選ぶ道
俺たちは隣国への道を進んでいた。進みながら思う。本当にこれでいいのかと。――考えて、結局俺は手綱を引いて、馬の足を止めた。
「隊長、どうしました?」
「フィテロ、あの場所を待ち合わせ場所としたのはなぜだ? エイシアは、なぜあの何もない場所が待ち合わせ場所だと分かった? あの場所に、王太子たちが真っ直ぐ来られたのは、なぜだ?」
フィテロの質問に質問を返す。何となく答えは出ているけれど、それでもはっきりさせておきたい。
俺の矢継ぎ早の質問に、フィテロは笑った。
「王都からドラゴンの縄張りを挟んだ反対側。そこを待ち合わせ場所にしました」
「……やはりか」
思った通りの答えだ。であれば、王太子たちが真っ直ぐ迷わず俺たちを見つけられた理由も分かる。
「途中の街々に、わざと目的地の情報を置いていったんだな。確実に耳に入るように。ドラゴンの縄張りを横切るように」
「ご名答です」
「……なぜ、そんなことをした?」
結果的に、俺たちのいる目の前でドラゴンが襲ってきたからどうにかできたけれど、縄張り内にいるときに襲われていた可能性だってあった。もしそうなったら、王太子たちは皆殺しにされていただろう。
「縄張りの中で殺されるのなら、それはそれでいいと思っていました。ドラゴンの縄張りなんて、知っていて当然のことを知らない方が悪いんですから」
「そうかもしれないが、でもな」
「一番の目的は、隊長の実力をあいつらに知ってもらうことです」
「……どういうことだ?」
一番の目的が、俺の実力を知ってもらうこと? 一体それにどんな意味があるのかが分からない。
疑問を浮かべる俺にフィテロは曖昧に笑って、エイシアの目がつり上がった。
「なんであんたは分かんないわけ!? こっちは悔しくってしょうがなかったのにっ! 無能どもに、なんであんたがバカにされなきゃならないのよっ!」
「え……、え?」
「え、じゃないわよっ! 少しはあんたも怒んなさい! あの何にもできない奴らに、好き勝手に言われてたのよっ!?」
「……えーと」
俺は目を泳がせる。何となく分かったような気はする。俺だって、国王たちが何も知らないくせにエイシアを馬鹿にしたことに、腹が立ったから。ただ、それが自分のことだと思うと、怒れと言われても難しい。そもそも、何もできないと思ってなかった。
「……でもまあそこは、俺も嘘つかれてることに気付かなかったし」
「あんたバカっ!? 別にあいつら、嘘ついてたわけじゃないわよっ!」
「……え?」
さっきから疑問ばかりだ。嘘ついているつもりはないと言っても、実際に嘘だったわけだし。
「嘘、というのは違いますよ。奴隷から生まれた隊長ができるんだから、自分たちの方がもっとできる、と心から思い込んでいたんです。そこに何の根拠はなくても、嘘を言っていたつもりはないでしょうね」
「……あー、なるほど」
一応、分かった。将軍の「自分の方がもっと早く対処できる」というのは本気で言ってたのか。本当にそれができるかどうかは別として。
「……つまり、最初から俺にドラゴンと戦わせる気だったんだな」
「あ、その……」
「その通りよっ! なんか問題っ!?」
口ごもったフィテロとは対照的に、エイシアが言い放った。悪びれないところがいっそ見事だ。
「でも、最初はみんなで一緒に戦うつもりだったのよ。それがあんた一人で突っ走るから」
「いや~、でも結局最終的には、隊長一人にお任せになっちゃった気がしますけど。あの戦いの中に割って入れませんよ」
「それは同感ね。大体、ドラゴンとの戦いに『割と』命がけって言えるのがおかしいわっ!」
「僕もそれ思いました。割とじゃないですよね。普通なら本気で命がけですよね」
そんなこと、言っただろうか。……言ったか。いや、"割と"だろうと本気だろうと、命がけに変わりない。そんなに意識して言ったつもりはないけれど、
「……なに俺、怒られてる? 文句を言われてる?」
「どっちもよっ!」
「どっちもです」
「……あ、はい」
はっきり断言されてしまえば、俺にできるのは頷くことだけである。
でも、エイシアや副官を始めとした皆が、これまでにも俺のことを考えてくれていた、ということは分かった気がした。
「みんな、色々ありがとう」
一緒にいる時間が楽しかったのは、きっと皆が俺を気遣ってくれていたからだ。文句も言わず、俺のことを支えてくれたからだ。だからそう言ったのに、エイシアに頭を叩かれた。
「そんなこと、わざわざ言わなくていいのっ!」
「別に言ったって、いいじゃないか」
なんで怒るんだと思うけど、エイシアにフンッと顔を背けられた。困ったなと思ったら、フィテロが笑った。
「やっぱり仲良いですねー」
「どこがだ」
「全部ですよ」
俺には分からない事を言って笑った後、不意に真顔に戻った。
「僕たちの方こそ、ありがとうございます、ですよ。キツイ遠征続きに誰も文句を言わなかったのも脱落しなかったのも、隊長がいたからです。隊長のことを信頼していたから、皆が後を付いていったんです」
