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優しい嘘は悪魔の囁き  作者: Peco*
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モノローグ

「最初からやり直したいんだ。俺と……付き合って欲しい」

 瞳は桜井の腕に手を添えてコクリと頷いた。


「(……ずっと好きだった)」

 桜井は瞳の耳元でささやいたが、瞳には聞き取れなかった。瞳は桜井からそっと離れると、

「ごめんなさい……。私、よく聞こえなくて」

 と、左耳が聞こえないことを打ち明けた。


「いや、いいんだ。何か飲み物でも……と言っても、ブランデーしか置いてなくて」

「じゃあ少しだけ」

 桜井はサイドテーブルに置いてあるブランデーのボトルを手に取って、グラスに注ぎ瞳に渡した。瞳は一口飲むと、フーっと息を吐いて「私にはちょっと強いかな」と言って顔をしかめた。すると、桜井は

「君は正直だな」

 と言って笑った。

「確か、冷蔵庫に……」

 そう言って桜井がキッチンへ向かったので瞳も後を追った。「あった」ミネラルウォーターのボトルを取り出して瞳に渡した。

  

 桜井は瞳の頭を撫でると、その手で左耳を触って「今度から気をつけるよ」と言って優しくキスをした。


 しばらくすると美花から『先に部屋に戻るからね』とメールが届いた。

「私、そろそろ部屋に戻らなきゃ」

「送るよ」

 

 ふたりは手を繋いで静かに遊歩道を歩いてホテルへと向かった。そのとき、遠くで鳴き声が聞こえ、瞳は聞こえる方の耳で音の正体を探っていた。

「ふくろうだよ。あっちの方かな」

 桜井が指差す方向に体を向けると、今度はハッキリと音を捉えることが出来た。

「オカリナみたい」

 ふたりは足を止めて、フクロウの鳴き声を静かに聞き入った―。


「どうだった?」

 美花はバスローブを身に纏い、濡れた髪をタオルで拭いていた。狭いながらも贅沢な空間で、カウチソファーにオットマン、ベッドはクイーンサイズ1台にシングルサイズ1台。そして、美しい彫刻が施された優雅な猫足のドレッサーが置かれていた。


「ちゃんと付き合おうって言ってくれたの」

「そっか。よかったね」

「うん」

 瞳は唇に手をやると、桜井とキスしたことを思い出し急に気恥ずかしくなった。ミネラルウォーターを飲んで胸の鼓動を落ち着かせようとした。

「あ、それなら戻ってこなくてもよかったのに」

 美花がからかうと、瞳は「そっか!」と言って笑顔を見せた。ふたりは顔を見合わせて大笑いをした。


「そうだ! 明日は桜井さんと過ごしたら? 私、午後は仕事なのよ。朝食が済んだら退散するから」

「……聞いてみるね」


 瞳が桜井に電話をかけて楽しそうに会話をしている姿をみて、美花は「まったく、世話の焼ける子ね」とつぶやいた。


「大丈夫だって。送ってくださるそうよ」

「でしょうね。その顔を見れば誰だってわかるわよ!」

「あ、この部屋にシャンパンとフルーツの盛り合わせを届けさせるからって」

「やったー! パジャマパーティーしよう」

 美花は瞳に抱きつこうとしたが、

「お風呂に入りなさい! 瞳、炭火の香りが残ってる」

 と言った。瞳は袖の匂いを嗅いで、

「……桜井さんも、そう思ったかな?」

 と、しょんぼりした。

「思ったんじゃない?」

 と美花は意地悪を言ったが、「気にすることないわよ。恋は盲目だから」と言ってウインクした。


 翌日は中庭を望むダイニングで、卵料理や焼き立てのパン、サラダなどを瞳と美花、そして徹也の三人で朝食を楽しんだ。徹也にお礼を言って別れると、瞳は桜井のところへ向かった。ドアをノックすると、ボサボサ頭の桜井が寝起き姿のままでドアを開けた。

