49:一歩、踏み込まなくてはいけない時
「あいつ、どこ行ったんだよ」
出遅れてしまったために、羽月のことを見失ってしまった。
「思ってたよりもすばしっこいな、あいつ……?」
四つのビルが密集する十字路に出たところで、何か冷たい空気が肌を触る。
「なんだ?」
これまでに感じたことのない、異様な空気。
冷たいのにまとわりついてくる。妙な気で淀んでいて、殺意がそこら中から振りまかれている。
これじゃまるで、ダンジョンの中にいるかのような……。
「フフッ──」
「っ⁉︎」
今、嗤われた?
「……なにかがいる」
重心を落として、柄に手を伸ばし鯉口を切った。
周囲に意識を振りまいて、敵がどこにいるのかを感知する。
「!」
左側から音がした。
しかしそれは、紙クズが風に流されて転がる音。
「なんだ……」
「フフフ──」
「っ──速翼!」
背後に向かって居合抜刀を振り抜いた。
しかし剣は空を空振るのみ。
「……消えた」
それまで張り詰めていた空気が、急に和らいでいく。
「確実に、なにかがいた」
姿は全く見れなかったが、もしかして今のが例の襲撃犯なのか?
「でも、奴とは違う感覚だったな」
それに、俺を嗤ったあの声は、女性の声のように感じた。
「いったい何者なんだ……」
今のが敵だとしたら、かなり厄介な存在だろう。
本気で戦わなければ、おそらくこちらが刈り取られる。
「っと、それよりも羽月を探さないと」
どこへ向かうか考え始めた、その時。
「「うわあぁぁぁぁぁ‼︎」」
「なっ⁉︎」
急に叫び声が響き渡った。
「次から次へとどうなってるんだよ!」
羽月の捜索を中断して、叫び声のした方へと走る。
「……な⁉︎」
そこに横たわっていたのは、あの二人組剣士たちだった。
「おいっ、二人とも大丈夫か!」
急いで駆け寄って声をかけるが、返事がない。
二人とも鞘から刀を抜いているところを見るに、何者かと戦ったのだろう。
周辺のビルの壁には、大量の切り傷がついている。
そして二人の刀は、真っ二つに折られ二人の手元から離れた場所に転がっていた。
「タクミ君!」
悲鳴を聞いたのだろう、白久さんや他のレイドメンバーたちも駆けつける。
「なっ⁉︎」
「なんだよ、これ……」
「どうなってんだ……」
「驚くよりも先に救急車を呼べ! それと警察!」
「へ? あ、あぁ!」
レイドメンバーの何人かが、ダンジョンの封鎖区画のすぐそばで待機している救急隊員を呼ぶために、急いでその場を離れる。
「っ、ぅ……」
「! おい、大丈夫か!」
一人に意識が残っていたのか、苦しそうな表情をしながらも、薄く目を開く。
「タクミ、さん……」
「大丈夫か?」
「気を、つけて……ください……」
「気をつける……?」
「敵は……和服で、ロングの髪で…………」
「……? おい、しっかりしろ!」
そこで再び、彼の意識は途絶えてしまった。
「匠!」
俺が来た道から、羽月もやってきた。
「これ……一体なにがどうなってるの」
「俺にもわからない、ここに来たら二人が倒れていて……」
「救急車は?」
「もう呼びに行ってもらった、すぐに来る」
直後に、救急隊員を伴ったレイドメンバーが戻ってきた。
二人は応急処置を受けつつ、ストレッチャーで運ばれていった。
そしてこの場はすぐに警察と自衛隊が封鎖して、実況見分が行われる。
この場に居合わせた俺たち全員が連行され、それぞれに事情聴取を受けることに。
「羽月を追いかけてビルの間の道に入りましたが、羽月を見失って。そこで襲われました。直後に悲鳴が聞こえて、駆けつけたら二人が倒れていました」
仮設テントが聴取室となって、警察官二人に前後の事情を話した。
「……ならば、君が第一発見者ということになるんだな」
「そういうことになりますね」
「何者かに襲われかけたということだが、犯人に心当たりは?」
「ありません、そもそも顔も姿も見えなかったので」
「そうか、よくわかった。また後日、捜査協力を依頼するかもしれないから、そのつもりで」
なぜか二人に睨まれながら、仮設テントを押し出された。
「匠」
先に聴取を終えた羽月が、待っていた。
「お疲れ。白久さんは?」
「さっき呼ばれたばかりみたい」
「そうか……」
程なくして白久さんの事情聴取も終わり、三人で帰宅した。
「……で、なんで一人で飛び出した?」
流石にあの場では問いただせなかったが、俺たちと中川さんしかいないダイニングでならいいだろう。
「感じたのよ。とてつもなく、危険ななにかを」
「危険ななにか?」
「そう、それを追いかけていたけど、途中で消えてしまった」
「その、危険ななにかっていうのは具体的にはどういうものなんですか?」
「さぁね、姿形を見たわけじゃないから。でも、しいて言うなら……冷たくまとわりついてくる殺意。まるでダンジョンの中にいるときのような空気を感じた」
「ダンジョンの中にいるときのような空気……」
「……俺も感じた」
「三峰君も?」
「羽月を追いかけてる最中に、急に周囲の温度が下がったように感じて、嫌な気が漂っていた。襲われかけたから刀を抜いたけど、空を斬っただけだった」
「それって、もしかしてこの間のエンキと同じ……?」
