合流と遭遇
とりあえず、全員何も問題なさそうな様子に安心したが、色々聞かなきゃいけないことがある。
「よく無事に王都から出られたな」
「別に難しくないですよ。いつものように、外で訓練しますと言って出てきただけですから」
「……いやいやいや」
それは無理じゃないか。隊長の俺がいないし、外の訓練も、門番から見えるところでやるよう言われているのだから。だからどう考えても嘘だ。一体どんな手を使ったのか。
疑惑を隠さない俺に、フィテロは笑って手を振った。
「本当ですって。隊長に自覚はないでしょうけど、慕っている兵士たち、結構多いんですよ。そして境遇に同情している人も。そういう人たちが門番している時を狙えば、多少のことは大目に見てくれます」
「……多少のことって」
「つまり、姿が見えなくなっても見て見ぬ振りをしてくれるってことですよ」
眉をひそめた。それは見て見ぬ振りをした兵士に迷惑をかけることになる。それで問題なく戻ればいいだろうが、完全に抜け出してしまっている以上、何かしらのお咎めがいっていることになる。
「そうやって一般兵士を気にかけてくれるから、慕われているんですよ。大丈夫ですよ、問題が起こったら全部隊長のせいになるだけですから。兵士たちはせいぜい減俸がいいとこですよ」
「それの何が大丈夫なのか、聞きたいな」
まあ俺のせいになることで、兵士たちに大きな咎めがいかないのはいいのだろうが。けれど、減俸だって大変だろうに。
フーッと息を吐いた。とりあえずもうしょうがない。ここにいる以上はどうすることもできない。次に話を進めることにする。
「……お前さ、隣国の王子って、本当か?」
何となく声を潜めた俺の声に、フィテロは笑った。というか、聞こえているだろうに誰も驚いていない俺の隊の奴らが気になる。
「……もしかして、俺以外知っていたとか?」
「まさか。さすがにそれはないですよ。バレたらヤバいですから」
手をブンブン振って、フィテロは笑顔で否定する。
「教えたのは王都を出てからです。まあ、何かあると思われていたからか、あんまり驚いてくれなかったんですけど」
後ろでうんうん頷いてたり、「そりゃそうだろう」とか言ってたりしているが……俺はメチャクチャ驚いたぞ?
「一言で言えば、奴隷の母親を持つ王子に興味を持ったから、忍び込んだんです。僕も同じなもので」
「なっ!?」
「あまり知られてませんけどね。隊長と違って、僕は家族と普通に仲良いですから。この国に忍び込むのも大反対されたんですけど、ごねて了承を勝ち取りました」
「……いやいやいや」
何をどこからどうツッコんでいいか分からない。奴隷から生まれた王子? それなのに家族と仲が良い? そんなこと、俺の感覚からすると絶対にあり得ない。だけど、こいつが嘘を言っていないことも分かってしまう。
「隊長。エイシア様と隊員たちとともに、我が国で受け入れます。一緒に来て頂けませんか?」
「う、受け入れるって……」
そんな簡単に言うことじゃない。隊員たちはいい。エイシアも何とかなる。けれど、一応でも俺は王子なのだ。そう簡単に受け入れると言えるものじゃないはずだ。大体、フィテロにそれだけの権限があるのだろうか。
「問題ありません」
力強く頷くフィテロに、しかし俺は躊躇う。すぐ頷けるものじゃない。
「いいじゃない。あんた、難しく考えすぎ。私は行くわよ! 面白そうじゃない!」
「いや、面白そうって……」
エイシアの言葉に、そんな簡単な問題じゃないと、思ったときだった。
「見つけたぞ! 奴隷王子!」
響いた声に、俺は顔をしかめた。もちろん、この声の主を知っている。王太子、つまりは俺の兄だ。そして、フォティや一応俺の上司である将軍も一緒にいる。
さらに、我が国の"精鋭"と呼ばれている兵士たち。数が多いわけではないが、この場にいる俺の隊員たちよりは人数が多い。
こんな大人数の接近に気付かなかったのは、とんだ失態だ。完全に気が緩んでしまっていたようだ。
王太子と将軍が、ニヤニヤと嫌らしく笑った。
「まさか、軍を率いて逃亡するとはな!」
「れっきとしたした軍紀違反だな! やはり奴隷王子か! 上司権限を持って、貴様を隊長の座から解任し、逮捕・投獄する!」
軍を率いたわけじゃないけど、確かにそう見えるか。俺の隊全員が嘘をついて王都から出て戻らなかったのだ。違反と言われてもこの状況では仕方がないだろう。
「あんたは納得するんじゃないの! だから駄目なのよ!」
