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重なる交流

 二度目の出会いも、雪の降る日だった。



*****



 俺の母親は奴隷の身分だった。そんな母が国王である父の子を宿し、俺が生まれた。

 王子として役に立てと言われている俺は、雨だろうと雪だろうと、剣を振ることを止められない。止めることを許されていない。


 そんな俺は軍に所属している。今のところただの一兵士だけど、一応王子であるからか、軍のトップである将軍に目をつけられている。とは言っても、あまりいい意味じゃない。


「一般街の巡回に行ってこい」


 呼び出されて何の説明もなく告げられた命令に、俺はただ頭を下げて受けた。別に初めてじゃない。こういう寒い日になると、将軍は俺に街の巡回を命じてくる。ニヤニヤ笑っているからただの嫌がらせだろうけれど、それを拒む権利は俺にはない。


 それでも、王子の俺を一般街の巡回という仕事に出すからには、一応の体裁が必要らしい。


 街は貴族街と一般街に別れていて、貴族街は高級街で綺麗に整えられていて、治安もいい。将軍が直に率いる精鋭部隊は、この高級街の巡回しかしない。


 それ以外の兵士が一般街を巡回するわけだけど、それだと信頼できないから王子の俺が見回っている、ということになっているらしい。つまり名目上は、俺自身の意思で行っていることになっている。


「まあ別に構わないんだけどね」


 つぶやきながら、一般街を歩く。精鋭部隊より普通の兵士たちの方がよほど信頼できる、なんてわざわざ言うことじゃない。それに、街中を歩くのも嫌いじゃない。俺のような赤髪は目立つけれど、貴族街の人たちよりは嫌悪の視線を向けられることはない。


 巡回というよりはただの散歩をしながら、一般街の中でも貧しい人たちが暮らす地域に差し掛かったときだった。子供たちの楽しそうな声が聞こえて、何となくそっちに足を向けた。


 すると、そこにいた一人の女の子と、正面からばっちり目があった。目立たない服装で、頭からローブを被っていたけど、すぐに分かった。


「……何やってんの」

「なんであんたがここにいるのよ!」


 俺のつぶやきとその子の大音量が被った。その子は、王太子の婚約者になったはずの女の子、エイシアだった。なぜか子供たちと一緒に雪だるま作りをしている。


「息抜きよ!」


 聞いてもいないことを彼女は言い張って、そして子供たちに手を引っ張られて、雪だるま作りを始めた。小さい子供たちと同じような笑顔を浮かべているのを、何となく眺めていたら、俺の手が引かれた。


「おにーちゃんもいっしょにあそぶ?」


 一応仕事中だけど、と思ったけど、小さい子の無邪気な笑顔を見ると断りにくい。結局、これも仕事の一種だと割り切って、一緒に遊ぶことにした。初めての経験ですごく新鮮に思いながら、彼女に問いかけた。


「で、何してるの?」

「いいじゃない、別に」


 フイッとそっぽを向いた彼女は、両手を上に掲げた。すると、雪の降り方が強くなった。


「うわぁっ!」


 俺の方は見ず、歓声を上げる子供たちを見ながら、彼女は言った。


「あんたが、氷じゃなくて雪が好きって言ったから!」

「え?」

「そうしたら、みんなが雪が降ると嬉しそうにしてるのに気付いたの! だから私は決めたのよ! 氷じゃなくて雪の魔女になるって! どうせ見るなら、喜ぶ顔を見たいじゃないっ!」


 そう言う彼女の声は自信に満ちていた。子供たちの笑顔を嬉しそうに見ていた。それが、俺にはとても眩しく感じられたのだ。



*****



 それからしばらくして、俺は兵士から隊長に昇格していた。単に"王子だから"というのが理由だと、はっきり言われた。そして、隊長になったのだから、隊を率いて魔物の討伐をしてこい、と国境への遠征へ行くようになった。


 戦いは基本的には男の仕事だ。けれど、国境の森や荒野などに出る魔物の中には、武器が通じにくい相手もいる。そのため、"魔女"の同行を求めることも多い。そんなとき、エイシアが一緒に来てくれるようになった。


 魔法を使うための魔力を持って生まれるのは、女性のみだと言われている。なぜなのかは分かっていない。男性にも持つ者が出るという話もあるが、噂の域を出ていない。


 魔法には様々な属性が存在している。生まれの場所とか季節とか、そういったもので扱える属性が変わってくるらしい。エイシアの持つ属性は氷だから"氷の魔女"と呼ばれる。雪の多いこの国では、比較的生まれやすい属性だ。