「それは……」
「隊長がいたから、ただ一人の死人も出なかったんです。王都にいるより、キツくても隊長と一緒にいた方が安心で安全だって、皆が分かっていたんです。だから誇って下さい」
「……そうだろうか」
一人の死人も出さなかったことは事実だ。けれど、怪我人は出たし、重傷を負うことも珍しくなかった。俺一人では、どうしても数の多い魔物に対抗し切れなかったからだ。死ななきゃいい、というものでもない。
けれど、ここでそっぽを向いていたエイシアが、俺の方にくるっと向いた。
「そうに決まってるでしょっ!」
たった一言。でも、いつものように自信満々に言われて、自然に笑顔になる。「そっか」と小さくつぶやくと、なぜかまたエイシアに頭を叩かれた。何なんだ、と思いながら、叩かれた部分を自分で撫でていると、なぜかフィテロがまた笑った。
「じゃあ隊長、納得頂けたところで、向かいましょうか」
「…………」
どこへと聞くまでもない。フィテロの国、隣国だ。
けれど、本当に良いのだろうか。辺境の地で魔物を倒すことができなければ、そのまま国の中まで魔物は侵攻されて、蹂躙されることになる。あの国に、今魔物と戦える人も部隊も存在しない。
そう思ったとき、俺の口は自然に動いた。
「悪い、俺は行かない。あの国に戻るよ」
「はぁっ!? あんたなに考えて……!」
「なぜですか? 王子としての役目など、気にする必要はありませんよ」
エイシアが叫ぶのを、フィテロが片手で制して俺に問いかける。エイシアを黙らせるってすごいなと思いながら、俺は首を横に振った。
「別に王子としてとか思ったわけじゃない。国単位のことは、国王とか王太子とか、将軍がどうにかするべきことだ。……でもさ、あの街にはエイシアとの思い出がたくさんある。それが魔物に潰されてしまうのかって思ったら、どうしても嫌だった」
だから、戻る。国へ、というよりは"街へ"戻るといった方が正しいかもしれない。エイシアとの思い出の場所を、守りたいから。
そう言ったら、エイシアが驚いた顔をした後にニンマリ笑ったのは、「当然」とでも言いたいのだろうか。一方フィテロは、呆れたような疲れたような顔をして、大きなため息をついている。
「なんだ……?」
「何だじゃないですよ。むしろそれで無自覚なのが怖いです」
「……何がだ?」
やはり意味が分からないと思ったら、フィテロはもう一度大きなため息をついて、そして諦めたように笑った。
「分かりました。行かないという隊長を無理に連れて行くのは無理ですからね。非常に残念ですけど。でも……」
そこで言葉を切って、今度は何か決意をしたような表情で、俺を見る。
「僕も街に住む人々がどうなってもいいとは思いません。ですから、今度は隣国の第二王子として、あの国に乗り込みます。そして、隊長がいなくても魔物の心配がなくなったなら……その時は一緒に来て下さいますか?」
初めて見る強いまなざしに、俺は戸惑う。そんなにも強く願われることに驚く。それに応えたいと思う自分がいる一方、素直に頷くには躊躇う自分がいる。
「考えておくよ。悪い、今はそれでいいか?」
「……分かりました。いいことにします」
フィテロが笑って頷いて、俺も頷く。
そうと決まれば、もうここにいる必要はない。馬の手綱を引いて、道を戻ろうとしたときだ。
「私も行くわ!」
「え?」
エイシアが、俺を見て言った。
「私も行くわよ! あんた一人じゃ心配だもの!」
「いやいや、でもね」
エイシアはあの街に住む家族から勘当されたのだ。町外れにいれば見つからないとは思ったけれど、それは短期間の場合だ。長期にわたった場合、どうなるかなんて分からない。
「行くわよ! 勘当されて放逐されたけど、戻って来ちゃ駄目なんて言われてないし!」
「でも……」
「見返り! 手伝ってやった見返り、それにするわ!」
「……ええー」
まさかこんなことに見返りを出してくるのか。そこまで言うってことは、本当に本気なんだろうけど、いいのだろうか。
悩んで、最終的にフィテロを見る。
「僕を見ないで下さい。隊長と同じで、エイシア様がしたいことに否は唱えられませんよ」
「じゃあ決まりね!」
フィテロの言葉に俺が何か言う前に、エイシアが勝手に決めてしまった。元気に宣言するエイシアに、俺も諦めた。確かにこうと決めたエイシアに、何を言っても無駄だ。
ニコニコしてご機嫌なエイシアは、右手を上に上げた。
「別れる前に、"雪の魔女"エイシアからとびっきりのプレゼントよ! 最後にみんなで遊びましょっ!」
その瞬間、この一帯だけ雪が降ってきた。それがエイシアのやったことだと、分からないはずもなく。
「暖かいからそんなにはもたないけど。溶けて無くなるまで、みんなで雪合戦よっ!」
「「「おおーっ!」」」
兵士たちが歓声を上げて、さっそく積もり始めている雪を掴んで丸めて投げ始めた。その様子を見て、俺は笑顔を浮かべる。エイシアは、俺と目が合ったらニカッと笑った。
「よし」
その笑顔に招かれるように、俺も雪合戦に参戦したのだった。