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114:それぞれの目的

「戦いを……」


「止める、だと?」


 親父が言い放った言葉、そこに載っている意志は強い。けど……。


「そんなことが、本当にできると思っているのか」


 俺の考えを、白久政也が代弁する。


「戦いを止めさせる、大した理想だな。だがそんなこと不可能だ」


 その言葉は、単に親父が嫌いだからという理由で出たものではない。


「この五年間に、一体何人死んだと思っている? 俺がシールドウェアを開発した理由だって、お前はわかっているだろ!」


 彼は彼なりに、この五年間ダンジョンと向き合って、たくさんの人の死を見てきた。


 彼が開発したシールドウェアも、その避けられなかった死の上に出来上がっている。


「突然現れて、夢物語を聞かせられる気持ちが、お前にわかるか!」


「俺はこの考えを夢物語にするつもりはない。同じ志を持った者もたくさんいる」 


「……あのフードの連中か」


「そうだ」


「…………」


 馬鹿げた理想に、確かについてきている人がいる。


 白久政也も、その事実には対抗できない。


「それで戦いを止めるための手段が、モンスターも私たちも関係なく、無差別に攻撃するということなんですか」


「我々が矢面に立てば、君たちとモンスターが戦闘することは回避される」


「でも、その矛はあなたたちに向けられる!」


「その通りだ。だが我々は大半の者たちよりは強い。その様子は、君たちも見ているだろう? だが……」


「だが?」


「今、双方にとてつもなく強大な力を持った者がいる。向こうにいるのは、全てのモンスターを支配し操る魔王の器」


「……朔也のことか」


「知っているのか、奴のことを」


「あいつは俺の……友だちだ」


「な……っ⁉︎」


 モンスターたちの長と友人だなんて、信じられるわけがないよな。


「……匠、お前は奴……いや、自分の友と戦うつもりか?」 


「あぁ、もちろんだ」


 そうしなければならない。


 俺は朔也の闇に気づけなかった、気づこうともしなかった。


 だからこの戦いは、俺の責任でもある。


「ならば匠、お前はその友とは戦うな」


「は?」


「お前は友人に刀を向けられるのか?」


「っ……向けるさ」


 確かに一度、俺はためらった。


 でも、もうその時の俺とは違う。朔也と戦う覚悟はできている。


「それにだ、お前とその友人のどちらが勝ったとしても、勝った方が勢いづき、戦いはより苛烈になっていくだろう。そんなことは断じて容認できない。お前の力は強大で、危険すぎるんだ」


「……だから、あのフードマントたちは俺を狙ったのか」


「そうだ、魔王の器と同じほど、今のお前は危険な存在だ。だからこそ、お前たちには雌雄を決する戦いをさせるわけにはいかないんだ」


「……なに勘違いしてるんだ」


「勘違い?」


「確かに俺は朔也と戦う。でもそれはあいつを斬るためじゃない……俺は、あいつを連れ戻したいだけだ」


「連れ、戻す……⁉︎ そんなこと、できるはずないだろう! 奴は魔王の……」


「それを決めるのは親父じゃない。親父がそうであるように、俺には俺の戦いがある。それに戦いを止めるのが親父の目的なら、あいつを連れ戻してちゃんと和解すれば、それで済む話だろう? 違うか?」


「…………」


 親父とは違うやり方で、親父と同じものを目指す。


 それが俺の覚悟だ。


「ふっ。三峰匠の方が、お前よりもずっと上手のようだ」


 親父がなにも言えなくなったところを見て、満足げな笑みを浮かべる白久政也。


「匠君、すごくカッコいいんだね。ねぇ晴未」


「?」


「彼のお嫁さんになったらどうかな?」


「「「「「ブフッ⁉︎」」」」」


 急に茉優さんから飛び出した爆弾発言に、みんな吹き出した。


「な、な、なっ! なに言ってるのお母さん! しかもこんな時に!」


「こんな時だからだよ。ちゃんと帰れる場所があるっていうのは、すごく大事なことなんだよ」


「だ、ダメに決まってるだろう! 三峰匠だけは絶対に認めん!」


「えぇー、なんで? こんな真っ向から親に向かって意見を言える子なんて今時いないよ?」


「そういうことじゃなくてだな……」


「晴未はどう思う? 匠君のこと」


「そ、それは……」


 こちらをチラッと見て、すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまう白久さん。


「おやおや? これはもしかして?」


 茉優さんは彼女の態度を見て、なにかを察したらしい。


「匠君はどう? 晴未、すっごくいい子だよ?」


「いや、あの……それは、知ってます……」


「でしょ? だから晴未のこと、お嫁さんにもらってくれない?」


「えっ、いや、それはその……」


 そんな質問、この場で回答できるわけがない。


「ん? 二人はそういう関係なのか? 俺はてっきり羽月ちゃんと付き合ってると思ってたんだが」


「そ、そうです。匠はワタシのものです! 絶対に渡しません!」


「う、羽月⁉︎」


 いきなり腕に抱きついてくる羽月。


 俺の腕に、彼女の柔らかい胸がつぶれる感覚がダイレクトに伝わってくる。


「そ、そうなの……?」


 そんな様子を見て、涙目になりながら白久さんが見上げてくる。


「いや、付き合ってるとかそういうことは……」


「じゃ、じゃあまだ私にも……!」


「白久さん⁉︎」


 羽月と反対の腕にギュッと掴まってくる白久さん。


 羽月よりもさらに柔らかい感覚に腕が包まれる。


「なんだ匠、お前もやるじゃないか。女の子を侍らす悪いやつになったな」


「うるっさい!」


「三峰匠も、貴様だけには言われたくないだろうな」


「いいぞいいぞー! 私そういうの大好きー!」


「茉優さん⁉︎」


 そんなこと言ってないでこの事態を収束させてくださいよ!


