VSクルスタロス
俺とエイシア、クルスタロスがにらみ合うこと数秒。最初に動いたのはエイシアだった。
「行くわよ!」
氷の礫を生み出し、放つ。それに対して、クルスタロスも同じように礫を生み出した瞬間。
「剣よ!」
俺の剣が赤く光り、長く伸びる。同時攻撃だ。クルスタロスの目が、わずかに細められた。
生み出した礫を放ち、エイシアのそれとぶつかり、相殺する。同時に、俺の剣を爪で受け止めた。ドラゴンの爪を切り落としたことはあるけど、これを落とすのは無理だと判断。
でも、俺の攻撃手段はこれだけじゃない。
「燃え上がれ!」
叫んだ瞬間、剣に炎が具現化する。それは当然、剣を受けている爪、そして前足にも炎が移っていく。
『…………!』
さすがに驚いたのか、慌てたように下がろうとしたクルスタロスだけど、その隙を見逃すはずもなく。
「行きなさい!」
エイシアが生み出したのは、氷の矢。細く鋭く尖った矢が降り注いだ。そして俺も剣を振るう。再びの同時攻撃。さあどうする、と思った時。
『フム』
クルスタロスの周囲に吹雪が吹き荒れた。猛烈なそれが、氷の矢を蹴散らす。そして、俺の長く伸びた部分の剣が消失した。
エイシアだったら氷の壁を作っただろうけど、あんな風に吹雪を防御に使うのを見たのは初めてだ。そして、強い。
剣が長く伸びるとき、実際に剣が伸びているわけではなくて、剣に宿る火の力が伸びている。だから消されたところで剣を振るえなくなるわけじゃない。でも、俺の意思とは関係なく、消されたのは初めてだ。
あの吹雪をどうやって突破するかと考えたとき、突然クルスタロスが上に飛んだ。地面から氷が尖って飛び出ている。――エイシアだ。
「ああもうっ! 地面からなら攻撃できると思ったのにっ!」
『間違ってはおらぬぞ。避けねばまともに攻撃を受けていた』
エイシアは悔しそうにしているけど、でもクルスタロスの周囲を取り巻いていた吹雪は消えた。俺は走り出した。
「エイシア!」
名前を叫ぶ。それだけで、俺の望んだとおりに吹雪が背中を押してくれる。痛みで全力で走れない代わりに、エイシアの吹雪でスピードを上げる。狙うのは、クルスタロスの着地の瞬間だ。
「はぁっ!」
気合いを入れるように叫んで、全力で剣を横に振るう。着地の瞬間に爪で受け止めるのは無理だろう。口か角か、どちらにしても上手く力を入れることもできない。どう防ぐにしても、俺の有利だ。
――しかし、俺の目の前に現れたのは、大きな氷塊だった。
「なっ!?」
クルスタロスの姿を見失った。剣が氷塊にめり込み破壊したとき、見えたのはクルスタロスの前足、そして爪だった。それらが俺に向かって振り下ろされていた。
「…………っ!」
かろうじて剣で受け止める。けれど、十分に力の乗った勢いを殺しきれず、後ろに吹っ飛ばされる。
けれど、柔らかい何かが受け止めてくれた。それでも背中に痛みが走ったけど、洞窟の壁にぶつけるよりはマシだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして」
思った通り、それはエイシアの雪だるまだった。最近はすっかりクッション代わりにしてしまうことが増えたなと思う。
しかしすぐ意識をクルスタロスに戻す。その力が高まっている。
『やはり、そなたらは強いな。さて、ではこれはどう防ぐ?』
そう言った瞬間、クルスタロスの周辺に……いや空間中に無数の氷の礫が出現した。
「なっ!?」
「なによこれっ!?」
まさに四方八方から氷の礫が襲いかかる。エイシアが氷の壁を張って、防いでくれた。けれど、四方すべてを壁で囲まれているから、クルスタロスの姿が見えない。そして、礫が壁にガンガンと当たる音はずっと続いている。
このままじゃ、ただ負けを待つだけだ。
「セルウス、この礫に対処できる? 全部とは言わないわ。致命傷になりそうなものだけ、たたき落としてくれればいいの」
「どうするの?」
エイシアの真剣な声音に、ただその意図だけ聞き返す。すると、ほんの少しだけ口の端が上がった。
「礫を全部吹き飛ばしてやるわ。そのために力を溜める時間が欲しいのよ。その間、私を守って」
「分かった」
悩まず頷く。できるかできないかは関係ない。エイシアがそう言うなら、やるだけだ。
