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誤解

作者: 山樫 梢

 懐中電灯で照らし出された黒と黄色の警告色のロープ。下げてある(ふだ)には赤い文字ではっきりと「立入禁止」って書かれている。

「ねぇ、ここ立ち入り禁止だよ」

 見れば当然分かることだけど、一応口に出してみた。案の定、わたしの声なんてどこ吹く風。前を歩く二人はスマホ片手にぺちゃくちゃとおしゃべりを続けるばかり。配信を見てる人向けのわざとらしい説明を続けながら、手慣れた様子で侵入防止用のロープをまたいでいく。

 いつもと同じ。無意味なのは分かってた。本気で心配してても、わたしの声なんて届きもしない。

 その配信を見てる視聴者の中に注意する人はいないわけ? 誰も止めないなら全員共犯者みたいなものだよ。


「見えますかー? ここがうわさの廃旅館です。宿泊客の女性がこの先の露天風呂から身投げして以降、その霊が呼び寄せるのか、次々自殺者が出てるって話でしたね」

「いやー、自殺の名所にありがちなやつ」

「このままその露天風呂まで行ってみまーす! 何か映ったらコメントで教えてください!!」


 うそばっかり!

 わたしの知る限り、この場所で自殺した人なんて一人もいない。ちゃんと調べれば分かるはずなのに。無責任にうわさを流す人たちにとって、事実なんてどうでもいいんだろうね。話題になりさえすればいいと思ってるんでしょ。


 まったく、昼間に来るならまだ分かるよ。廃業してるとはいえ、「オーシャンビューの絶景露天風呂」だもん。でも、夜中に来るなんてどういうこと?

 こんな所で肝試しなんて馬鹿みたい。何が楽しいんだろう。どうかしてる。

 いもしない自殺者の幽霊より、実在する綺麗な景色の方がよっぽど写す価値があるでしょ。

 あーあ、いっそ本当に怖いお化けが出てきて脅かして追い返してくれないかな。わたしの代わりに分からせてやってよ。二度とこんなことする気にならないように。


 ――なんてもやもやしてたら、前を行くふたりを見失っちゃった。

 姿は見えなくても声は聞こえる。ほんとに露天風呂の方まで行ったんだ。


 やだ――怖い。あっちには行きたくない。


 ここが立ち入り禁止なのは幽霊が出るからなんかじゃない。危ないからだよ。

 どうしよう、もう放っておいた方がいいかな。でも……。

 昨日の雨のせいでぬかるんで、あちこち滑りやすくなってる。あの二人、ろくに足下も見てないし、何かあったら……。


「そっちは、だめー!!」


 露天風呂の方に向かって力の限り叫んだ。

 どうか、どうか、何事も起きませんように……!!

 お願いだから聞き届けてよ。

 わたしはこんなに必死なんだから。本気で心配してるんだから。


 二人の驚いた声――が絶叫に変わって、(またた)く間に遠のく。


 やだ!? まさか、落ちちゃったんじゃないよね!?

 どうしよう、どうしよう――。

 様子を見に行かなきゃと思うのに、体が動いてくれない。確かめるのが怖い。


 戻ってこない。

 もう声も聞こえない。

 ああ――。


 だめだった。止められなかった。

 またここで事故が起きちゃった。


 ここは自殺の名所なんかじゃない。

 少なくとも私の知る限り、自殺するつもりで訪れた人なんていなかった。


 私だってそう。


 ()える写真が撮りたくて勝手に柵を乗り越えたのはわたし。落ちたのは自業自得だから仕方ない。

 けど、自殺なんかじゃなかった。死ぬつもりなんて全然なかった。

 写真を撮るだけだからって服は着たままで、肝心のスマホは部屋に置き忘れちゃったりしたけど、それだけで自殺扱いはないでしょ。

 まぁ、スマホのアプリにちょっと後ろ向きなポエムを(つづ)ったりはしてたけどさ、誰にも見せる気のなかったもの勝手に読んで、勝手にわたしを解釈されても困るよ。


 ここで死ぬ人が出るたびに、ネットで見当違いなうわさが広まって、また新しく興味本位の人が来る。いつまで経っても風化してくれない。


 どうせこれもまたわたしに招かれたってことにするんでしょ?

 やめてよ。酷いよ。わたしのせいみたいに言わないで。

 寂しいのは本当だけど、あんなまともに話も聞いてくれないような人たちばかり来たって全然嬉しくないよ。

 わたしは誰も呼んだりなんてしてない。いつだって引き止めてる側。

 露天風呂の近くは滑りやすくなってるんだよ。今はもう柵もない。だからいつも警告してる。危ないよって。毎回毎回、何度も何度も。

 だけど、わたしの姿は誰にも見えないし、声も届かない。こうして事故が起きるたび、ただ見送ることしかできない。


 あの二人もお気の毒。ここで死んじゃったらからには、自殺ってうわさされちゃうね。わたしと同じ。ずっとみんなに誤解されてく。

 でもせめて、わたしだけは覚えておくよ。あなたたちは死ぬつもりでここへ来たんじゃない。不注意で足を滑らせただけ。落ちたのは不運な事故だった、って。

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