伝説の話
一度は完結したこの話ですが、続きをふと思いついたので投稿させて頂きます。続き部分は全10話。毎日投稿していきます。
「すごいわね」
「ほんとに。ここまで雪と氷だけになるんだ」
氷の巨人と戦った街から、さらに北へと出発した俺とエイシア。予想した通り、人が住んでいる街は一切見つからず、そもそも人の姿を見ることもなかった。
出発して最初のうちは、まだ木々も見られた。
魔物にも襲われた。毛皮の分厚い魔物が多くて、剣が通りにくくて戦いにくかった。さらには寒冷地に住む魔物だからか、エイシアの魔法も効きにくかった。……それでエイシアが、すっごい不機嫌になったけど。
そこからさらに北上していくと、それらの木々もなくなって、魔物に遭遇することすらなくなった。代わりに俺たちの足を阻んだのは、続く悪天候だ。
けれど今、珍しく晴れて青空が見えている。日が反射して、眩しいくらいだけど、悪天候だったときには全く見えなかった遠くまで、景色が見える。どこまでも続く氷原だ。
「この景色を見れただけでも、ここまで来た甲斐があったね」
「ええ、そうね」
俺とエイシアと、二人でただ景色を眺める。きっと、こんな景色を見たのは、俺たちが初めてだろう。……いや、絶対にいないとは言えないけど。それでももう、十分すぎるくらいだ。
「さてと、じゃあエイシア」
「そうね、行くわよ!」
戻ろうか、と言おうとした俺に、エイシアは全く真逆のことを言って、先へと進もうとする。俺はそれに慌てて待ったをかけた。
「ち、ちょっとエイシア、まだ行くつもり!?」
「当たり前でしょ! 行かないつもり!?」
「ここまで来るのだって大変だったんだ。戻ることを考えるなら、もう引き返すべきだと思う」
一番の問題は食糧だ。一応、保存食はまだ余裕はあるけど、この場所では現地調達ができない。植物も生えてなければ魔物もいない。保存食頼みだ。悪天候で足止めされる可能性が高い以上、余裕があるうちに戻らないと、食べる物がなくなる。
エイシアだって、その程度分かっているはずだ。興味本位だけで先へ進んでいいわけじゃない。
俺の言葉にどう思ったのか、エイシアが目を伏せた。
「……そう、なんだけど」
エイシアらしくなく、迷うような声。けれど、意を決したように顔を上げた。
「分かってるけど、あと一日。一日だけ、先に進みたいの。そうしたら、戻るわ」
「何かあるの?」
どうやらただの興味本位だけではなさそうな様子だ。理由があるなら、それを聞きたい。
「多分、なんだけど。この進んだ先に、氷の結晶がある感じがするのよ」
「……氷の結晶?」
初めて聞く単語だ。聞き返した俺に、エイシアは「伝説なんだけど」と前置きして、話し始めた。
「魔女が使う魔法を強くする結晶が、この世界のあちこちにあるっていう話があるの」
女性のみが持つ魔力。その魔力を使って使う魔法。それぞれに使える属性の魔法があって、エイシアは氷を使う「氷の魔女」だ。
俺たちが住んでいた雪深い国なんかだと、氷の魔女は生まれやすい。逆に暑い地域なんかだと、「火の魔女」が生まれやすいらしい。絶対ではないけれど、地域によって生まれる魔女は大体決まっている。
「他の地域に行くと、魔女の力は落ちるでしょ?」
「うん、そうだね?」
当たり前に分かりきったことを口にしたエイシアに、なぜ今さらそんなことを言うのか分からず、俺は疑問形で答える。
エイシアの氷の魔法は、暑い地域に行くと威力が落ちる。だから、こうして北へ北へと向かってきたとも言える。
さっき言ったように、寒冷地に住む魔物は氷の魔法に強い。逆に、暑い地域の魔物には効果は強くなる。けれど魔法というのは、周囲の自然から恩恵を受けてもいるから、やはり氷や雪のある地域にいた方が、力が強い。
「結晶はね、他の地域に行ったときに受けられない自然からの恩恵の、代わりをしてくれると言われているの」
「そんなのがあるのっ!?」
つまり、暑い地域に行っても、その結晶があれば力が落ちないということだ。それがあれば、俺も気にすることなく色々な場所へ行くことができる。――けれど。
「……本当にあるの、それ?」
エイシアは「伝説」だと言ったのだ。つまりは、存在すら危ういんじゃないだろうか。エイシアと知り合ってから、俺も魔女について大分勉強したつもりだけど、結晶なんてものの記述を読んだことがない。
「あること自体は確かみたいよ。知られていないのは、それを手にしようとして命を落とす人が多かったかららしいけど」
「でも、エイシアは知ってたんだよね?」
結晶はまさに魔女のためのものだ。肝心の魔女がその情報を知っているのなら、情報統制する意味がない。
「手にしようとしたのが、魔女じゃないからよ」
「……なんで?」
「結晶を手に入れて、それを魔女に売りつけようとしたとか、言うことを聞かせようとしたとか、そんな理由らしいけど」
「……うわぁ、馬鹿じゃないか」
「ほんとだわ」
そんな理由で手に入れようとして、命を落としたわけか。いや、そういう理由が伝わっているということは、ギリギリ死ななかった人もいたのかもしれない。どっちにしても、馬鹿な話だ。
「まあそんなわけで、結晶の話は魔女に言い伝えられるだけになったの。とは言っても、どこにあるのかとかはさっぱりなんだけどね。ただ、氷の結晶というくらいなんだから、氷の中にあるんじゃないか、とは言われてて」
エイシアは景色を見る。……いや、多分、そのもっと先を。
氷の中。確かに納得できる。どこまでも続く氷と雪の世界。本当に氷の結晶があるのなら、こんなにふさわしい場所はないと思う。
「それが、あと一日くらい行った先にあるってこと?」
「ええ。……たぶん」
エイシアは自信なさげだ。伝説の話にしか過ぎないんだから、それもしょうがない。それでも、俺には分からない何かを感じているんだろう。
「分かった。じゃあ、行こう。一日と言わず何日でも、見つかるまでさ」
食料問題が解決するわけじゃないから限度はあるけど、それでもギリギリまで粘れるだけ粘りたい。かつて、エイシアは暑い地域に放逐された。またあんな場所に行くことがないとも言えない。そんなとき、補助してくれるものがあるのなら、心から欲しいと思う。
……と思って言ったのに、なぜかエイシアの目がつり上がった。
「はぁっ!? あんたバカなの!? 正気!?」
「いや、行きたいって言ったの、エイシアじゃないか」
「私は一日って言ったのよ。何日もなんて言ってないわ。大体、本当にあるかどうかも分からないのよ」
「あるよ」
怒るエイシアに、俺は言った。
「エイシアがあるって思ったんなら、絶対にあるよ」
俺はエイシアを信じてる。エイシア自身も、魔女としての力も。だから、いつもみたいに自信満々にしていればいいんだ。
「――本当に、あんたってバカだわ」
「そうかもね」
視線を逸らせるエイシアに、俺は笑う。別に馬鹿だってなんだっていい。エイシアの力が強くなるなら、それはエイシアの安全にも繋がるから。
「ほら行くわよ。晴れてるうちにできるだけ進みましょ」
「うん」
視線が逸れたまま、照れ隠しのように言ってズンズン先に進むエイシアの後を、俺はついていったのだった。




