表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/35

二つ名

 この国に来る人が激減したと言っても、ゼロにはならない。通行ルートとして確立されているから、通らないという選択をすることが難しい人たちだって多いはずだ。


 そう思って、ルートを通る人を助けることをメインに戦おうと考えたのだが、正解だったようだ。



 俺は剣を抜き放ち、近くにいた魔物を一刀両断する。犬型の魔物だ。一体一体はそう強くないけれど、群れで行動する魔物。こういう相手こそ、軍という大人数で相手取って欲しいけど、それを言っても意味がない。


 一体を倒し、そのまま地面を蹴って急激に方向転換して、二体目を倒す。さらに飛びかかってきた三体目を倒した。ざっと目算して、残りは十体ほどかと当たりをつける。結構大きな群れだ。


 現れるなり三体倒したからか、さすがに目立ったか。魔物たちが警戒するように唸って俺を見る。けれど、それでいい。襲われていた人たちはこれで逃げられる。


 魔物たちが体を前傾姿勢にして飛びかかってこようか、という瞬間に、俺の方から飛び出した。完全に虚を突かれたか、動きを見せないままに、俺は一体を葬る。体をひねってもう一体……と思ったら、そうはいかなかった。躱される。


 同時に、俺の背後から魔物数体がその牙で噛み付こうとしてきた。


「残念、そうはいかないわよ」


 エイシアの声と共に、俺の背後で吹雪がふいた。「ギャン」という悲鳴が聞こえて、魔物が飛ばされるのを、視界の端に捉える。


 背後の心配はいらない。先ほど攻撃を躱された魔物に狙いを定める。剣が赤く光り、振り抜く。発生した衝撃波が魔物を捕らえて、倒す。さらに追い打ちをかけようとした時だった。


「ま、まけんしだっ……!」


 その声がしたのは、数十人のグループからだ。まだいたらしい。さっさと逃げてくれと思いつつ、魔物に迫り、一体倒す。


 俺の後ろから飛びかかってきた奴らは、突然現れた雪だるまに押しつぶされた。もちろんエイシアだ。戦う場に可愛いものを出さないでと言っているのに、聞いてくれない。


 エイシアはよほどの事態にならない限り、氷を使わない。雪だけだ。「あんたに必要ないでしょっ!」と言われるけど、本当のところは、氷を使ってそこから正体がバレることを警戒しているんだろう。

 王太子の婚約者をやっていたこともあって、"氷の魔女"は有名だから。


 どうしても氷に比べると、攻撃手段も攻撃力も落ちてしまう雪だけど、それを補うように雪だるまや雪兎を出すようになった。


 だけど、それで押しつぶすのはいかがなものだろうか。これを街で子供たちと遊ぶときに作って見せているのを見ると、すごく複雑になる。助かっている部分もあるから、強く言えないのが難しいところだ。



 そうして、俺とエイシアは何とか魔物を倒し終える。俺は、フーッと息を吐いて剣をしまうと、助けたグループから誰かが俺の方に向かって歩いてきているのが見えた。

 結局逃げなかったらしい。エイシアも俺の隣に来て、彼らが俺の目の前に立つ。


「助けて下さり、誠にありがとうございました。魔剣士様」

「……まけんし?」


 初めて聞く言葉を、そのまま聞き返す。エイシアは知っているのかなと思ってチラッと見るけど、不思議そうにしているだけだ。


「はい。昔の話ですが、剣で魔法のような現象を引き起こす者を、そう呼んでいたことがあったそうです。その者は黒髪で黒の魔剣士と呼ばれていたそうですので、さしずめあなた様は"赤の魔剣士"でしょうか」

「……は?」


 なにその恥ずかしいネーミング。……と思ったら、エイシアが身を乗り出してきた。


「へぇ、カッコいいわね!」

「え、カッコイイの?」


 俺をからかうつもりか、と思ったけど、そんなんじゃなさそうだ。目が輝いて嬉しそうだ。


「ありがとうございます。お二方のおかげで、大変助かりました。よろしければ、お名前を伺いたいのですが」


 それはちょっと勘弁だ。一応、宿で使ってる偽名があるから、それを名乗るしかないかなと思ったら、エイシアがフッと笑った。


「名乗るほどの者じゃないわっ!」

「…………」


 左手で長い髪の毛をファサッと靡かせて、胸を張って自信満々に言ったのを、俺は呆れて見た。確かにあまり名前を教えたくないけど、その妙な仕草はいらないと思う。

 一方で、グループのリーダーらしい人はどう思ったのか、何かを考える顔になった。


「左様でございますか。であれば、これ以上伺うのも失礼に当たるというもの。そうですね、では……」


 そこでいったん言葉を切って、俺を見て、次いでエイシアを見る。そして、なぜか頷いた。


「赤の魔剣士様、そして銀の雪姫様に助けられたご恩は、決して忘れません。ありがとうございました」


 また訳の分からない単語が出てきた。っていうか、もしかしてそれって、エイシアのことなんだろうか。雪を使ったし、銀髪だし。


「ぎんの、ゆきひめ……?」

「はい、あなた様をそう呼ばせて頂くことに致しました」

「そう……。うん、いいわねっ!」

「え、いいのっ!?」


 俺からしたら、恥ずかしいネーミング第二弾でしかないんだけど。正直、今からでも名前を名乗って、やめて欲しいんだけど。リーダーらしい人の言葉に、エイシアは喜色満面だ。


「気に入って頂けて嬉しく思います。これから行く先々、また子孫代々にお二方の名前を語り継がせて頂きたいと思います」


 いやいやそんなの大げさ、と思ったけれど、真面目すぎるその顔に言うことができなかった。



*****



 こうして、俺たちは恥ずかしすぎる呼び名……こういうのを二つ名というんだろうか。それで呼ばれることになってしまった。


 本当にあちこちに噂が広まっているらしく、そう呼ばれることが増えた。今も魔物に襲われた人を助けて、戦っているんだけど。


「赤の魔剣士だっ!」

「銀の雪姫もいるっ!」


 聞こえた言葉に、足が滑りそうになった。勘弁してくれと思うのに、エイシアはまんざらでもなさそうな顔だ。「カッコイイじゃないっ!」と胸を反らせて言えるのが羨ましい。


 問題は、魔物を倒し終えた後だ。俺たちが戦っている間に逃げてくれればいいのに、そうしてくれない。そして、必ず俺たちに近寄ってきて、「赤の魔剣士様、銀の雪姫様、ありがとうございました」と言われる。


 相手はお礼を言いたいだけなのは分かるけど、俺は恥ずかしくて嫌だ。だから、全部倒し終えると、俺はエイシアの側に急いで駆け寄る。


「逃げよう、エイシア」

「なんでよ、いいじゃない。何かくれるかもしれないわよ」

「いいから逃げよう」

「……しょうがないわね」


 ジトッと俺を見て、結局俺の希望を叶えてくれるエイシアが右手を動かすと、突然吹雪が起こった。


「――っ!?」

「……! ……っ!」


 相手が何か言ってるようにも思うけど、そんなのを気にしてはいられない。吹雪が俺たちの姿を隠してくれている間に、さっさとその場を離れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公とエイシア、息もバッチリですね。そして、偶然に助けた相手から、「赤の魔剣士」と「銀の雪姫」という名が…!どちらもとても印象的な二つ名ですね。 助けたことで、子孫代々引き継いでいく、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