118:俺たちが切り開く未来
「届けぇ──ッ!」
刀を握りしめ、奴の魔法もいとわずに跳ぶ。
大丈夫、もう経路は見えている。
この一振りで切り開く未来が──!
「秘剣奥義──隼歌仙ッ!!!」
無呼吸の連撃。
目の前に立ち塞がる闇を、エンキの放った魔力の傍流をも全て斬り払い。
その刃は止まることなく、奴の身体を捉えた。
魔法が発動する音は、もう聞こえない。
静寂の中で刀を納刀し、ゆっくりと振り返る。
「ガッ……ハ……」
エンキは、もうピクリとも動かずに、ただ落ちて行く。
やがて奴の身体は音と砂煙を立てながら地面に落下し、俺も下へ落下を始める。
「クリスタルダスト!」
白久さんの魔法──氷の流砂が俺の身体に渦巻いて、落下速度を和らげていく。
「おかえりなさい、匠君」
「ありがとう、白久さん」
ゆっくりと白久さんのそばに降り立って、落下したエンキを見据える。
「ワタ、クシ……が……」
「お前の負けだ、エンキ」
「…………」
それ以上、奴はなにも言うことはなかった。
全身の黒い魔力は霧散し、消えていく。
残ったのは、朔也の身体。
「……終わった、のか?」
「みたい、だな」
「……ラスボス撃破!」
「いよっしゃぁッ!」
駆けつけてくれたみんなが一斉に歓喜の声をあげる。
そんな彼らを尻目に、俺は一人朔也のそばへ寄った。
「朔也」
「……やぁ、匠」
わずかに開いたその目にはほとんど光はなく、身体も動かせずにいるようだった。
「……僕の負けみたいだね」
「いや……お前の勝ちだよ」
こいつの……朔也の真の目的は。
「俺に斬られること、だったんだろ?」
死んで、罪滅ぼしをする。死ぬことで、精算しようとしていた。
俺に殺されることで、けじめをつけようとした。
それが、朔也なりの贖罪。
「そんなことで……罪滅ぼしになるわけないだろ、バカ野郎……!」
「……なんのこと? 言っただろ、僕はただ……力を使いたかったって。タクミと戦ったのも……僕のためだ」
「それで、そんなことで……こんな終わりでいいのかよ……ッ!」
「いいんだよ、別に……力に溺れた悪役の末路ってやつだ。でも……それじゃタクミが満足しないって言うなら。……そうだね、嫌がらせだ。……うん、これが一番しっくりくる」
「嫌がらせ……?」
「タクミの前で死ぬ……そうすればタクミは、僕のこと忘れられないだろ……?」
「……この、バカ……!」
そんなことしなくたって、俺がお前のことを忘れるわけがないだろ……!
「そうだ、一つだけ……忠告してあげる。僕を倒しても……平和にはならないよ……。ダンジョンは、また発生する」
「…………」
「僕らの世界は……そういう場所だからね」
「なら……俺たちは戦う」
白久さんにも羽月にも、その覚悟はある。
「タクミなら……そう言うと思ったよ」
満足げに目を閉じて、身体から力が抜けていく。
「ねぇ……タクミ。最後に一つ……教えて」
「っ、なんだ?」
「タクミって結局……白久さんと森口さんのどっちが好きなの……?」
「お、おまっ⁉︎」
最後に聞きたいことが本当にそれなのか⁉︎
「ほら、早く教えてよ……意識を保ってるのも……もう限界なんだからさ」
「……俺が、好きなのは──」
理屈ではなかった。なぜか自然に、その名前を口にしていた。
「……そっか。ちゃんと答え、出したみたいだね」
「……あぁ」
「じゃあ……僕はタクミが振られるに賭けようかな」
「なっ、お前なっ!」
「はは……いいだろ、それくらい……」
少しずつ、声が弱々しく、小さくなっていく。
「結果は……向こうで…………」
もう、声は聞こえない。
その身体も小さな光の粒となって、天高く昇っていく。
「朔也……っ……」
最後の一粒が溶けていくまで、俺はずっと空を見続けた。
*
朔也との戦いから、三週間。
あの戦いはRMSを通じて当然配信されていた。だからこそ他のレイドメンバーが戦いを見て駆けつけてくれたのだが。
しかしその結果、さまざまな議論が交わされているのは言うまでもない。
俺を英雄扱いする声や、逆に友人殺しと罵る者もいる。
別に俺はどう言われようが構わない。
確かに朔也、そしてエンキという脅威からみんなを守ったのかもしれない。
でもそのために、朔也を救うことはできなかった。
それが事実で、否定するつもりはない。
けど、それよりも問題がある。
この三週間、ダンジョンは一度も発生していないことだ。
そのせいかさまざまな憶測が飛び交っている。
