし、思っていた以上に羽月が折れなかったせいで、とうとう痺れを切らしたということか。

「とはいえ、いくらなんでも冗談が過ぎるぞ……」

　羽月の剣の真似事ができるからといっても、思考とか直感とか、そういう感覚的な部分が敵には欠落している。

　だから一対一で相手取るには、対して難しいわけじゃなかった。

　けど、人の理を超えた挙動と、この分身の数が相手では、苦戦は免れえない。

「チッ！」

　一斉に動き出す敵。

　圧倒的な数、しかもこちらの攻撃が当たらない敵を前に、後退を余儀なくされる。

　しかしどれだけ距離を離そうとも、敵には間合いを無視できる斬撃がある。

　理外の剣が、一斉に放たれた。

「くそ……」

「──時雨！」

　俺の身体の脇を通って、無数の刺突が飛んでいく。

　背後の羽月の剣技で、敵の斬撃は霧散した。

「どれだけ束になっても、所詮は紛い物。本物に勝てる道理なんてないでしょ」

「助かった」

「さっきのお返しよ。それにしても……」

　少しは回復できたのだろう、羽月が横に並び立つ。

「出来の悪い悪夢みたいな光景ね」

「いずれにせよ、全部斬れば問題ないだろ？」

「随分と脳筋な考えだけど、対策はあるの？」

「ある」

　これだけ同じ姿形の敵がいて、同時に動いているんだ。

　ほんのわずかな時間だけど、十分過ぎるほどに見た。

　奴らには感情の波がないために、動き全て一定でブレることがない。

　故に──

「──経路追跡(Traceroute)、開始(Start)」

　敵の動きは全てこちらの手の内。

　脳内で作り上げた道筋を頼りに、動き出す。

「まずはお前からだ、アクセラレーション！」

　一番近くにいた敵を狙いに定め、一足飛びに近づく。

　対して敵は羽月の剣の真似事で抵抗を試みる。

「速翼！」

　その攻撃は計算通り、接敵の速度は落とさず、こちらの剣技で相殺。

　こちらの剣の間合いまで近づく。

　敵はこちらの一撃目を、理外の挙動でかわす。

　なら、敵を斬るのには二撃必要。

　しかし連歌では遅過ぎる。

「……なら、やるまでだ！」　　

　完全にはモノにできていないとか、そんな弱音を吐いている場合じゃない。

　使えなければ、ここで死ぬだけなのだから。

「秘剣──隼連歌！」

　刹那の二連撃が、敵の身体を捉えて斬り割いた。

「まず一体！」

　すかさず次の敵へと向かう。

「隼連歌！」

　二体目、三体目と、こちらの神速の剣に抗えないまま消えていく。

「四体目！」

　また一体餌食になったところで、他の敵が下がった。

　ゆえにこちらも追撃を止めて、一旦羽月のいる場所まで引く。

「匠、今の……なに……？」

　見たことのない剣術に、羽月が言葉を失っていた。

「言うなれば、俺の切り札ってところだ」

　隼連歌は、今の俺が紡ぎ出せる最高の技。

「でも、羽月の技を見てなかったら、この経路には行き着けなかった」

　敵が一撃目を理外の動きでかわしたとしても、瞬時に戻ってくる二撃目までは避けられない。

　つまりは一撃目を囮にして、二撃目で敵を仕留める。

　羽月の使っていた“起こり”のフェイントを参考にさせてもらった。

　そのおかげで、この敵を斬ることができる。

　できるのだが。

「たった四体か……」

　目の前にいる無数の敵の、たった四体を斬っただけ。

　全てを斬り倒すには、あまりにも時間がかかる。

　けれどもその前に、俺の魔力とスタミナが切れてしまう。

「……いえ、おかげでワタシも戦えそう。だから匠」

「羽月？」

「森口の人間として、今この戦いにおいては、ワタシたちの剣術を使うことを認めます」

「それって……もしかして」

「そういうこと」

　まさか、羽月がそんな提案を持ちかけてくるなんて思いもしなかった。

「けど、いいのか？　そんなことしたら、師範が黙ってないだろ」

「でしょうね。一撃必殺がワタシたちの剣の真髄、それに師範だったらあの程度簡単に斬っちゃう。だから後で匠も一緒に怒られてね」

「勘弁してほしいんだが……」

　あの人にまた怒られるとか、嫌過ぎるんだが。

「だから匠、そういうところよ。少しは甲斐性のあるところを見せて欲しいのだけど？」

「意味がわからん」

「なら、他に手立てがある？」

「……いや、なさそうだ」

　羽月の提案以上に、敵を殲滅する良い経路は存在しなかった。

「じゃあ、合わせてくれよ」

「誰に言ってるの？　ワタシはあなたの姉弟子よ？」

「……そうだったな」

　ほんの少し、口元が綻ぶ。

　まさかこんな形で、羽月との共闘ができるなんて思わなかったから。

「……行くぞ」　

　刀を鞘に仕舞いながら、左足を後ろに下げて、重心を落とす。

　己の魔力を刀に溜め込み、持ち手を握りしめる。

　そしてそれは、羽月と全く同じ体制。

「「──孤風！」」

　先んじて俺の一撃が、敵に向かって飛んでいく。

　高速の斬撃を敵は当然のようにかわすが、コンマ何秒後に続く羽月の二撃目が、かわした敵を全て捉えて斬り裂く。

「「──時雨！」」

　間を置かずに、連続の突き技で、敵を確実に仕留めていく。

　いきなり状況を押し返され、戦線が崩された敵も、負けじと同じ剣技で抵抗してきた。

「甘いわよっ！」

　その場から移動しつつ、確実に敵を削いでいく。

　羽月の剣技の真価は遠隔斬撃と、剣士でありながら一対多を実現できること。

　敵の使い方は、間違っていなくとも、決して正しいとは言えない。

　なによりもこちらには、その剣技の正統後継者がいるのだから、万に一つも遅れをとることはない。

「これで！」

「最後よ！」

「「──雷電！」」

　トドメの袈裟懸けが振り下ろされて、残った敵を一掃した。

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