氷人形
翌日、俺たちは街に繰り出した。
「確かにこれは人の手によるものじゃないわね。だからといって自然災害なんかでもなさそう」
「これ、昨日の巨人の魔物が手で殴ったとするなら、すごく納得のいく壊れ具合だ」
カーテンの影で見た魔物の大きさから推測すると、建物の壊れている部分は、魔物が上から下に手で殴るとちょうど合う場所が壊れている。
そんな感じの建物が数軒ある。けれど、何ともない建物の方が圧倒的に多い。昨日も何もなかったようだし、むしろ壊された建物に何か原因があったのだろうか。
「ちょっと早いけど、行ってみようか」
「そうね」
このまま街の中を見ていても、ただ推測だけを重ねてしまいそうなので、俺たちは警備隊の詰め所に足を向けた。昼前というにはまだ早いけれど、隊長さんの時間が空くまで待てばいいだけだ。
そして行くと、出迎えてくれたのはその隊長さんだった。
昨日酔っ払っていたけど、記憶がないなんてことはないようだ。そのまま一室に通されて、隊長さんは「ロハゴス」と名乗る。そして、俺たちの名前を聞く様子もなく、いきなり本題に入った。
「昨日、見たか?」
二人で頷く。カーテン越しだけど、あれは「見た」でいいだろう。そして、エイシアとも話をすり合わせて、推測したことを話した。
「おそらくですけど、二本の足で歩く人型の魔物。でも相当な巨体ですね。二階の宿から胴体と腕が見えたから、人間の三倍から四倍ほどの高さはあるんじゃないかと思いました」
すり合わせとはいっても、お互いの意見は完全に一致していた。ロハゴスさんが感心した顔をする。
「ほぉ、そこまで見抜いたのか。やっぱりあんたたち、魔物との戦い経験あるな? それも相当な腕だろう」
「い、いや、それほどじゃ……いてっ」
推測は当たってたみたいだけど、その後のなぜか高い評価に慌てて否定する。と、エイシアに頭を叩かれた。
「気にしないで下さい。こいつ、自己評価が異様に低いので。ドラゴンを倒したことだってあるんですよ?」
「マジかっ!?」
「ちょっとエイシア、倒したって言ったって、エイシアやみんなの力だって借りたのに」
突然前のことを話し出したエイシアに、俺は慌てた。わざわざ話すことじゃないし、過剰な期待をされても困るのだ。けれど、エイシアがビシッと俺を指さした。
「確かに、私はちょっと手伝ってあげたけどね。"みんな"って誰?」
「え……」
「他のみんなは、見てただけでしょ。それとも邪魔してきたあいつを言ってるつもりじゃないわよね?」
「あ、いや…………ごめん、何でもない」
「分かればいいのよ」
国にいた頃の、フィテロを始めとする仲間の顔が浮かぶ。そういえば、何も言わずに出てきてしまったけど、どう思ってるんだろうか。ちなみに、邪魔してきたあいつとは、将軍のことだ。
確かに、力を借りたのはエイシアだけだった。でも、俺一人の力だけじゃないのは確かだ。
「いや、誰の力を借りたっていい。ドラゴン倒すって相当だぞ?」
ロハゴスさんは妙に興奮している。気持ちは分からなくはない。ドラゴンは魔物の中では最強と言われている。それを倒した人がいると聞けば、それが他人なら素直にすごいと思う。
……自分のことだと思うと、そう思えないのだけど。
「頼むっ! 力を貸してくれっ!」
「……とりあえず、話を聞きたいんですけど」
力を貸すかどうかは、それからだ。
*****
あの魔物は、氷の巨人らしい。俺たちの推測通り、二本足で歩く巨体の巨人。
名前の通りに体が氷でできていて、剣や弓はまともに通らない。多少の魔法も簡単に弾かれる。
「火はどうなんですか?」
「火の魔女がいないんだよ」
「……なるほど」
魔法を使える魔力を宿すのは、女性だけだ。なぜなのかは分からない。人それぞれ使える魔法は様々で、火の魔法を扱う女性を"火の魔女"と呼ぶ。
けれど、こうした使える魔法というのは、生まれた場所や季節に寄ることが多い。氷や雪の多いこの場所で産まれたなら、扱える魔法もそれに準じるものになるだろう。
「あまり目や感覚が鋭い魔物じゃないから、建物の中で息を潜めてしまえば見つかることはないんだ。けどな」
ロハゴスさんは悲痛な顔をした。
例えば興味本位で窓から外を見てしまうなど"動く"ものには反応する。さらには、何も分からない赤子だったり、小さい子どもが恐怖に耐えきれずに泣き出してしまったりしたとき、その声にも巨人は反応する。
そうして反応した巨人が壊したのが、あれらの建物だ。建物の住人がどうなったかは聞かなかった。そんなもの、ロハゴスさんの顔を見れば分かる。
とにかく人的被害が出てしまった以上、放ってはおけない。国からの応援も来て氷の巨人と戦ったそうだが、結局ダメージらしいダメージは与えられなかった。この国に多くいる"氷の魔女"だが、氷の巨人に氷の魔法は効果がなかったらしい。
ちなみに、この話のときにエイシアがムカッとした顔をした。ああこれはもう、戦う流れになるなと思いながら、俺はさらに質問した。
「氷の巨人なんて魔物、これまで聞いたこともありませんでした。この地域特有の魔物なんですか?」
元々人型の魔物自体、そういるわけじゃない。ドラゴンと同程度の強さを持つ魔物なら、もっと知られていてもいいはずだと思う。
「色々昔の資料を調べて分かったことなんだがな。昔いた研究者の一人が、最強と言われるドラゴンに対抗できる手段を模索して、あの巨人を生み出したらしい」
「……なぜ?」
ドラゴンは滅多なことじゃ人を襲わない。俺たちが戦う羽目になったのは、巻き込まれたに近い形だ。わざわざ対抗手段を用意する意味なんかないのだ。
「理由なんぞ知るか。知り合いの研究者に聞いてみたら、"対抗したいと思ったのなら、その手段を作るのが研究者だ"と大いばりされた」
「必要ないですよね?」
「いるいらないの問題じゃないらしいぞ」
俺は肩を落とした。分かるような分からないような、分からなくていいような。いらないのになぜ作る必要があるのか、全く理解できない。
「つまりだ、あの氷の巨人はドラゴンを倒すために人が設計した氷人形だという結論に達した。だが、資料では結局起動しなかった、とあった」
研究者が存在したのは昔の話だ。けれど、氷の巨人が動き出したのは数ヶ月前らしい。この差は何なんだ、という話になる。そこで口を挟んだのは、エイシアだった。
「人形は作成者がいなくなったあとも動けるように、自然界からエネルギーを吸収してると聞いたことがあるわ。つまり、動けるだけのエネルギーの吸収を終えたということじゃないの?」
「ああ、同じ結論に至ってる」
ロハゴスさんも重々しく頷いた。けどそれって最悪な状況だ。何せ、相手はドラゴンを倒せる力を持った氷人形だ。
「ということでだ、頼む、力を貸してくれ」
「任せなさいっ!」
俺の意見を全く聞くことなく、エイシアがロハゴスさんの頼みを受け入れてしまった。やっぱりなぁと思いつつ、攻撃手段やその他戦って気付いたことなどないか、確認していくのだった。




