来訪者の事情(1)
山間の邸にその一団が到着したのは、もう雪が空と地を覆い始め、酷く冷え込んだ夜更けのことだった。
そのうちの、がっしりとした体つきで背筋がピンと伸びた――商人というよりは軍人といったほうが正しい雰囲気の男が被っていた帽子を脱ぎ、それにうっすら積もった雪をエントランスで叩き落としながら口を開いた。
「雪解けまで世話になる、私はこの商隊の責任者でブレアという。宜しく頼む」
やはりどう見ても商隊というよりは一個小隊の長を任せられているだろう、とその場にいた者は皆そう思った。
鋭い眼光、軍人らしく刈り込まれた短髪は目にも寒いが、彼は呆気に取られている一同の前で気にせず次の行動に移っていた。
「こちらが領主レアス卿からのもので、こちらは我が主君グレイのものだ……そこの貴女がここの主人のダナレイ殿の奥方であるイリヤ殿だろう? こちらを」
分厚い外套の下から探り出した二つの包みを、中央で出迎えたイリヤにきびきびとした動作で手渡す。
「……ええと。これは、今ここで開くべきですかしら?」
「そうだな、その方が宜しかろう」
「両方とも?」
「ああ、両方とも」
あまりにもこれまでと違った緊張感を持つ一団に魂を抜かれていたイリヤは慌てて自分を取り戻す。
荷を運ぶ隊が来ることは、以前届いた父からの手紙で知っていたが、ここでブレアの温もりの残る包みを開かされるとは思っていなかったイリヤは眉根を寄せる。
主君はグレイだと彼がイリヤに伝えたということは、やはりどこかしらの領主軍所属なのか、それとも警邏隊なのか。
一番嫌なのは王城に関係深い騎士団か兵団。
彼は明らか商人でもなく、自分がそうであることを隠していない。
何が目的なのか、こちらとしては痛くもない腹を探られるのは面倒くさい。
「口で説明するより早いので」
イリヤと同じく多分に面倒くさがりであろうと分かるブレアの言葉に訝しみながらも、順に開いてみればどちらも手紙だった。
父からのものにさらりと目を通せば『客が増えてごめんね』というような前回と同じ内容に弟夫婦についての話だったので後回しにし、ブレアの主君グレイのものを開く。
神経質そうに並んだ文字は形式ばった挨拶から始まり、ブレアが彼の弟であることと、彼の息子とその従者について書かれていた。
イリヤがはっと顔を上げてブレアを見ると、彼はそっと首を振って背後を示した。
その方向には四人――内二人はナイナと同じ歳頃の少年らが談笑していた。
「……シャル、アロネは」
「アロネなら皆様に旅の垢を落としてもらおうと浴室の準備に」
「――すぐ呼んで頂戴。すぐよ」
「かしこまりました」
イリヤの固い声にシャルは身構えたが、主人の強い視線はまだ若い四人に向けられたまま。
アロネをどうこうということではないなと少し安心したシャルはその命令通り、アロネを呼びにその場を急ぎ離れた。
* * * * *
アロネは雪の中を歩いてきた客人のため浴室に薪をせっせと運んでいた。
イリヤと気まずい状態になって一週間ほど。
流石に直ぐに出て行けとは言われなかったし、かといって、いついつまでという期限も設けられなかった。
とにかく話をしていない。
ノーラの話で刺さった心のトゲも抜けないまま。
アロネが避けているのかイリヤが避けているのか、何ともギクシャクとして落ち着かない毎日を過ごしていた。
だが針の筵というわけではない。
これで他の使用人たちからまるっと無視されるようであればそうだったろうが、イリヤの付き人としての仕事が免除され、代わりに普通に使用人の仕事が回ってくる。
そもそもイリヤは自身の身の回りの事は自分で出来る。
ここでは一人で着られないドレスを着ることもないし、髪を複雑に結い上げることもない。
大体アロネが側にいた頃でもアロネの仕事からは免除されていた。
それにゲイルとも顔を合わせづらい。
使用人としての仕事も、なるべくゲイルに会わないような、顔を合わせても二人きりではない状態だった。
火を熾す前に、はふ、と息をつく。
もう寝付こうかという時間に外の呼び鈴が鳴らされ、何事かと子供たちを除く全員が出迎えたのだ。
もしや冬眠を逃したか、ねぐらを持たない熊の悪戯かと恐々扉近くの覗き窓から窺えば、人の集団だった。
最初に確認し、誰何したのはガルラだ。
それに答えたのは、村の少年のナイナだった。
商隊を道案内してきたから早く入れてくれという言葉に皆胸を撫で下ろした。
扉が開かれる前に男たちはそれぞれ棍棒だの斧だの、いざという時の武器を持って来ていたのだが、慌てて見えない場所に置いて、女たちは箒や塵取りを壁にそっと立て掛けた。
そういうわけで、正体を知って迎え入れる時に全員勢揃いしたのだった。
とはいえ、アロネだけは隊の人間が入ってくる前にシャルに言付けて直ぐに浴室へと走った。
この雪で彼らの手足が悴んでいるはずだし、旅の汗を流したい者もいるだろうと思ってのこと。
イリヤの父からの荷物を運ぶ隊が来ることは知っていたが、はっきりこの日と決められていたわけではなかったので皆すっかり忘れ――油断していたのだ。
「……はぁ、客間の準備はしてあるけど、どのくらいの人数なんだろ……薪はこれで足りるかどうか……」
ゲイルという栄養不足でヒョロヒョロでも力仕事の出来る男手が増えたので、それなりに薪や燃料用の小枝などは余裕を持って用意したつもりだ。
イリヤの私室、客間用、食堂用、使用人棟用、煮炊き用に浴室用。
まあ浴室は広いしゲイルの時と違って本来の蒸し風呂として使うので、五、六人程度まとめて入ってもらえば良いかとアロネが逡巡していると、慌てて駆ける足音が聞こえた。
何事かと頭を上げれば、シャルが駆け込んで来たのと同時だった。
「どうしたんで――」
「奥さまがお呼びよ、アロネ。急いで」
アロネはびっくりして目を瞬かせた。
「え、もしかして怒ってらっしゃいますか?」
「いいえ。今はそういう感じじゃないみたいよ、とにかく急いで!」
「は、はい!」
アロネは浴室の用意は後回しにして、シャルと共にエントランスへと慌てて戻ることとなった。




