国の状況
「帰ってきたね」
「ええ、そうね」
俺たちの住んでいた街、静かに雪が降っているこの街に、俺たちは帰ってきた。もちろん門から堂々の帰還などできないから、俺が街を抜け出した場所から、こっそりの帰還だ。
「さてエイシア、一つ問題があるんだけどさ」
「なによ」
「俺たち、家がないんだよね」
ついでに言えば、金もない。エイシアの所持金は知らないけれど、俺の所持金は元からほとんどなかった。魔物の討伐は"王子の義務だから"と言われて、給金の発生などなかった。
倒した魔物は、ものによっては金になる。ドラゴンの牙が俺の剣になっているように、魔物から採れた素材は、様々な武器や防具として使えるから、売れば金になる。けれど、俺たちが遠征して倒した魔物は、全部国に没収されていた。
「せめて、倒したドラゴンから何か採れれば良かったんだけど」
「さっさとあの場からいなくなったのは、失敗だったわね。あいつらちゃっかり素材採ってったみたいだし」
「他の魔物のエサにもなっちゃってたしね」
あいつらとは、言わずと知れた王太子たちのことだ。
倒れた魔物がそこにいれば、他の魔物のエサになるのは自然の摂理だ。けれど、明らかに人の手が入った形跡があったのだ。本当にちゃっかりしている。
なかなか絶望的な状況だけど、エイシアは笑顔で言った。
「ま、何とかなるわよ」
「そうだね」
そう言って、俺たち二人、笑顔を交わしたのだった。
*****
この街が寂れていくのは早かった。理由は簡単だ。「国軍が魔物を倒せない」という情報が流れて、この街に来ようとする人たちが激減したからだ。
俺とエイシアは、一度だけ出発する軍の後をつけた。ひどいものだった。辺境の地までたどり着くことさえできず、魔物と遭遇して戦いになってしまった。
そこで倒せればまだ良かったのだろうけれど、何の準備もなしに魔物と遭遇してしまったせいで、あっという間に蹴散らされてしまったのだ。
わざわざ遠くまで出向いて、魔物を倒すことには意味がある。
万が一倒し損ねても、人の住む場所まで距離があるから、一度抜かれても次を考えることができる。そして、人の地に近づくごとに土地が豊かになる。つまりは食料なんかも増える。食べ物を食べて元気になるのは、人も魔物も一緒である。
つまり国軍は、元気になった魔物と遭遇して、さらには一度抜かれたら後がない状況に陥ってしまったのだ。
さらには、街の近くに来れば食料が豊富だ、ということを魔物が覚えてしまえば、魔物もその生息圏を伸ばしてくるだろう。そうなれば、被害はますます増えてしまう。
放っておけなくて、この時は俺とエイシアで魔物を倒した。けれど、国軍が魔物を倒せず、それによっていくつかの街を魔物が襲撃して、滅ぼされてしまった場所も出た。噂が広がることを、止めることなどできなかった。
今、国は碌に出撃すらしなくなり、責任の押し付け合いをしている、らしい。そこに、情報を聞きつけた隣国から親切を装った手紙が届いた。『貴国で対処しきれない場合、我が国にも実害が及ぶ。良ければ、我が国から軍を派遣したい』といった内容らしい。
もちろん善意だけであるはずがなくて、色々条件を突きつけてあって、この国は「ふざけるなっ!」という返事をしているらしい。
という内容は、隣国の第二王子殿下であるフィテロからの手紙に書いてあったのだが。
「どうやって、俺たちの住処を見つけたんだろうな」
「そんなの知らないわよ」
困っている宿屋の女将さんを助けて、俺たちに家がないと分かったら、お礼だと言って泊めてくれている女将さんだ。食事まで出してくれて、おかげで空腹とも寒さとも無縁だった。
今は、倒した魔物の素材を売ってお金を作って、ちゃんと支払っている。それでも、通常の半額くらいしか受け取ってくれないのだが。
手紙はその宿に届くのだ。誰にも教えてないのに、どうやって調べたのか。はっきりいって怖い。逃がさないというメッセージだろうか。そして、家なしの一般人に教えてはいけないことが書かれてある手紙に、ツッコみたくなる。
「街の人たちに被害が出ないなら、このまま魔物を倒さないで、王都を襲撃してもらうっていう手もあるけど」
「あんたも変わったわね。前ならそんなこと絶対言わなかったのに」
「これだけ状況が悪くなると、さすがにね」
結局、俺たちは大半を辺境の地で過ごすことにした。もちろん、いられる限りであって、無理はしないようにしている。そして、俺とエイシアだけで倒せる魔物には、どうしても限りがあるから、ある程度対象も絞ることにした。
国王も王太子も、自分たちで動く気がないのなら、さっさと隣国に助けを求めろと思う。魔物が自分たちの住処まで襲ってくれば、さすがに考えを改めそうな気はするけど、それには他の罪のない人々まで巻き込んでしまう。
どうしたものかと思っていると、遠くから人の声……というか悲鳴が聞こえた。
「エイシア」
「ええ」
俺たちは聞こえた声の方へ走り出し……見えたのは数十人のグループだった。