「ごめんなさい。早かったですか?」

「いや、いいさ。入って」

 桜井は寝起き姿ではあったが、サングラスはいつも通りだった。


 瞳はカーテンを少しだけ開けて外を眺めると、遊歩道の先にアトリエの屋根が見えた。昨夜は気が付かなかったが、青い屋根の上に風見鶏が揺れていた。

「ここへは、よく?」

 瞳が振り返ると、桜井は煙草に火を点けてソファーに腰かけた。

「たまに……」

 アトリエの換気だけはホテルの従業員に任せているけれど、気分転換にもなるからと桜井が言った。

「私、朝食は済ませたんです。まだですよね?」

「朝は食べないんだ」

「そうですか……」

 しばらく沈黙が続いた。


「えっと……私」

 瞳が話しかけようとした途端、桜井のスマートフォンが鳴った。


『今夜? あぁ、わかった』

 桜井は少し不機嫌になって電話を切った。 

「私、外で待ってます」

 瞳が出て行こうとすると桜井は煙草を消して、おもむろに瞳を抱きしめた。


「……桜井さん?」

「すぐ準備するよ」

 そう言って桜井はバスルームに消えた。



「どこか寄ろうか?」

 クラッシック音楽が静かに流れる車内。桜井が瞳に尋ねた。

「いいんですか? だったら……」

 

 ふたりはハーブ園に立ち寄り、ガーデンを散策した。コスモスが咲き乱れ、メキシカンブッシュセージやイエローマジェスティのハーブの香りに癒された。レストランでは敷地内のハーブガーデンで収穫したハーブを使い、イタリアンやフレンチをベースに、和食の要素も取り入れた独創的な料理を満喫。食後はローズヒップやルイボス、レモングラスなどをブレンドしたハーブティーでリフレッシュすることが出来たのだった。

「ハーブティー、すごく美味しかったです。あ、もちろん料理も」

 瞳はテーブルの上で桜井の手に手を重ねた。

「あぁ」

 瞳は桜井が無口なことに慣れつつも、やはりもどかしさを感じていた。


 桜井が瞳を自宅に送り届けているとき、再び桜井のスマートフォンが鳴った。

「桜井さん……?」

「……後でかけ直すよ」

 桜井は眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。不機嫌になる理由は、この電話の相手なんだろうと察したが、何も聞けずにいた。

「ありがとうございました」

 自宅に到着して瞳がお礼を言うと、桜井はあっけなくその場を後にした。


 電話の相手は堤真理子だった。桜井は仕事がオフの日でも真理子と過ごすことが多く、この日もブライダル事業の視察を兼ねてフェアに行こうと誘われ断っていたのだが、夜の会食は断れずにいたのだった。

 会食の相手はウエディングプランナーの小池華子 (こいけはなこ)と、華子と同じ事務所の村上祐 (むらかみゆう)。華子は年齢を感じさせないキュートな若々しさで、とくに若い女性に人気のウエディングプランナーだった。真理子は年齢も近く、すぐに意気投合していた。祐はいつも華子に同行し、マネージャーのような仕事をしていた。

 

 この日は都心のホテルでブライダルフェアをやっていた。真理子はフェアが終わる頃に合流して、華子と名刺交換をしていた。


「このフェアで、いくつか依頼があるといいんだけど。あ、煙草いいかしら?」

 フェアが終わり、レストランに移動する際、ふたりは喫煙コーナーに立ち寄った。

「それじゃ……私も。でも、華子さんは順番待ちだって聞きましたけど?」

「昔の話よ。近頃じゃ、婚活イベントの仕事の方が多くて」

「あ、桜井が到着したら、くわしくお聞かせください」

 真理子は腕時計をチラッとみて時刻を確認した。


「ところで、あなた結婚は?」

 華子は煙を大きく吐いて、吸殻を灰皿に押し付けた。

「独身なんですよ。そろそろ……とは、いつも思っているんですけど」

「長い春なのかしら?」

 華子がからかうと、真理子は「そんな……」と顔を赤らめた―。

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