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彼らの最愛の事情(2)



 それでもシエロは最高権力者、この国の唯一の王。


 だからもし、その気になればフィオーレの命の灯火を吹き消すのは本当に簡単で、彼女も好き勝手に振る舞っているようで彼から愛想を尽かされないようにだけは気をつけていた。


 だから、自由がないことも口喧しいお目付け役がいることも、シエロに会えないことなどは彼女なりにとても我慢してきた。


 けれど。


「……まさかダナレイに妻を宛がうなんて。彼のそういうところ可愛くない……好きじゃないわ」


 シエロがダナレイに嫉妬するのは良い。フィオーレを愛している証拠だから。

 だがその嫌がらせのためだけにダナレイに妻を娶らせたこと、わざわざ王命で、相手を指定して。


 あまり身分などに明るくないフィオーレでも分かる。


 たかだか地方の一領主、それもフィオーレの実家のある国境地や王都に多大な影響を及ぼす穀倉地域など、優位度の高い場所ではない領地、いわゆる田舎領主と呼ばれ、王都で他の身分ある者たちから見下されている領主に王命だ。

 それも同じ地方領主とは言っても、自分の元婚約者と弟夫婦という国にとっては大事な立場であり、治める領地も王家が直に抱える大切な土地持ちの家の娘。


 大事で大切はフィオーレのためのものだが、選ばれなかった可哀想(・・・)な女へのお詫びをシエロたちがしなくてはいけなかったから、有益な土地を渡したりすることは仕方ない。

(それに遠い国の王女さまだったのだから。わざわざ来てくれたのに帰れ何て言えないから。あのシエロの弟――涼しげで落ちついた素敵なレアスだってあたしは我慢して譲ってあげたの)


 いつかこっそり隠れ見た王女ティシアと王弟レアスの姿。

 とても綺麗な女で、話に聞く妖精とは彼女のことを言うのではないかと思ったくらい。

 愛嬌を振りまくフィオーレとは正反対で、気の強そうな雰囲気は人を寄せ付けない近寄りがたいものがあるが、薄く微笑むだけである種の性癖を持つ男たちを虜にしそうであったこと――あくまでもフィオーレの主観だ――が、無い物ねだりから羨望を超える嫉妬心を抱かせた。


 そして隣に寄り添うのは、大柄で闊達で自信満々、(オス)としての生命力の強さのようなものに溢れているシエロとは正反対の、おっとりと微笑む優男。


 そしてそんなティシアとレアスはまだ乙女心を持つフィオーレにお似合いだと思わせるものであった。

 それは女として強い敗北感も味わわせることになった。

 自覚はないが、ここでフィオーレはティシアに対して劣等感を持ったのだ。


 フィオーレは国境地の生まれで、父親はその地を治める領主だ。

 だが母親はこの国の者ではない。

 この国と国境を挟んで争う間の国の民だが、それはフィオーレと生母しか知らない秘密なのだが。


 それはともかく、他国の血が入ると見た目の美醜が良い方へと変わるのか、フィオーレは母譲りの飛び抜けた恵まれた容姿を持って生まれてきたので、周囲から可愛がられて育ってきた。