「よろしくっ!」


 俺の顔を見て、彼女は自信満々に笑った。こうして、俺がエイシアと顔を合わせる機会が一気に増えた。



*****



 エイシアは優秀な魔女だった。幼い頃から将来を期待されていたけれど、その期待のままに順調に強くなったと言っていい。


 "雪の魔女になる"と語ったエイシアだけど、魔物を相手にするときに使うのは氷だった。その方が威力もあるし、攻撃手段も多いから。皆の喜ぶ顔を見たいなら、まずは生き残らなければならないから。


 けれど、俺たちを相手にするときは、いつも"雪の魔女"だった。これは、野営したある日のこと。


「戦ってばかりじゃ、あんたたちダメ人間になりそうだからね! 私から特別サービス! 雪まつりをしてあげるわ!」


 腰に手を当てて、自信満々に言い放ったエイシアだけど、俺たちは目の前の光景に呆然とするしかなかった。声も出ない俺たちに、エイシアはさらに言った。


「なぁに、感動して声も出ないわけ? いいわよ、存分に心の中で私に感謝しなさい!」


 俺は大きくため息をついた。他の皆が恐慌状態に陥る前に、俺は告げなければならなかった。


「エイシア、魔物の像は怖いから止めて」


 そう。目の前にあったのは、戦ったばかりの魔物と同じ姿をした雪像……がたくさん。大きさもそのままである。まだ日が暮れる前で良かった。夜にこんなものを見たら、阿鼻叫喚になる。


「雪なんだからいいじゃないの!」

「雪でも怖いものもあるんだよ」

「……しょうがないわねっ!」


 非常に不満そうに言って、魔物の像は崩れた。それを見て、あちこちで大きく息が吐かれるのが聞こえた。やはり相当緊張していた兵士がいたみたいだ。


「全く、軟弱なんだから!」

「俺たちを楽しませてくれるつもりがあるなら、もうちょっと考えてくれ」

「そんなこと言ったって! 想像だけで作れるほど、私は器用じゃないわよ!」

「……うん、それは知ってる」


 実に器用な魔法の使い方をするエイシアだけど、魔法ほど本人は器用じゃない。彼女がお手本なしに作れる雪像は、雪だるまと雪うさぎだけだ。それ以外のものを作って、子どもたちにガン泣きされたのはつい最近である。


 だからといって、魔物をお手本にしないでほしかった。


「じゃあ、せっかくだから、皆で遊ぼうか」


 元魔物姿の雪像である雪山の近くに寄って、雪球を作る。それをエイシアめがけて投げた。


「いきなり何するのよっ!」

「さすが、避けた」

「女性に対しての礼儀がなってないわよ!」

「女性って誰だっけ」


 言い合いながら、雪球を作っては投げる。それを見て兵士たちも参戦しだした。みんなが笑って、次々に雪球が投げられる。――が。


「待てっ、なんでみんなエイシアの味方するんだっ!」

「女性にいきなり雪球を投げた隊長へのお仕置きです!」

「うわっ、まてまてっ!」


 俺の副官をやっている奴がビシッと俺を指さして、雪球が一斉に投げられた。多勢に無勢。俺が雪まみれになって倒れるまで、そう時間は掛からない。


「悪は倒れたわ!」


 エイシアの意気揚々とした声が響き、兵士どもが唱和するのが聞こえた。誰が悪だ、とツッコみたくても、口の中に入った雪がそれを許してくれない。

 俺がまみれている雪に苦戦している間に、エイシアは俺を無視して次のステージに突入させていた。


「今度は二チームに分かれて雪合戦よ!」

「「おおーっ!」」


 ノリの良すぎる兵士たちに、誰か俺の心配をしろよと思う。誰も助けてくれない中、何とか雪の中から抜け出して雪合戦を眺める。


 チーム分けは適当なんだろうが、その割にはしっかり連携を取っている。

 投げられる雪球を躱して、あるいは受け止めながら、相手チームの動きを予測して隙を探し、時にはフェイントをかけながら、当てられるように工夫している。


「案外これ、訓練になるんじゃないかな」


 魔物との戦いは集団戦である。兵士たちの連携がモノを言うのだ。ただ個々人で武器の扱いを練習しているだけでは、魔物とは戦えない。……と言うと、説得力がないといつも言われてしまうけど。


「問題は、遊んでいるようにしか見えないってことだよな」


 まあ、実際に遊んでいるんだが。少なくとも城内の練習場でこれをやるのは駄目だろう。


 ちなみに、「じゃあ外に行きましょう」という副官の提案で、わざわざ街の外へ行って雪合戦をするようになった。「何やってんだろうなぁ」という俺のつぶやきに、「隊長が言い出しっぺです」と副官にツッコまれたのだった。


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