 かくして五年間の経過報告会(?)は、茉優さんの爆弾発言によって収拾がつかなくなり。


 数十分のやり取りののち、バカバカしくなって一旦解散することに。


「ねぇねえ、匠君。ちょっといいかな」


 俺は茉優さんに呼び出され、二人で白久邸の庭を歩くことになった。 


「ごめんね、さっきは余計なこと言っちゃったかも」


「えぇ、本当に……」


「あうぅ……そうだよねぇ」


 わかりやすく落ち込む茉優さん。


 なんというか、すごく表情豊かだ。白久さんとは、全然違うタイプ。


「でも、さっきまでのイガイガした空気よりはいいかなって」


「……もしかして、わざと?」


「うん? なんのこと?」


 ……修正、すごく強かな人のようだ。


「でも、さっき言ったことは、もちろん本心だよ?」


「さっき言ったこと?」


「帰る場所が必要ってこと。晴未にとっても、もちろん匠君にとっても」


「帰る場所……」


 そんなこと、考えたこともなかったな。


「昨日の夜、晴未とたくさんお話してわかったんだ。晴未は、自分を預けられる人が見つかったんだって。君のこと話してる時の晴未、すごく女の子の顔してたから」


「そ、そう、ですか……」


「だから、これからの晴未のこと、よろしくお願いします」


 さっきまでのフレンドリーさが消えて、真剣な顔で頭を下げてくる茉優さん。


「……俺は、白久さんに返せるかどうかもわからないほどの恩があります。俺はそれを返したい、だから……白久さんのことはこれからも助けていきたい。そう思っています」


「そっか、それなら安心だね。あ、でも本当に晴未をお嫁さんにもらってくれてもいいからね。私は大いに賛成、大賛成だよ」


「い、いやあの、それは……」


「ふふっ、私はなにも言わないから。あとは本人たちの気持ち次第っていうことで」


「そ、そうですか……」


 なんというか、この人苦手かもしれない。


「それじゃあ、そろそろ戻ろっか。外はまだ暑いしね」


「ですね──!」


 振り返ろうとした瞬間、背中に寒気が走った。


「今の感覚……」


 昨晩、フードマントの連中が突然現れた時と同じような……。


「あれ……!」


 急いで悪寒のする場所へと走っていく。


「なっ……⁉︎」


 そこにいたのは、傷ついたフードマントたち。


 全員が血を流していて、中には腕がなくなっているものさえいる。


 二刀流の男も、剣を手放して地面に倒れていた。


「み、みんなっ!」


 急いで駆け寄って、何らかの光魔法で彼らを包む茉優さん。彼女の魔法は、回復系の魔法なのか……。


「これは……」


「うそ……」


「一体なにが……」


 本館から駆けつけてきた親父や白久さんたちも、状況を見て顔を青ざめる。


「おい、なにがあったんだッ!」


 二刀流の男に駆け寄って、事情を聞き出そうとする親父。


 日本語で話しかけてるのが、なによりも慌てている証拠。


「……####」


 聞いてもわからない言語で、何かを伝える二刀流の男。


「あれ、匠?」


「っ──!」


 背中から、さっきとは全く違う怖気が走る。


 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは……。


「朔也……」


「それに白久さんに森口までいるってことは……もしかしてここが白久さんの家ってこと⁉︎」


 いつも通りの態度で、周りをキョロキョロと見渡す朔也。


「この辺一体全部白久さんの家の敷地? とんでもないね」


「何でお前がここにいる!」 


「ここにいる理由? それはそいつらを追ってきたら、彼らがここに逃げてきたから」


 指差すのは、フードマントの集団。


「お前が彼らを……」


「うん。だって匠に任せるって言ったのに、全然なにもしないんだもん。だから僕が処理しておいたよ。また僕たちの戦いに介入されるほうが面倒だしね」


「お前が……」


「ん? おっさん誰?」


「お前がみんなを……」


「さっきもそう言ったけど? それがなに?」


「……っ、貴様ァッ!」


 二刀流の一振り、元は自分が持ち主だった刀を左手に、朔也へと突撃する親父。


「はぁ、面倒くさ」


 朔也の影が伸び、その中から一体のモンスターが姿を現す。


「あいつは……!」


 俺の経路を捻じ曲げた、醜い姿をしたキメラ……!


「そんなものッ!」


 振り下ろされる剛拳に対抗するように、剣を振るう──が、


「ッ……グハッ!」


 その一刃は敵の剛拳にまるで歯が立たなかった。


 親父は身体ごと吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。


「親父⁉︎」


「え? あれタクミのお父さんなの? ……あ、じゃあ」


 地面に落ち全く動かない親父に、キメラが近づく。


「……まさか!」


「そいつを殺せば、僕は不倶戴天の敵ってことになるよね」


「やめろ朔也!」


「やれ」


 無慈悲に振り下ろされる、キメラの拳────


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

この作品の連載のモチベーションとなりますので、

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