 それこそ、自分の取り合いで男たちが死んでしまうこともあったほどに。

 それはフィオーレにとって心の傷む事件ではなく、むしろ誇らしい出来事のひとつで、彼女に女としての箔がついたと自負させるものでしかなかったのだが。


 そんな彼女から見ても感嘆の溜息が思わず漏れ出るほど王女(ティシア)は儚げで美しかった。


 だが、現在(いま)のフィオーレにとって、本来ならば何の関わりも交わることもないはずだったのだ。


 それなのに。


 ――あえてダナレイにその女の娘を娶らせるとは。考えなしにも程がある。


 フィオーレは二人の間で迷っているような素振りを取ってはいるが、実のところもう白黒ついている。

 領主本邸の妻の部屋に居座っている時点でお察しだ。

 シエロは今頃地団駄を踏んでいるだろう。

 彼が自らこうなる後押ししてしまったのだ。


 もしダナレイを結婚させていなければ――させていたとしても別の女であれば。


 フィオーレはダナレイに固執しなかったかもしれないし、以前のように別邸で二人の男とつまみ食いできる男たちにちやほやされることで満足していたのかもしれない。


 大手を振ってシエロと会えないことが、お互いの恋心を煽る燃料となっていたが、しょっちゅういることによってお互いの粗も見えてくるというものだ。

 この場合、お互いのというよりはフィオーレのみの不満である。


 シエロに飽きたと言えばそれまでだが、今も彼女だけだと縋る男をそのまま捨てるのは忍びない。


 けれどもうあれから25年も経った。


 シエロはすでに何もかも落ちる一方。

   彼は退位してフィオーレとあの別邸で共に静かに暮らすことが夢なのだと語る。


 そうなればフィオーレはもうこれまでのような贅沢も出来ない、つまみ食いも出来ない、ダナレイにも会えないことは分かっている。


 貫禄と言えば聞こえの良い、腹と顎に顕著な中年肥りのせいであの覇気のある身体も顔も衰えた。

 財力も権力も現王だからこそ、だ。その座から降りてしまえば厄介払いとばかりにきっとシエロから何もかも取り上げてしまうだろう。

 しかし情はある。でもそれだけだった。


 フィオーレは部屋を見渡し、くふくふと微笑った。

「そりゃあ王都にあるシエロのお城の、きっと王妃の部屋には及ばないだろうけれど、本邸(ここ)だって素敵なのよ。それにあの女の娘だってこの部屋には入ってないんだから」


 ダナレイの妻であるイリヤに用意されていたのはこの女主人の部屋ではない。

 しかもイリヤは本邸にいた愛人たちを全員ダナレイの妾として認めさせてしまった。

 身分持ちの離婚が難しいこの国で、堂々とそれなりの身分ある男の隣に立つには妻か妾の座に就くことだ。


 ダナレイの結婚は王命。

 イリヤが座る妻の椅子は彼女が死ぬまで空かない。と、なると残るは妾という椅子だ。ダナレイは何とかそらは残しておいてくれたのだ――ところが。

 それすらフィオーレには座らせまいと取り上げられてしまって、フィオーレの身代わりでしかない、取るに足らない女たちを座らせてしまった。


 それも一気に五人も。

 高位身分、王族ですら表立って五人も妾のいる者はいない。

 そのせいでダナレイはフィオーレを妾にすることは出来なくなった。


『シエロが上手いことイリヤを使って邪魔をしたのだ!』とダナレイが怒り狂っていたことをフィオーレは思い出す。


 私はいいのよ、と本心とは裏腹の言葉を紡いで。自分のそれに酔っていたら、涙が自然とぽろぽろと溢れてきて。

 それを見たダナレイは強く抱き締め、彼女に永遠の愛を誓った。


 その誓いを果たすように、ダナレイはイリヤや妾たちを追い出した後、本邸に手を入れてイリヤの痕跡を全て消した。


 もっとも痕跡と言えるほどこの本邸にイリヤは住んではおらず、夫婦の寝室も初夜の一晩だけで――しかもイリヤは一人きりで過ごした――本来の意味で使ったこともないのだが、ダナレイはフィオーレのために手を抜かない。


 寝台も壁紙も家具も。

 何もかもまっさらに、フィオーレの好みに合わせて改装した。

 珍しい長椅子も彼にしては珍しくあちこちに頭を下げて随分無理を通したのだが、それは彼女の知るところではない。


 この本邸に(偽物)たちはいない。フィオーレ(本物)がいるから捨てられた。


 正妻(お飾り)もいない。領地でも一番本邸から遠い、山奥の別邸と言うには小さな館に、最低限の使用人たちと共に封じられるように押し込められた。

 きっとイリヤかダナレイか――誰かが死ぬまで二度と会うことはないだろう。


 フィオーレは片側の口角をゆっくり上げると鼻で嗤った。


 ――そう、誰かが死ぬまで。







 

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