隣国からの手紙
「はぁ……」
「あんたはいつまでため息つくのよ」
「だって……」
俺たちは街に戻ってきていた。
逃げるのはいいけど、倒した魔物の素材を取れない。だから、別の魔物を探して倒して持ってくる必要があるのが、面倒だ。魔物の数を減らすという意味では、悪くないのだろうけど。
女将さんに声をかけて宿に入る。好意で一人一部屋使わせてくれているんだから、本当に贅沢だ。
「……あの名前いやだ」
「私は気に入ってるわっ!」
「……エイシアのどこが"姫"なのか不思議……いてっ」
叩かれた。まあ、貴族なのだから"姫"でも絶対に間違いじゃないけど、どう見てもエイシアを"姫"というには無理がある気がする。それを言えば、また拳が振ってくることが分かるから、言わないけど。
「セル君、シアちゃん、ごめんね~。手紙が来てたの、渡すの忘れてたわ~」
女将さんの声だ。本名を名乗るのはさすがに躊躇ったので、簡単だけど偽名を使わせてもらってる。
こちらが返事をする間もなく、手紙は扉の下から差し入れられて、パタパタと走り去っていく音が聞こえた。差し入れられた手紙を手に取るけど、差出人は見るまでもなく分かりきっている。俺たちに手紙を送ってくる奴は、一人だけだ。
「副官からね」
「うん」
エイシアに頷いて、手紙を取り出す。広げて、その最初に書かれた挨拶に吹き出した。
『赤の魔剣士様、銀の雪姫様、如何お過ごしでしょうか』
「だから、どこでその情報を、仕入れてるんだよっ!」
かつての副官が怖い。これが本来第二王子が持つべき情報収集力なのだろうか。俺には絶対に無理だ。叫んでガックリと項垂れた。
「この国に立ち寄った人たちから手当たり次第に話を聞けば、結構な確率で私たちの話が聞けるわよ。難しくも何ともないわ」
エイシアがサラッと言って、手紙を手に取る。顔がちょっと嬉しそうになったのは、絶対に"銀の雪姫様"のところだろう。けれど読んでいくうちに、表情が真面目なものになっていった。
「ついに、この国が隣国の軍を受け入れるって話になったようよ。それで、隣国の第二王子殿下が軍を率いて来るみたい」
「そうか、ついに」
どういう条件を突きつけたのか知らないけれど、それを拒否できない状況になっていることを、ようやく国王たちも気付いたってことか。
「実質上の、併呑?」
「そうみたいね。でも珍しくないわ。魔物に対抗できなくなれば、滅びるしかない。他国の傘下に入るだけなら、良い方よ」
「そうだね」
少し複雑な気持ちはあるけれど、今の状況から考えれば、良い方向に話が進んだと思うべきだろう。もうこの国の中だけでの立ち直りは無理だから。
「で、私たちのことを迎えに行きますって書いてあるけど、どうする?」
「……本気で? 併呑した国の第二王子なんてもの、内側に入れたら余計な諍いが起きるんじゃないかな」
別れるときの、副官の真剣な表情を思い出す。あの時冗談を言っていたなどとは思わないけど、それでもやはりリスクは高いと思う。
「あんたが冷遇されたって事実があれば、同情されることはあっても敵対はされにくいんじゃない? それに多少のリスクがあったとしても、あんたほどの剣の使い手を見逃すのは惜しいんでしょ」
そうだろうか。確かに、強い方だとは思う。でも、まだまだ上はいると思う。俺の場合、小さい頃から毎日休まず剣を振り続けてきた。だから強くなっただけであって、才能と呼べるものはない。
「で、あんたはどうしたいの?」
エイシアの問いに、瞬きをして見返した。
「エイシアはどうしたい?」
「あんたと一緒に行くわ。だから好きに決めて」
「いやいやいや」
それじゃ駄目だ。一緒に来てくれるのは嬉しいけど、エイシアにはエイシアのやりたいことをやって欲しい。王太子の婚約者をやってた頃みたいに、やりたくもないことを押しつけられて氷の表情をして欲しくない。
「私はあんたと行くわ。あんたが私の味方でいてくれたように、私だってずっとあんたの味方なんだから」
「エイシア……」
驚きは、なかった。
初めは王宮で出会って、二度目は街の中で出会った。三度目からは、辺境へ向かう遠征のとき。何が俺たちを繋いだのか、考えても分からない。
でも、エイシアが一緒にいることは、自然で当たり前のことだと俺が感じているように、エイシアもそう感じているのだろうか。
俺は目を瞑った。思い出すのは、エイシアと出会う前のことだ。それからずっと、きっと心の中にくすぶっていた。
「エイシア、今からちょっと出かけよう。そこで話したい」
「ええ、いいわ」
帰ってきたばかりなのに、疲れも見せないエイシアは、元気に立ち上がったのだった。