105:姿を消した友人
結局、あの離れは出ていくことになった。
ただ新しい住まいが決まるまではあそこに居ていいと、白久さんが約束を取り付けてくれた。
「だから家探しはゆーっくりしてくれていいからね」
「いや別に、さっさと決めて出ていく──」
「ゆぅーーーーーっくり、決めてね!」
「は、はい……」
かくして家探しはじっくりとやっていくことになったが。
平日は学校で、ただでさえ休日にしか代理店に赴けない上に、ダンジョンに邪魔されてなかなか予約のタイミングが取れない。
しかもまだ未成年だから大人の同伴が必須で、中川さんに付き合ってもらっているけれど、あの人もなかなか忙しいため、タイミングが合わないことがほとんど。
結局、家探しは白久さんのいう通り、かなり時間をかけてじっくりとやらざるを得なくなった。
こんな状況を作り出したあの記事の影響は、俺が配信で童貞であることを叫んだ結果、無事収束した。
……最も、
:出たな童貞
:ダンジョンの前で童貞を叫ぶ奴
:美人女子高生に囲まれて勃たないED野郎
:刀は抜けるけど女子高生では抜けない男
:若くして枯れ果てた男
とんでもないあだ名と罵詈雑言の嵐には変わりないのだけど。
こんな馬鹿馬鹿しいあだ名を笑い飛ばしてくれる人がいればいいんだけどな……。
この前までは、そうしてくれる奴がいた。
けど今は……。
「なんだ、今日も日野は休みか」
この状況を笑い飛ばしてくれる友人が、今日も学校を休んだ。これで一週間連続。
「一週間も休むなんて、どうかしたのかしら」
「口ではアレコレ言うけど、学校をズル休みするような奴じゃないんだよな……」
夏風邪でも引いて拗らせてるのだろうか。
そうだとしたらお見舞いにでも行ってやりたいけど、あいつの住んでる場所知らないんだよな……。
「三峰、日野にこれを届けに行ってくれないか」
放課後、職員室に呼び出されて、担任から封筒を受け取った。
「構いませんけど……俺、朔也の住所知らないんですが」
「そうなのか? お前ら仲がいいからてっきりお互いの家に遊びに行っているものと思っていたが」
「朔也は俺の家に来たことはありますが……逆はないですね。もちろん俺が前に住んでたとこですが」
「そうか。うーん……まぁ日野もお前になら住所を教えたとしても怒らないだろう。ただし、他言厳禁だ、いいな?」
「わかりました」
そうして朔也の家の住所を記した紙を渡されて、おつかいに行くことになった。
「だったら晴未さんの車に乗せてもらったら?」
「いや、ここなら歩いて電車乗り継いで行けば割とすぐ着くし。それに白久さんに悪いだろ」
「別にそれくらい問題ないよ?」
「うーん……けど住所は他言厳禁って言われてるしな……」
そもそも二人はこの件に関係ないし。
「とりあえず、一人で行ってくるよ」
「……そっか」
「行ってらっしゃい」
そうして二人とは別れて、電車を乗り継ぎながら朔也の住んでいる住所へと向かった。
「確かこの辺り……えっ?」
RMSの地図機能を頼りにしてたどり着いた住所。
そこにあったのは、立ち入り禁止の柵で囲まれた廃ビルだった。
「え? ここ? そんなバカなことあるわけ……でも地図上は確かにここを示してるし……」
あまりにも意味不明すぎて茫然自失になってしまった俺は、ほとんど無意識のまま白久さんたちに連絡をしてしまった。
「……一体どういうことよ、これ」
「なんで日野君の家の住所が、廃ビルに?」
数十分後、車で駆けつけてくれた二人も、目を白黒させる。
「住所はこちらで間違いありません。三峰様のRMSの故障とは考えにくいですね」
「ありがとうございます……。だったら、この状況は一体……」
「もしかして、引っ越して住所が変わって、届けるのを忘れたとか?」
「それはないんじゃないかな? この草葉の荒れ様だと、数年は人の手が入ってない。最近引っ越したとは思えないよ」
じゃあ、そもそも間違った住所を学校に届けていた、とか?