何も言っていないのに、俺の心を読んだようなエイシアの言葉だ。ギロッと睨まれて、エイシアはビシッと王太子を指さした。
「こいつは一人で街から出てきたの! 軍とは偶然出会っただけ! 悪いのは副官のフィテロ!」
「ちょっとエイシア様、僕を売らないで下さいよ」
「私のようなか弱い女の子が一人、南の国境に連れて行かれたって聞いて、助けに来てくれたのよ! 軍がどうこう言う前に、一人の人間の命を大事にしてくれたのよ! 何が悪いの!」
フィテロの抗議もサラッと無視したエイシアの言葉に、さてどこからどうツッコもうかと思ったとき。俺よりも先に、兄の隣から女性の声が響いた。
「誰がか弱いですってっ! 氷の冷たい女がよく言うわっ! 大体、決まりを無視していいはずないでしょうっ!」
俺は頷く。この場合、フォティの言うことの方が尤もだ。と思ったら、頭を叩かれた。
「だからもうあんたはっ!」
「そう言われても」
確実に非があるのは俺の方なのだ。それは認めなければならない。
「隊長。彼らの隊長への待遇は、決して第二王子にふさわしいものではありませんでした。誰の腹から生まれようと、王子は王子ですよ。はっきり言いますけど、母親の身分で王子の待遇を変えるような国は時代遅れです。出奔したとしても、誰も隊長を責めません」
「……時代遅れか」
俺は笑う。遠征して、色々な人と話をして、そんな気はしていた。けれど、それでも。
「俺は、その時代遅れの国に所属している王子なんだよ」
それでも俺は王子だ。民たちからの税金によって生活できている王子。それを、俺は忘れてはいけない。その国の決まりに逆らった上、こうして見つかった。これ以上は多くの人に迷惑をかけることになる。
「王太子殿下、エイシアや他の皆は見逃して……」
「アホなのあんたは! ああもう面倒くさいっ!」
俺の言いかけた言葉は、エイシアの大声に遮られた。応じたのはフィテロだ。
「お願いですからエイシア様、先に手を出さないで下さいよ。こういう場合、それをしたら負けですから」
「じゃあどうするの! この大バカ王子を!」
「どうしましょうかねぇ」
大バカ王子とは俺だろう。確かにバカだろうけれど、俺にも譲れないものがあるのだ。俺一人で背負って済むのであれば、喜んで背負ってやる。
「いいからさっさと来い! 全員同罪だ! 許されると思うなっ!」
王太子の言葉に俺は唇を噛む。それだけは絶対に避けたい。そう思いながら、口を開こうとした俺の肩に、フィテロが手を置いた。
「隊長、もうちょっとだけ待って下さい」
「待てと言われても」
王太子も将軍もそんなに待てるほど我慢強くない……と思って、二人をチラッと見たら、ニヤニヤ笑い継続中だった。何となく理由を察した。俺たちがなんやかんや揉めているように見えるのが、楽しいのだろう。
「隊長、いいですか。僕らが王都を出た後、王太子たちが出発するまでに、最低でも一日以上の時間は空いていたはずです。でも、僕たちが隊長たちに合流してそう経たずに、王太子たちが現れた。どういうことだと思いますか?」
「どういうって……あっ!」
つぶやきかけて、叫んだ。頭に浮かんだのは地図と……魔物の縄張り。
もし本当に、フィテロたちの姿が見えなくなっても門番たちが見逃してくれていたとすれば、おそらく「帰ってこない」という報告は門が閉まる夜までされないと想像がつく。
王太子たちにその報告がすぐ上がったとしても、夜に出発はできない。諸々準備だって必要だから、早く出発できたとしても翌朝だ。
フィテロたちがいつ出発したのかは知らないが、おそらく朝一に出発したとするなら、確かにどんなに早くても王太子たちは一日遅れの出発になる。
当然、俺やエイシアの元にたどり着く時間だって一日以上空くはずなのに、ほとんど間をおかずに現れた。
その理由が、魔物の縄張りだ。フィテロたちは縄張りを避けてきたため、時間がかかった。けれど、縄張りを気にせずに一直線にここまでくれば、確かにそれだけ時間が短縮できる。
――だが。
「まずいだろう、それはっ!」
縄張りを横切った者を、その魔物が許すはずがない。弱い奴ならまだいい。けれど、ここまで来る途中の、魔物の縄張りといえば。
「ギャアアアアアァァァアァァァァアアアァァァッ!」
声が響く。大きな羽を広げて猛スピードでこちらに飛んで向かってくる。そして、俺たちの前に降り立ったその魔物は。
――魔物の中でも最大級の強さを持つ魔物である、ドラゴンだ。