氷の守護
走ると背中に痛みが走る。そこから剣を振るとさらに痛んで、剣にスピードも力も乗らない。案の定、魔物は簡単に躱した。
それでも痛みを堪えて追撃しようとしたけど、その前に魔物がその爪を振るってきた。剣で受け止めて……衝撃が走って、痛みに剣を落としそうになる。
何とか両手で持つことで落とすことは避けたけど、魔物の攻撃が止まらない。更なる爪の攻撃にマズいと思ったとき、目の前に氷の壁が現れて、爪を受け止める。
「しっかりしなさい!」
激励なのか叱咤なのか、どちらとも取れる言い方で俺に言ったエイシアは、さらに氷の礫を多数生み出す。魔物に放つけど、避けようとすらせず、当たる直前で全部砕け散った。
「――ああもう、なんなのよ!」
苛立ったエイシアの声だけど、その間に俺は体勢を立て直した。また剣を構える。
『まだやるか?』
「当たり前だ」
こんなあっさりと負けを認めるつもりなんかない。エイシアのおかげで頭が冷えた。怪我をしていないときと同じように動こうとするから、痛むんだ。怪我まで考慮に入れて動けばいい。
「来い」
一言言って、両手で剣を持つ。普段は片手持ちだけど、今はこの方が良い。
人が相手なら「来い」と言ったところで、動くかどうかは半々。魔物なら言わなくても勝手に襲ってくる。こいつは間違いなく動く。俺たちを挑戦者として試している以上、動かないはずがない。
『よかろう』
思った通り、魔物はそう言って、その瞬間には俺の目の前に現れていた。早い。けれど、俺と同じ早さだと思えば、別に意外でもない。
突き出された頭の角を下から弾く。前足の爪が右左と繰り出されるのを、全て弾く。そして一瞬、体ががら空きになった。そのがら空きになった場所を、俺は今できる全力で、剣を振り下ろした。
――パリイイィィィイイィィン
「え?」
剣は、体に当たらなかった。その代わり、何かが砕けるような、軽い音がした。魔物を見ると、その周囲に小さく光る何かが下に落ちていくのが見えた。
『我の体にかかっている氷の守護だ。氷の攻撃に対しては絶対の防御を誇る代わりに、他の属性の攻撃を受けると、一撃で砕け落ちる』
俺の疑問に答えるように、魔物が解説を始めた。
『挑戦者に氷の魔法しか使う者がいなければ、そもそもこの防御は発動させない。だが、その剣には火の力が宿っているからな。発動させていたのだ』
「……そういうことか」
エイシアの氷の魔法が通じなかったのは、その氷の守護のせいか。それが、俺の剣が当たったことで砕くことができた。考えてみれば、魔物は俺の攻撃は全て避けていた。……つまり、最初からエイシア一人で勝つのは不可能だったのだ。
チラッとエイシアを見ると、思った通りムカッとした顔をしていた。
「――まあいいわ。ようするに、これからは私の魔法も効くってことでしょ」
『そうやすやすと食らってはやらぬがな』
まだちょっと怒り気味だけど、気を取り直したエイシアの言葉に、魔物は楽しそうに言い返す。
『さて、まだ名乗っていなかったな。――我が名は、クルスタロス。この氷の聖域を守り、結晶を授ける者。我を見事退け、その手に氷の結晶を得ることができるかどうか。挑戦者よ、その実力を示してみよ』
「何よそれ」
「今さらそれか」
これまで散々戦ってきて、今さら「実力を示せ」か。さすがにそれはひどい。でも、魔物……クルスタロスにとっては、氷の守護を砕いてやっと、本番だということか。
文句を言っても始まらない。これで、エイシアも存分に力を振るえる。
確かに、ここからが本番だ。