ダンジョンはもう発生しないだろう、とか。覚醒者たちの処遇をとうするのか、とか。
終わることのない議論が日夜続けられていた。
でも、朔也は言っていた、自分が死んでもダンジョンは再び発生すると。
俺は、その言葉を信じてる。
だから今日も……。
「ハァッ!」
羽月の平薙ぎがこちらの脇腹を狙ってくる。
「甘いぞッ!」
下からの掬い上げで羽月の一撃を弾き飛ばし、さらに切り込んでいく。
「っ、時雨!」
こちらの剣速に合わせて、羽月も連続刺突を繰り出してくる。
「秘剣──隼五連歌!」
向こうの刺突に追いつかれる前に、さらにこちらのギアを上げて羽月を狙う。
「残念でした」
しかしこちら進んだ先から、一歩外れた場所に羽月は待ち構えていた。
「しまっ──」
「──羅刹!」
羽月の一撃がクリーンヒットし、俺は床を転がる。
「いつつ……やられた」
羽月に完璧に誘導された。
「今日は私の先行ね。まだ続ける?」
「当たり前だろ」
こちらも立ち上がって、再度刀を構える。
俺たちの稽古の日常は、これまで通り変わらない。
羽月とは、一進一退の攻防を繰り返していた。勝っては負けてを繰り返して、毎日腕を磨く。
再びダンジョンが発生する、その日まで。……いや、その先も、永遠に続いていく。
「……あ、アラームだ」
羽月と何戦かやり合って、勝敗数が同じになったところであらかじめ仕掛けておいたアラームが鳴る。
「もう時間か、じゃあ今日は上がるよ」
「そうね、遅れたら悪いしね」
「だな」
ここからシャワーを浴びて着替えて、準備して集合場所まで向かったら、一時間以上はかかるはずだ。
早めに動いておくことに越したことはない。
「匠」
「ん?」
「いい加減に今日決めてこなかったら、本気で真っ二つにするからね?」
刀をヒュンヒュンと振り回す羽月。いや怖いって。
「が、頑張る……」
「は?」
「ど、努力はする……」
「はい?」
「ぜ、全力で頑張ってきます!」
「ん」
かくして逃げるように訓練場を後にした。
「はぁ、全く……。……ほんと、とっとと決めてきてよね」
*
「集合場所十五分前、白久さんはまだか……」
周辺を見渡すが、まだ彼女の姿は見えない。
午前中は白久家の仕事でどうしても外せないとかで、待ち合わせることになった。
「お」
近くのカフェで何か飲み物でも買ってこようかと思ったところで、黒光りの高級車がそばに停車する。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、俺もさっきついたばかり……」
車から降りてきた白久さんが、今朝と全く違う服に身を包んでいる。
なんというか、可愛くて、でも綺麗で……とにかく、すごい美少女だ。
その証拠に、道ゆく男子たちがみんな視線を彼女に向けていた。
「匠君? どうかしたの?」
「いや……なんでもない」
そうだった、白久さんって学年でも一番人気のある女の子なんだよな……。
「匠君、お昼はもう食べちゃった?」
「……まだだけど」
「そっか、じゃあこの先に私のオススメのお店があるから、一緒に行かない?」
「もちろん」
白久さんの案内で、彼女のオススメのお店へと向かう。
(……って、彼女に主導させてどうするんだ!)
そうじゃないだろ!
これじゃいつまで経っても変わらない。
(でも、このあと行くところがな……)
色気もなにもあったもんじゃないからな……。
「……色々ありすぎてわからないね」
談笑しながら昼食を終えてやってきたのは、家電量販店。
「さっぱりわからない」
見にきたのは、俺の新居用の家電。
ダンジョンの件が一旦片付いてしまったから、流石にいつまでも白久邸にいるわけには行かなくなってしまった。
すると、あれよあれよという間に新居は決まって、そして今日は家電を買いに来た。
「素直に聞いた方がよさそだね」
「だな。すみませーん」
店員さんを呼んで、一通り説明を聞いて、これだろうと言ったものの購入を決意。
お金に関しては、これまでダンジョンストリームで稼いだ金があるから、問題ない。
「でも、本当に行っちゃうんだね……」
家電や家具を取り揃えたから、いよいよ来月からは一人暮らしが再開する。
「もっと、匠君と一緒にいたかったな……」
「え──」
「あ、ううん! えっと……」
「……俺も、そうだ」
「匠君……?」
「だから……必ず戻ってくる」
「戻って……?」
「白久さん!」
「は、はいっ」
「俺は、その……!」
「う、うん……」
「俺は──」
ビーッ! ビーッ!
