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再会に至る事情(2)



 あれが我が子たち、と認識したアロネの鼓動は早い。鐘の音を打ち鳴らしたように身体中に響いて、足元の地が酷く揺れているような気がする。

 さらに追い打ちを掛けるようにどくどく、ざわざわと耳の中で大きな音が(せわ)しなく響いていた。


 このところアロネの心の臓は落ち着く暇がないほど何かしらの出来事があり、その都度全く違う縮み上がり方をしている。

 瞬間、このまま胸の病で倒れてしまうのではないだろうか、と戦慄(おのの)いた。


 イリヤがリョカと話し、更にシュウとも言葉を交わしているのは理解しているのに、その内容はちっとも頭に入ってこない。


 ごく、と生唾を飲み込み、気付かれないよう横目でちらりと彼らを窺い見る。


 脳裏に過ったのはあの日の二対の瞳。


 アロネにこれっぽっちも興味の無い空っぽの瞳。

 でもあの時、アロネもそんな目をしていたのかもしれない。


 あの時のアロネも空っぽだった。

 姑に言われるがままに動き、反論するのもやめて、何なら「自由になれる」とまで思った。


 でも今目の前にいる子供たちは――記憶にあるよりずいぶん大きくなっているが、その瞳に、表情に感情が見える。


 正直、リョカとは三歳というこれからまださらに顔つきの変化する年齢で別れたため、すぐに我が子だと分からなかった。それを少し情けなく感じたのは、自分にまだ彼らの母としての心が残っているからだろうか。


 イリヤと会話しているリョカの顔は、記憶の底に沈めた姑をなんとなく思い出させた。そのおかげで自身が腹を痛めて産んだはずの、確かに夫の血を引いた子だと納得できる特徴があってどこかでホッとする。


 抱き上げたことすら片手で数えるほどしかないので、会った時に他人の子という感覚に陥ってしまうのではないかと危惧していた。

 きちんと自分の子だと認識できたことが、アロネには正直嬉しく感じた。


 シュウはもっと分かりやすい。

 あの頃九歳だった彼は、そのまま成長したかのように当時の面影を残したまま。


 親の欲目と言うほど関わっていないが、リョカは可愛らしく、シュウは凛々しい青年になったと思う。

 

(そういえばあの人はそれなりに整った顔だったような気がする……ただちょっと冷たい感じというか、厳めしいというか)


 会話はあまりしない人で、必要最低限の用件を連絡すればおしまい、という寂しい夫婦生活。当時まだ若かったアロネの思い描いていた結婚生活への淡い期待などあっという間に消え飛んでしまった。


 夫は舅に厳つい雰囲気こそ似ていたが、顔はそこまででもない。そして姑にもあまり似ていなかった。彼らの親子関係を疑っているわけではない。現にリョカは自身の祖母である姑の面影を持っていた。

 血が繋がっていれば皆似るというわけではないことはよく知っている。


 けれど、今この場にいるブレアの方がなぜか夫に似ていた。


 あの鋭い目か、軍人らしい威圧するような佇まいか。けれど彼女の夫は軍人どころか兵の経験もない。

 客同士の多少のいざこざに力技で割って入ることがあった程度だ。


 アロネが彼に萎縮してしまうのは、垣間見える鋭い刃のような力強さからなのかもしれない。

 夫からの暴力こそなかったものの、家の全てから無視されているようなあの虚ろな頃を思い出すと、背中の辺りから冷えて薄ら寒くなる。


(……やめよう)


 今はとりあえず再会した子供たちだ。

 静かに深呼吸しながら、オロオロと惑っていた自分の視線を瞼を閉じることで断ち切らせた。


 一瞬の暗闇から戻ると、血の気の引いた感じは残っているものの、先程より随分と落ち着いた気がした。


 シュウとリョカがまさかアロネと同じような仕事をしているとは思っていなかった。

 それと同時に、やはり無理をしてでも連れて出てくるべきだったのかもしれないとも思った。


 国境地は戦になれば真っ先に荒れる地で、そこを守る軍人や兵や民たちを立派だと思うし、勇敢で誇らしい気持ちも本物だ。


 だが、そこに自身の子供がいるというのは――。


 捨てて置いてきた、もう関係ないとまで思っていたはずなのに、今更ながら『親として』という大義名分を抱えた自分勝手な感情にアロネは思わず苦笑した。


「……ここでは何ですから。場所を変えましょう」


 イリヤの声に、はっと我に返ったアロネの背筋がすう、と伸びた。



       * * * * *



 イリヤは何かを耐えるように立っている(シュウ)と、呆然とした様相の(リョカ)を見て眉を下げた。


(……生き別れた親子の対面、芝居がかりすぎたかな)


 国境地領主であるグレイからの手紙に、自身の息子の従者として扱っている少年二人の素性が簡単に(したた)めてあるのを見、出来るならば母親と会わせてやってほしい旨に対しすぐ動いた。

 雪解けの季節まで時間はあるものの、面倒事はさっさと終わらせてしまった方が彼らのためでもあると思ったからだ。


 それに対し、何と説明しなくとも臨機応変に合わせてくれたブレアと国境地を治める後継者であるタキラ、その弟のマキラは顔色ひとつ変わらない。

 いや、タキラら兄弟はどことなく愉快気ではある。全てを把握しているのだろう、良いことをしていると思っているのかもしれない。


 一方で当事者たちの顔色は皆悪い。

 肝心のアロネはイリヤのやや後ろにいるため、振り返って顔を見るわけにはいかないが、彼女も同じようなものだろう。


 詳細を聞いても当人たちと他人である自分たちでは受け取る感覚が違う。

 だからこそだろうか、アロネの息子たちの現在の姿を見たイリヤは何かこう――感慨深かった。


 特に青年となったシュウは領主嫡男であるタキラと遜色ない身体つきで背丈も同程度、アロネに似た柔らかな優男風でありながらもその鋭い目付きと瞳の光の強さのために、柔らかいと思って触れると針に刺されてしまうような印象を受けた。

 この相反した不思議な魅力は、年頃の少女たちの視線や心を奪ってしまうだろうことが想像に(かた)くない。


 その弟のリョカも同じく目付きこそ鋭いものの瞳に兄のような力強さはなく、やや小柄でおどおどとしたところがあり、小動物のような印象だ。アロネに似ているところはパッと見であまりないものの、成長して自信が付けばまた雰囲気も変わるだろうと思えた。


 彼らをハッキリ互いが親子であると紹介するのは簡単だが、これまでの経緯と年数からしてそれではあんまりだろう。どちらの立場でも。


 こちらはアロネの話を聞いているため、どうしても彼女の味方になりやすい。


 子供たち側からすれば、事情はどうあれ捨てた母親だ。良い印象は持っていないかもしれないと思っていた。とりあえず一人で始めたこの茶番劇に国境地領主側が何も口を出さなかったのと、彼らが話をしやすい場に誘導しやすくなったので、ある意味成功なのだろうと結論付けた。


 辺りを見回せばこの場にいるのは自分たちだけだ。


 商隊として荷を運んで来た者たちは殆どがブレアの隊の者で、シャルたちにより食堂か彼らに宛がった客室へと下がってもらっている。


 そうなると邸の二階、イリヤの私室スペースにある普段は使っていない客間にこのややこしい一団を押し込んでしまおうと振り向き、アロネに客間の準備をするように伝える。

 彼女は動揺していたようだが、きちんと仕事と理解してこの場を辞したことに安堵する。


(これで仕事も手に付かないようでは、困るもの)

 

 心配そうにアロネを視線で追うゲイルを視界に入れつつ、心の(うち)でそう独りごちた。






 

 

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