「言っておくけど、トドメを刺すのはあんたよ」
「分かってるよ。だから、俺自身も同時に守れって言いたいんでしょ」
「その通りよ。分かってるならいいわ」
信用ないなぁと苦笑した。
言われなくても、わざと攻撃を受ける趣味はない。自分に向かってくるものは、当然たたき落とすつもりだ。
「行くわよ!」
「了解!」
エイシアが、氷の壁を解除した。
その途端に襲ってくる礫を、俺は剣を振り抜き、その衝撃で弾き飛ばす。けれど、背中に走る痛みに、顔をしかめた。衝撃を発生させるくらいに強く振り抜くには、今の怪我の状態だと、さすがにキツイか。
それに、礫は四方八方から襲いかかってくるのだ。前方だけ見ているわけにはいかない。
こういうとき、目に頼っては駄目だ。危険のあるものを感じて、最小限の動きで排除する。今求められるのは、そういう動きだ。
フッと息を吐く。地面を蹴って、剣を一閃する。エイシアの後方で、礫をたたき落とした。すぐに横、前と動いて礫をたたき切る。
エイシアは目を閉じている。普段は使わない手に、力が集中している。それを横目に、休まず動く。一瞬の躊躇も許されない。どれだけたたき落としても、礫は次から次へと襲ってくる。少しの判断ミスが、怪我へと繋がる。
「……くっ」
小さく呻いた。左手に大きめの礫が当たった。エイシアに当たるのが先か、俺に当たるのが先か、その微妙な時差を図り損ねた。ただ、俺に当たる礫を優先したら、エイシアの方が間に合わなかった可能性が高かった。
剣を持つ右手に当たりそうになったのを、咄嗟に左手で庇ったのだから、上等か。出血もしているけど、気にしてはいられない。
「はぁはぁ……」
息が切れてきた。さすがに無茶な動きが多い。背中もズキズキして、集中が途切れそうになる。
幸いなのが、クルスタロス自身が動いてこないことだ。これだけの礫だ。それの操作だけで精一杯というところか。動かないなら、俺が直接攻撃に出るという方法もありか、と思ったけど、すぐ諦めた。
これだけの礫だ。クルスタロスにたどり着く前に物量に押し込まれる。ここは、エイシアを信じるべきだ。
そのエイシアはまだ集中している。その手の力は、今まで感じたことがないくらいにまで強まっている。それでも、目を閉じたまま。
まだなのか、と言いたくなるのを堪える。今俺がするのは、礫を落とし続けることだ。
「…………っ……!?」
強い力にハッとした。礫というには大きすぎるものが三発、エイシアに向かってきた。
俺はすぐに前に立つ。礫を立て続けに二つ、切り裂いた。込められている力も、今までの礫とは段違いに強い。でもあと一つだ。剣を振るおうとして……。
――ズキンッ!
今までになく痛みを発した背中に、手が止まった。剣を振るえない。俺の目に、エイシアに向かう大きな礫が目に入る。
「エイ、シア」
足が動いた。剣は振るえなくても、足は動く。まだ間に合う。俺が盾になれば、守ることはできる……。
『言っておくけど、トドメを刺すのはあんたよ』
エイシアに言われたばかりの言葉が、脳裏をよぎった。
『私のせいなのに! 私が、後先考えずに前に進んじゃったせいなのに! なんであんただけが怪我してるのよ!』
崖から落ちたとき、エイシアに言われた言葉。初めて涙を流すエイシアを見た。もしも、今また俺が怪我をしたら、エイシアはどう思うんだろうか。
『死んだりしたら、許さないわよ』
そうだ、怪我じゃ済まない。体一つで受ければ、致命傷だ。運が良ければ生き延びるかもしれないけど、そんな保証はどこにもない。あの時俺はこう答えたのだ。「エイシアがいてくれるから死なない」と。こんな考えだから、エイシアが信用できないんじゃないか。
グッと唇を噛んだ。
「――剣よ、燃え上がれ!」
俺は叫んで、剣を突き出した。剣に礫が刺さった衝撃で足が後退して、背中に痛みが走る。でも、火に包まれた氷は、あっさり溶けてなくなった。
大丈夫だ。まだまだできることはたくさんある。呼吸が苦しい。背中がズキズキ痛む。それでも集中する。
「セルウス!」
後ろから、声が聞こえた。
口元が緩むのが分かった。本当に頼もしいなと思う。「後は任せなさい!」と自信満々な声が聞こえるようだ。
――俺の目の前が、真っ白に染まった。




