剣の秘密
「たいちょー!」
「さっすがっ!」
「たよりになるぅっ!」
俺がフーッと息を吐いて肩を落とすと、俺の隊員たちがやいのやいのと言ってくる。それが今までの魔物退治と変わらなくて、どこかホッとする。
「やったわね」
「ありがとう、エイシア。君のおかげだ」
「お礼はいらないから、手助けしてやった見返りが欲しいわね」
「考えておくよ」
相変わらずなエイシアに、俺は苦笑しつつ答える。そして、いくつかある気がかりの確認に入った。
「将軍は……」
氷付けにして炎の中に放り出した将軍は、どうなったのか。一応、体が氷に覆われていたから、火の中にぶち込んでも致命傷は避けられたと思うんだけど。
「別にそんなのどうだっていいでしょっ!」
「いやいやさすがにね」
死んでもいいとまでは、俺は思わない。目を向ければ、上半身の氷が溶けていて若干焦げている気がするけど、命に関わるような怪我ではなさそうだ。足はまだカチコチだ。意識がないようだから静かだけど、これが起きたら大騒ぎだ。
「エイシア、氷を溶かしてあげて」
「なんでよ」
「……いやいや、このままじゃ足が使い物にならなくなっちゃうから」
「だから何よっ!」
「……いやだからね」
俺の予想通りの台詞を言ったエイシアだけど、当たって嬉しい予想でもない。分かって言ってるから困ったものだ。でも俺が困った様子を見せていると、大抵悪態をつきながら折れてくれる。
「しょうがないわねっ。全くもう情けないんだから!」
想像通りに腰に手を当てて偉そうに言い放って、その瞬間、将軍の足の氷は砕け落ちた。手間らしい手間なんか必要ないんだから、最初からすぐやってくれればいいのに。まあそれがエイシアだけど。
「フォティや他の兵士たちは?」
「みんな生きてるわよ」
「そっか、良かった。フォティなんか、心配したけど」
何せまともにドラゴンの炎を浴びたのだ。普通なら無事でいられないはずだ。けれど確かに、無事とはいかないまでも、命に関わるほどのひどい火傷は負っていないようだ。
「火の魔女だからね。炎への耐性が強いだけよ」
「ああ、なるほど、そうか」
なぜかムスッとしながら教えてくれたエイシアに、内心疑問に思いつつも、俺はホッとして頷いた。誰も死んでいないなら、それが一番いいことだ。
「王太子殿下は……」
「おい奴隷! なんだその剣はっ!」
最後の確認と思って口にしたら、その当の本人からの大声で、何事もなく無事らしいというのが分かった。視線を向ければ、怪我らしい怪我もなく、ズカズカと俺の方に歩いてくる。
「その剣を見せろっ!」
「え、あ、これはやめた方が……」
「うるさいっ!」
俺の制止なんかまったく意味なく、王太子が俺の剣に手を伸ばした。慌てて引こうとした俺の手を、止めたのはエイシアだった。
「ちょっ……!」
想定外の妨害に対応できず、王太子が俺の剣の柄をつかんだ。その瞬間、王太子が炎に包まれた。
「ぎゃぁぁぁああぁぁぁぁっ!?」
「だからこれは……エイシアっ!」
「見せろって言うんだから、見せてやればいいのよ。自業自得よ、自業自得」
「いやいやいや」
俺以外の人が剣を持てば、こうなることは分かっていた。だから誰に渡すわけにもいかないのだ。未だに握ったままの王太子の手を強引に外して、俺が炎を止めるように心の中で言った。
王太子を包んでいた炎が消える。体のあちこちからプスプス煙が上がっているけど、倒れることもなく元気に俺を睨んできて安心する。
「なんだそれは!」
「昔討伐されたドラゴンの牙から作られた剣です。気性が荒いドラゴンだったらしく、死んでもなお牙を手にした者を焼き尽くそうとしていたそうです。しばらく牙のまま放置されていたそうなんですけど、なぜか俺、何も問題なく手にしてしまえたもので」
触ってしまったのはただの偶然だったけど、あの時の、牙の持ち主である鍛冶士の驚愕の表情は忘れられそうにない。
そして張り切った鍛冶士の勢いに押されて、自分用の剣にすることを了承してしまった。けれど、鍛冶士だって手に持てないわけだから、作るのは無理なんじゃないかと思ったのに、平気で持った。