突然鳴り出すアラート音に、出鼻をくじかれる。
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
「嘘……⁉︎」
「RMSの、アラート……」
と言うことは、ダンジョンが発生したと言うことか。
「三週間ぶりの、ダンジョン……」
「刀は、持ってきてるけど……」
いつもの癖で、竹刀入れに入れて持ってきていた。今はロッカーにしまってあるけど。
「……行こう、匠君」
「いいのか?」
「また、同じような悲劇が起こる可能性があるのなら……私は戦いたい」
「そう、だな」
朔也にも宣言したもんな、戦うって。
「行こう、白久さん」
「うん……!」
そうして駆けつけたダンジョンのゲート前。
「これは……」
以前のような渦巻く門とは違う、黒い半球が周辺を飲み込んでいる。
「お久しぶりです、状況は」
顔見知りの自衛官の人に話しかける。
「は、私どもにもよくわかりません。ですが少なくとも、今までのダンジョンとは」
「……違いますね」
「ドローンでの偵察調査をしていますが、どうやら周辺を巻き込んで異空間化しているようです」
ドローンによる偵察映像を見せてもらうと、確かに今までのダンジョンとは明らかに違っていた。
「それに……周辺にいた人々が巻き込まれている可能性があり」
「!」
一刻の猶予もないってことか。
「俺たちが先に入ります、逃げ遅れた人を探さなきゃ」
「……恐れ入ります」
「白久さんは後から来た人を──」
「ううん、私も行く!」
「……いいのか?」
「誰かが助けを求めてるなら、私はそれを見捨てたりしたくないから!」
「わかった、行こう! 羽月には後からくるように連絡しとく」
そうして羽月に後続を任せつつ、白久さんと二人で先行する。
「あれは……!」
今までのダンジョンでは見たことがない、トカゲの化け物。
複数隊の個体が俺たちを見定めて、大きく口を開いた。
「っ!」
一斉に噴き出してくる炎。
「掴まっててくれ!」
「えっ、ひゃっ⁉︎」
すぐに白久さんを抱きかかえて、その場を跳ぶ。
会敵後即攻撃か……結構血の気の多い敵のようだ。
「あ、ありがとう……」
「この程度、お礼なんていいよ。だって……これからもずっとそうなんだから」
「え?」
「俺はずっと、君のことを守り続ける。君の隣にいたいから」
「そ、それって──」
「…………ん?」
俺、今なにを口走った……?
「こ、匠君……」
「あ、あぁいや今のは……」
「羽月さんは……?」
「へ?」
「羽月さんのことは……?」
「……羽月にはこの間、ちゃんと伝えた」
一週間くらい前に、羽月との稽古の最中に、伝えた。
『羽月の気持ちは嬉しいけど……やっぱり俺は、羽月とは剣を高め合う相手でいたい。俺の知る限り、最強で最高の幼馴染だから』
あの日から、伝えるのを決心するまでに二週間もかかったなんて、誰にも言えないけど。
「そう、なんだ……」
俺の腕の中で俯く白久さん。
「ねぇ……匠君」
「な、なんだ?」
「さっきの言葉、後でもう一度聞かせて?」
「え、いや……それは」
「約束!」
「は、はい……」
「あと、私のことも……名前で、呼んでくれない?」
「へっ、いやあの、それは!」
「だって羽月さんはずっと名前だし、不公平だから」
「それは……」
そう、なんだろうな。
それに、これから先も彼女の苗字を呼ぶわけにはいかない。
だって、俺は彼女と……ずっと一緒にいるって決めたんだから。
「しろ……晴未?」
「……うんっ!」
「っ──」
心臓の、跳ねる音が聞こえる。
彼女の笑顔ひとつで、自分の中で温かい感情が駆け巡る。
不思議な感覚で、でもすごく嬉しい。
「########!」
俺たちが上空にいることを見かねた敵が、鳴き声を上げて再び炎の攻撃を仕掛けてきた。
「ディープ・アイスブリザート!」
白久──晴未の魔法が迎え撃ち、全ての炎を相殺していく。
「話は後だ、まずはあれを倒そう」
「そうだね」
「フー……」
深く息を吐く。敵は未知の存在、油断はできない。
でも、問題ない。
もう、道は見えているのだから。
「行こう、俺たちが切り開く未来へ────」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
匠、晴未、羽月の戦いはこれからも続いていきますが、お話はここで幕を閉じさせていただきます。
約半年間、幣作をご愛読いただきありがとうございます!
次回作は、すでに動き出しています!
また次の作品をみなさまにお届けできる日をお待ちください!
次回は書籍化したいです!
ので! 作品のフォロー、いいねや評価、感想をよろしくお願いします!
最後まで、ありがとうございました!




