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南の国境へ

 謁見の間から出た俺は、そのまま真っ直ぐ訓練場に来て、いつものように剣を振っていた。


 エイシアのことが気がかりではあるけれど、婚約破棄されたところで全く気にしていないだろう。破棄じゃなくて同意の上の解消じゃ駄目だったのか、とは思うけれど。「せいせいしたわ!」とはしゃいでいるんだろうなと思いながら、剣を振り続ける。


「ふーっ」


 俺は剣を振る手を休めて、息を吐き出す。一体どれだけ素振りをしていたのか、息は白いけど体は温かい。


「あーっ! 隊長! やっぱりここにいたっ!」


 訓練場に響いた声は、怪しい副官である。国境から戻ってきたばかりで、皆には休めと伝えた。その言葉に逆らってまで訓練するような奴じゃないはずだが。


「どうしたんだ?」

「どうしたじゃないですよっ! エイシア様のことですっ! 婚約を破棄されたって聞いたんですけど、本当ですかっ!?」


 息せき切って走ってきたと思ったら、その話か。というか、むしろこいつはどこでその話を聞いたのだろうか。


「そうらしいな」

「らしいな、じゃないですよ! 知ってたんなら、なんでノンキに訓練場にいるんですかっ!?」

「なぜ、と言われても……」


 いつものことである。むしろ、言いつけを守って毎日サボることなく練習している姿を見せているからこそ、ある程度俺も認められている。それがなかったら、奴隷王子の待遇はもっと悪くなることは、こいつも知っているはずだ。


「エイシア様、家からも勘当されたそうですよっ!」

「……え?」

「たった一人、着の身着のまま南の国境に放逐されたって!」

「……南の、国境?」


 頭に浮かぶのは一つ。森が深く、そこにいる魔物は他のどの国境よりも強い魔物が存在している場所。そこが、南の国境だ。


「っ! な、なんで……っ!」

「そこまでは知りませんよ! ただ、その情報を掴んだだけですから!」


 必死な副官の顔を見て、俺は唇を噛んだ。

 深い森のさらに奥に火山がある。そのせいで、この辺りの雪深い気候とは違い、あの辺りは気温が高めだ。


 ――だから、エイシアの氷の魔法も威力が落ちる。


 そこまで考えて、背中がゾクッとした。

 行きたい。助けないと。

 そう思うのに、俺の足は動かない。俺が好き勝手なことをすれば、この副官を始めとする俺の隊員たちに迷惑がかかることになる。


「隊長っ!」


 だが、副官が俺の肩を強く掴んできた。


「行って下さい。そしてエイシア様を助けて下さい。それができるのは隊長だけです」

「だが……」

「僕たちは大丈夫です。何とでもします。隊長に後悔して欲しくありませんから」

「……こう、かい」


 するだろう、確かに。ここで動かなかったら、エイシアを助けられなかったことを、一生後悔する。けれど、ここで動いたら隊員たちがどうなるか分からない。それもまた、後悔することになる。


「隊長、大丈夫です。僕が何とかしますから。信じて下さい」

「何とかって、どうするんだ」

「秘密です。エイシア様と一緒に戻ってきたら、教えてあげます。だから今は行って下さい」


 そして副官は笑って、こう言った。


「僕はずっと、エイシア様と隊長が婚約すればいいのにって思ってましたよ」


 ポカン、と俺は副官を見た。色々怪しい奴だが、今の言葉はこいつの本心だと分かる。――王太子の婚約者だった女性に対して、何てことを考えてるんだ、こいつは。


「アホか。俺とエイシアは、そんなんじゃない」


 驚きすぎて笑ってしまった。

 こいつが「何とかする」と言っているなら、きっと何とかできるのだろう。立場上は副官で部下だけど、俺にとっては一緒に戦い抜いてきた信頼できる仲間だ。


「――頼んだ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。端から見てると、そうとしか見えないってこと、覚えておいた方がいいですよ!」


 身を翻した俺に、副官の声がしっかり聞こえてしまって、なぜかひどく動揺したのだった。



*****



 俺は自分の馬に乗って走り出した。雪が降っているが、それで怯むような柔な馬じゃない。問題はどうやって南の国境へ向かうかだ。


 もちろん、普通であれば門を通って出て行くのが正攻法である。しかし、俺一人馬を走らせて出て行けば、間違いなく国王や王太子へ連絡が行く。そうなれば、当然副官たちに目をつけられる。


 副官が何を考えているのかは知らないが、そうなるまでの時間は長ければ長い方がいいだろう。


「見つからないようにコソッと行くか」


 何でもやっておくものだな、と笑ってしまう。


 本来なら、いつか俺が自分の扱いに耐えきれなくなって、逃げたくなったときのための道を探して見つけた場所だった。けれど、エイシアや副官を始めとした隊員たちのおかげで意外と楽しかったから、使うことはないかもしれないと思っていたのだ。


 雪の降る街中を、俺は馬を走らせる。


 エイシアと一緒に雪だるまを作った。エイシアが魔法で雪兎を作って、子供たちと一緒に歓声を上げた。エイシアが魔法で何だか分からない物体を作ったせいで、泣き出した子どもを懸命に宥めた。


 思い出がたくさんある街の中を通り過ぎて、俺はあっさり王都からの脱出に成功した。

 そして全力で南に向かう。いずれはバレるだろうが、これまでずっと大人しく従っていたから、副官が何とかしてくれるまで、時間が稼げることを祈るのみだった。


申し訳ありませんが、今週の更新は本日のみとなります。

次回は28日(日)に更新の予定です。

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