ドラゴンとの戦い②
「セルウス!」
エイシアの声に、ほんの少し口元が弧を描いた。君に心配をかけたくないのに、いつも自信満々な君が好きなのに。俺のことで心配で不安そうな顔をしてくれることが嬉しいんだと、言ったらきっと、怒るだろうけれど。
うつ伏せの状態で地面に叩き付けられた。痛い。攻撃された背中にも響いて、全身に痛みが走る。けれど、俺は足に力を入れた。それ以上飛ばされないように、地面に足をこすりつけて、強引に体にブレーキをかける。
少し勢いが落ちた時点で、俺は左手で地面を弾いて、反動で上体を起こす。そのまま後ろに飛ばされる勢いのまま飛んで、後ろに一回転して地面に足をつく。
これで姿勢は安定したが、安心はできない。ドラゴンが追撃でまたも尻尾をしならせて攻撃してきた。けれど、さっき避けられなかったのは別の事に集中していたというだけ。来ると分かっていれば、そうやすやすと攻撃を喰らうことはない。
横から来た尻尾をジャンプして躱す。しかし、尻尾が地面を叩いて、ジャンプした俺の方に向かってきた。少し驚いたが、むしろこれはチャンスだった。
剣が赤く染まり、俺は剣を一閃する。――そして、ドラゴンの尻尾の先端を、切り落とすことに成功した。
「ギャアアアアアァァァァツ!?」
痛みのせいか、尻尾が激しく動き、俺は後ろに下がる。
――今だ。
痛みに暴れて、俺のことが意識から逸れている今が、チャンス。それでも後方は動く尻尾で危険なので、ドラゴンの前に移動した、その時。
「とぉりゃああぁぁっ!」
「え?」
何とも気の抜ける声を出したのは、将軍だった。剣を抜いて走ってくる。チャンスなのも忘れて、その行動を見てしまった。
「ドラゴンよぉ! 覚悟ぉ!」
ドラゴンの前で、剣を大きく上段に振りかぶる。そして、固いドラゴンの皮膚に、剣を振り下ろしたのだけど。そんな剣の使い方したら、多分……。
――ボォキィガァシャーン
何とも言えない悲しい音を立てて、俺の予想通りに剣は壊れた。折れた、ではない。あれは"壊れた"という表現が正しい。
「ば、ばばば、ばかなっ! なぜ奴隷王子に切れて、私に切れぬっ!?」
「……………」
やはり接待試合で負けてやってたのは、良くなかったのだろうか。将軍には気分良くいてもらった方がいいと思ったけど、こういう結果になることを考えると、微妙だ。
「弱いからでしょ」
「エイシア様、少し口をつぐんで」
「だって事実じゃない」
「わざと負けてあげてた隊長の気持ちを汲んでですね」
「だから、いいからボコボコにしろって、何度も言ったのにっ!」
うん、エイシアとフィテロは黙ろうか。こんなことで喧嘩を売るようなことを言わなくていいから。
「ギャァッ!」
その叫びにハッとした。今は将軍を気にしている場合じゃなかった。今の茶番の間に、ドラゴンが痛みから立ち直ってしまった。その顔が、ニヤッと笑った気がした。
前足が動き、それが将軍に振るわれる。
あっ、と思ったがその爪は将軍を捕らえなかった。代わりに将軍を弾き飛ばした。――俺のいる方に。
「うわっ!?」
完全に予想外だった。飛んできた将軍を、咄嗟に受け止める。その瞬間、ドラゴンの狙いを悟った。
「ギャアアァァァッ!」
ドラゴンが炎を吐いた。……俺の予想通り、将軍を抱えたままの俺に向かって。
俺だけなら炎は無効化されてしまう。だったら、他者を巻き込んでしまえ、とでも思ったか。悔しいが、良い判断だ。
「このっ!」
俺は剣を炎に向かって真っ直ぐ突き刺す。抱えてしまった将軍が邪魔だ。放り出したいけど、それをすると将軍が火だるまになる。炎を消すためには、あくまでも剣で切らなければならない。突き刺すだけでは駄目なのだ。
「ヒィィイィィィィィッ!?」
うっさいから将軍少し黙ってくれ。炎が目の前まで来ていて、俺が剣を突き刺した所から炎が放射状に散っているんだから、悲鳴を上げたいのは分かるけど。チャンスを潰してくれたばかりか、あんたのせいで危険な状況に陥ったんだから。
さてどうするか。この状況で、果たして剣を振って炎を消せるだろうか。できなくはないだろうが、将軍の無事が保証できない。……エイシア辺りは「だから何」とか言いそうだけど。
「セルウス!」
再び、エイシアが俺の名前を呼んだ。この状況で何、と思って見たら、ちょうど俺と将軍に向けて氷の魔法を放ったところだった。
「…………」
ニヤッとあくどい笑いを浮かべたエイシアに俺は呆れて、けれど他に手もないからエイシアの策に乗ることにする。
うまいこと炎をくぐり抜けて氷の魔法が俺たちに向かう。それを俺は将軍を盾にして防ぐ。そして、氷付けになってカチコチの将軍を、俺は躊躇わず放射状に散っている炎に向けて蹴飛ばした。
「はぁっ!」
邪魔するものがなくなり、俺は剣を振るう。炎が霧散した。そして、一足飛びでドラゴンの前に出つつ、剣を振るう。
同時に、ドラゴンの右前足が俺に襲いかかる。俺の攻撃に対処するのではなくて、俺に攻撃することを選んだのか。
相打ち覚悟……ではないだろう。よほど上手くやらない限り、ドラゴンに対して一撃で致命傷を与えるのは難しい。その一方で、俺の方は一撃でも食らったら、その時点でまともに戦えなくなる可能性が高いのだから。
つまり、お互いの攻撃が命中したとき、有利なのはドラゴン側なのだ。けれど、それを俺も分かっている以上、そうそうドラゴンの思い通りになどさせない。
俺は左側に避けた。避けつつ、空振りした右前足に向けて剣を振るい、そして、それを切り落とす。
「ギャアアァァァアァァアアァッ!」
ドラゴンが悲鳴を上げる。俺を睨む目が血走り、炎を放ってくる。しかし、俺は剣を一振りで消滅させる。
「剣よっ!」
俺の叫びに、剣が赤く光り、さらに伸びる。本来の長さの倍くらいまで伸びた剣で、足を踏み出す。そして、それはドラゴンの口の中から喉奥に刺さり、そのまま貫いた。
「ガッ」
わずかな断末魔とともに、ドラゴンの目から光が消える。
剣から赤い光が消えて、長さも元に戻る。剣の支えを失ったドラゴンの体は、そのまま横に倒れたのだった。