何だよ、と思った俺に、鍛冶士はご機嫌な笑顔だった。「お主の剣になると決まったから、大人しくしているんだろう」と言った。
そうして出来上がったのがこの剣だ。剣になっても、牙だった頃の気性の荒さは引きついでいて、俺以外が触るとそいつが火だるまになる。
ちなみに切ると炎が消えるのは、このドラゴンを討伐した者が、剣で炎を断ち切っていたからじゃないかという話だけど、確かなことは不明だ。
「それよりもお約束して下さいましたよね。俺もエイシアも隊のみんなも、罪に問われることなく自由の身です。よろしいですよね」
「あ? 何の話だそれは」
俺の言葉に、王太子が俺を小馬鹿にしたような表情を浮かべた。所詮は口約束だから、どうにでも言おうと思えば言えるだろうけれど。
俺は顔をしかめた。どうするべきか。俺はまあどうなってもいいけれど、皆だけは何とかしたい。悩みつつも、口を開こうとした俺だったが、それよりも早く言ったのはフィテロだった。
「いえ、間違いなくあなたは隊長と約束しましたよ。この僕が証人です」
「あ? 何だ貴様は」
「……何って、隊長の副官やってたものですけどね」
俺の副官として、何度か王太子と顔を合わせたことがあるはずだけど。まさか覚えていないとは。けれど、副官が自分が証人だと言ったところで効果あるはずが……いや。
「副官ごときが証人? それに何の価値がある?」
「まあ、確かに隊長の副官としての僕の発言に価値はないでしょうけど。隣国の第二王子としての僕の発言であれば、無視はできないでしょう?」
「……あん?」
やはりそうか。それを明かすのか。確かにそうであれば、王太子とて無碍にはできないはずだけど、問題はそれを証明する手段があるのかどうか。
証明できなければ、ただの身分詐称だ。今以上に状況が悪くなることだってあり得る。
案の定、王太子は小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「こいつは面白い冗談を言う奴だ。引っ捕らえて王子を詐称したとして、隣国に引き渡すか。隊長の貴様も同罪だ、奴隷」
「引き渡してくれるなら、ありがたいことです。罪人として扱ったりしたら、痛い目を見るのはそちらですけどね」
副官の余裕の表情に、王太子に動揺が走ったように見えた。王子詐称の罪人として引き渡したら、本物でした、じゃ色々問題だろうけれど。だからといって、証拠もなしに認めろっていうのも難しいんじゃないだろうか。
「あ、これ、証拠です」
「……あるのか」
「最初に出しなさいよ、そういうのは」
俺とエイシアがほぼ同時にツッコんだが、副官は気にしようともせず、懐から何かを取り出した。それを見た王太子が、はっきり顔をしかめた。
「隣国の、紋章か」
「そうですよ。こんなの持てるの、王族しかいないでしょう? ということで、ご理解頂けましたね?」
「……ちっ」
王太子は明らかに舌打ちをして、そのまま俺たちに背をむける。そして、今だに気を失ったままの将軍を蹴飛ばした。
「おい、いつまで寝ている。帰るぞ」
いやいや、そんな怪我している人に何をするのか。もうちょっと労ってあげればいいのに。
「隊長、行きましょう」
「……フィテロ」
肩に手を置かれる。エイシアを見ると、腰に手を当ててニカッと笑う。隊員たちも皆笑顔で俺を見ている。
「…………」
王太子を見た。俺に背中を向けたまま、こっちを見ようとせず、目を覚ましたらしい将軍に何かを言っている。その後ろ姿に、俺は頭を下げた。
「今までありがとうございました」
奴隷と呼ばれても何でも、ここまで俺が生きて来られたのは、あの国の王子だったからだ。そこに、感謝したかった。
「あんたはどこまでお人好しなのよ」
「そんなつもりじゃないけど。ただ言いたかったから」
「それがお人好しなのよ!」
エイシアに怒られる。なのに嬉しいと思ってしまう俺は、どこかおかしいのだろうか。
――それでも、いい。エイシアがここにいて笑ってるんだから。