そんなことをする意味がわからないけど。
「お宅ら、そこでなにをやっているのかね?」
通りすがりの、七十代くらいのおじさんが声をかけてきた。
「すみません、この辺りに日野さんの家ってありますか?」
「日野……? さぁ、このあたりにはないんじゃないかな」
「そう、ですか……」
「いや、でも昔いたっけな。確か、そのビルの所有者が日野って名前だったよな……」
「本当ですか⁉︎」
「その日野さんがどちらへ行かれたとかは、ご存じだったりしますか?」
「さあ、そこまでは知らないなあ。それに五年も前のことだし、このビルも取り壊しが決まってるみたいだしね」
「そうですか……ありがとうございます」
おじさんのおかげで、かなり有益な情報は聞けた……けど謎はさらに深まった。
「やっぱり、間違って前の住所を届けちゃったとか?」
「可能性はゼロじゃないだろうけど……流石にないと思うけどな」
「ここから呼びかけてみる?」
「流石に近所迷惑だろ」
俺たちがこれだけ騒いでるんだし、いたら顔を出してくる気もする。
それに呼びかけて出てきたら、なんでこんな廃ビルにいるのかと、それはそれで問題だ。
「中川さん、日野君の足取りを追えたりしますか?」
「あまり無関係の他者を追跡するのはいただけませんが……」
「日野君が何かのトラブルに巻き込まれてる可能性もあります。それに、クラスメイトをこのまま見捨てることはできません。だからお願いします」
「……承知しました。できる限りで追ってみましょう」
そうしてこの一件は中川さんの預かりとなって、一旦帰宅することに。
「朔也……お前はどこにいるんだ」
乗り込んだ後部座席の窓から廃ビルを眺めて静かに呟く。
「匠って彼と随分仲良しみたいね」
「まぁ、悪友って感じだな」
正直、朔也がいなかったら、高校でもぼっち確定だっただろうからな。
……今でもぼっちだろうという意見には否定できないけど。
*
『高校が決まって住む場所も決まったなら、とっとと出ていってくれないか』
児童養護施設をたらい回しになりながら、なんとか高校に合格。
住む場所もなんとか見つけ出して、バイト先も確保した矢先に、最後にお世話になっていた児童養護施設を追い出された。
正直あの頃は、本当に人のことを嫌っていたと思う。
バイト先が飲食店だったのも、単に働ける場所があそこだけだったからという理由だ。正直最初の頃は、あんまり接客態度も良くなかっただろうな。
そんな厨二病を拗らせた様な、人間不信に陥っていた俺が迎えた入学初日。
『タクミだよね! ダンジョンでただ一人、剣で戦ってる!』
初めて顔を合わせたクラスメイトたちがわいわいと自己紹介をし合っている中。一人席にポツンと座っていた俺に話しかけてきたのが朔也だった。
『……誰だお前』
『僕は日野朔也、自称ダンジョンストリームオタクだよ!』
思い返してみると俺の態度もアレだけど、朔也も朔也で意味がわからん自己紹介してるな。
俺が「なんだこいつ」と思うのも許して欲しい。
『なんだこいつ』
あ、口にも出してたわ。
『なんだとはひどいなー。それよりも話聞かせてよ! なんでダンジョンに剣で挑んでるのかーとか、みんなからの評価をどう考えてるのかーとか!』
あれこれと捲し立てる朔也に、明らかに面倒な奴だ関わってはいけないという防衛本能が働いた。
『そんなこと、お前に答える義理はない』
『えっ、ちょっとどこに行くのさ!』
そうしてできる限り朔也との関わり合いを避けようとしたが。
『ねぇねぇ、タクミ〜』
『タクミ、昨日は結構活躍してたね』
『おーいタクミ〜』
負けじとしつこく付き纏ってくる朔也。挙げ句の果てには、
『…………』
『タクミ、なんでこんなところでバイトしてるのさ。せっかくダンジョンに挑んでるんだから、ダンジョンストリーマーになればいいのに』
バイト先にまで押しかけてきた。
『帰れ』
『ひどいなー、僕お客さんなのに』
『冷やかしに来た奴を客だと思うか?』
『あ、牛丼お願い』
『…………』
そうして毎日毎日話しかけてくる朔也に、とうとう俺の方が折れてしまった。
『お前、一体何が目的だ?』
『え? 目的って?』
ある日のお昼休み、食堂についてきて勝手に相席してきた朔也にそう問いかけた。
『毎日毎日、飽きもせずに俺につきまとって。一体なにが目的だ?』
『目的ねぇ……。そうだね、単にタクミのことが知りたいだけだよ。純粋な興味本位だね』
『俺のことを知ってどうするつもりだ』
『……あのさ、そこまで疑われると流石の僕も傷つくんだけど? それともタクミってなんでもかんでも疑ってかからないと気が済まない人なの?』
『む……』
『ま、どうでもいいけどさ。好意を無碍にする人は嫌われるよ?』
『お前の場合は好意じゃないだろう?』
『それはそうだね。でも僕は君に興味がある、だから君と会話したい。たったそれだけだよ』
『…………』
少なくとも、親父がいなくなってからこれまで、俺に話しかけてきた人は少なからず悪意を孕んでいるか、あるいは俺を利用しようという利己的な人物の二択に分けられた。
けど、こいつからはそのどちらも感じられない。
『……不思議な奴だな、お前』
『よく言われる』
そうして、少しずつ朔也と会話する関係になっていった。
*
「結論から言います、日野朔也という人物は……行方不明となっています」
だからこそ、中川さんが持ってきた調査情報に、少なからずショックを受けた。
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