「いや、多分違うと思う。俺を嗤った奴の声は、女の声に聞こえた……」
「嗤ったって、どういうこと?」
「俺にはそう聞こえたってだけだから、実際にはどうか分からない」
でも、挑発じみた笑みを浮かべていたんだろうということだけは確信している。
「やってくれるよ、全く!」
握り拳に力が入る。
レイドメンバーを、しかも今回はそれなりに交流があった二人が襲われた。
さらには、俺を弄ぶかのような態度。
「絶対に捕まえてやる……!」
炎蛇ラクの時以来の、怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。
「相変わらずね、匠」
「あいたっ!」
急にデコピンしてくる羽月。
「昔師範に言われたでしょう? 怒りの感情に任せて剣を振るうなって。それでついこの間、酷い目にあったばかりじゃなかった?」
「う……」
羽月の言う通りだ。
怒りに任せて剣を振るった結果が、炎蛇ラクとのいざこざだったのだから。
「強い感情を持つこと自体は否定しない、人間だもの。それを闘争心に変えて、恐怖や怒りは心に留めない。心を常に開いた状態で、敵と相対する。もう忘れたの?」
「……忘れてない」
「嘘つき」
「でっ!」
二度目のデコピン。
「すぐに熱くなるくせ、まだ治ってないようね」
「猪突猛進の羽月にだけは言われたくない」
羽月だって、敵を感知してすぐに飛び出していった癖に。
「……ま、落ち着いて敵を探すことね。それじゃあ今日はおやすみ」
先にダイニングを後にする羽月。
「三峰君」
少し不安げな表情の白久さん。
「森口さん、大丈夫かな? なにか隠してる感じだけど……」
「分かってる。でも羽月が話してくれるまでは、あんまり問い詰めることはしたくないから……」
羽月が話したくないことを、無理やり聞き出したくはないというのが本心だ。
ダンジョン攻略直後も、熱くなりかけたけど。
すぐに羽月が飛び出していったから、有耶無耶になってくれてちょっとだけホッとしてる。
「うん、三峰君はそうだと思った」
「……ごめん。本当は無理にでも聞き出すべきなんだろうけど」
「ううん。それが原因で、森口さんと仲違いしちゃうなんてことにはなってほしくないから」
白久さんは気遣ってくれているけれど。
けど、いつかは踏み込まないといけない、そう感じる俺がいた。
*
羽月が転校してきた時の、全員が落ち着かずにはいられなかったあの空気。
けど今は、あの空気がどこへいってしまったのか。
むしろ、羽月を避ける空気が出来上がってしまっている。
羽月は、そういうことを一切気にしていない様子だけど。
「タクミ」
登校してきた朔也に呼びだされて、教室を出る。
連れてこられたのは、人気の少ない校舎の隅。
「…………」
一ヶ月前は、ここで俺が殺人未遂犯にされてるという、とんでもないネット記事を見せられたんだよな……。
正直、ちょっとだけトラウマだ。
「さてと、タクミ」
「あーちょっと待ってくれ。どうせ悪いニュースだっていうのはわかってるから、心の準備をする時間をくれ」
「なんだ、分かってるじゃん。で、今回は──」
「待てって言っただろ!」
「はいはい」
ゆっくりと深呼吸をして、覚悟を決める。
「よし、こい!」
「気合い入りすぎてて逆に怖いんだけど……。はい、これ」
差し出される朔也のスマホ。そこに表示されているのは、案の定ネット記事。
「……おい、なんだよこれ」
その記事に一通り目を通して、絶句した。
「森口さんが、今回の事件の犯人なんじゃないかって。かなりの速度で拡散されてるから、教室のみんなももう知ってるんじゃないかな」
「待て待て待て! 何がどうなって、羽月が犯人になるんだよ!」
「襲われた人が言ったんでしょ、和服にロングの髪って。今のところ、ダンジョンでそんな服を着てきたのは森口さんしかいなからね」
「だからって、証拠もなしに……」
「この間も言っただろう? こういうのは面白ければなんでもいいんだって」
「っ……」
「そうでなくても彼女は、初手でレイドメンバーごと敵を斬っちゃってるからね。犯人だって疑われてもしょうがないよ」
「しょうがないって……」
「タクミがどう思おうと、彼女自身がやっちゃったわけだし。こればかりは覆しようがないよ」
「…………」
羽月の最悪な第一印象が、これほどまでに尾を引くことになるなんて。
「……だからって、ここに書かれてる全部が推測に推測を重ねたものじゃないか」
:あの和服みたいなのを初回以降着てないのは、犯行を隠すため。
:服はどこかに隠して、着替えて人を襲ってる。二人が襲われた現場に駆けつけたのが遅れたのがその証拠。
:ビルの壁についていた傷も、羽月の剣戟の痕。
:最近ダンジョンを後方から眺めてるだけなのは、獲物を狙いすましているから。
「こんなの、めちゃくちゃだ……」
「どうするのさ、タクミ。もう時間がないよ」
「……わかってる」
もう、これ以上足踏みをしてはいられない。
羽月に一歩、踏み込まなくちゃいけない時が、来てしまったのだと。
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