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周囲の事情(2)



 そんな風にダナレイの恋人たちが一室に集まって今後について話し合っていた頃、同じく使用人たちもまた其処此処でこそこそと私語に勤しんでいた。

 

 それを耳に入れてしまった使用人頭のミーナは、注意しようと口を開きかけたが、すっと閉じる。

 領主館本邸の威厳というものはとうにない。

 三年の間、一度も訪れなかった――ダナレイがそれを許さなかったことは皆把握している――初めて見た女主人の第一印象について語りたいのだろう。

 

 ミーナは主に本邸内の使用人を束ねる立場であり、元々はダナレイとその姉たちの家庭教師を勤めていたほどの身分と教養高い女性だった。

 彼女が夫に嫁いですぐ。夫は悪人に唆されて欲をかいた結果、返しきれない金額の詐欺に遭う。それ以降何をしても上手く行かず、常に困窮していたためにミーナが働きに出ることとなった。

 

 寡婦となった身分の高い女性にありがちな家庭教師を彼女も選び、糊口をしのいでいた。

 だが数年前にとうとうどうにもならずに没落してしまった。当然前領主は彼女の働きに報いるため援助を申し出たが、ミーナは援助や支援をされてもまた同じことになるので、とそれを固辞した。

 ならばと使用人頭として再雇用された。夫は身分を分家に譲り王都を離れることで心の負担が大きかったせいなのか、譲って安心したのか寝付いて長い。

 

 現在出稼ぎしているミーナの代わりに分家の者が面倒を見てくれている。これだけ迷惑を掛けられたのだから離婚しても良かったのだろうし、実家もそう言ってきたのだが、ミーナだけになった時のための持参金はおそらく返ってくることはない。それを不服として訴え出れば後始末に右往左往している分家の者たちに迷惑をかけてしまう。

 詐欺を働いた者が元凶なのだが、夫をもっとしっかり止めることもできたな、とミーナは責任を感じている。当時は二人ともまだ若く、夫ともこれから深く知っていくところだった。夫も当然若い。自身の力で出来ると見誤ったのだ。

 結局のところ、ミーナは借金返済で日々追われ、子供も持てずじまいだったが、夫を見捨てることはできない。

 

 そんなミーナは前領主夫妻の子らを自分の子のように思って接してきた。

 

 当時の前領主夫妻は、可愛い末っ子長男が良い年頃になればすぐに(・・・)可愛い嫁を貰い、すぐ(・・)可愛い孫を三人ほど(・・)作って両親に抱かせてくれるものだと夢見て、それを強く信じていた。

 そして孫の家庭教師をミーナに頼もうと思っていた。

 

 だが、それは叶わない。


 数年前に前領主は最期までダナレイのことを気に病みながら空の上に魂を飛ばした。

 前領主の奥方は気落ちして寝付いてしまい、今は墓地を一望する屋敷を購入しそこで療養している。最近は他人と接することがないせいか記憶や言動が曖昧になってきているらしいとミーナは聞いている。あれだけ大事にされていた嫡男のダナレイは見舞いにすら行っていない。

 

 ダナレイとは歳の離れた姉たちはしっかり育ち、皆嫁いで行った。身分についてもミーナがきちんと教え、理解していたのでダナレイだけが異質に映る。

 後継者である男子と家を継ぐことのない姉たちでは勉強の内容も多分に違うところはある。けれども身分について学ぶ内容は変わらない。

 おそらく前領主がのぼせさせたせいだろう。ダナレイは当時真っ直ぐな子供であったために『ダナレイが一番』という言葉をそのまま受け止めていた。

 

 小さい頃は仕方ないこともある。だが勘違いしたままではいけないのでミーナは注意し是正に努めてきた。ダナレイより上の身分の方がいることは特にしっかりと。

 

 けれども、領都より(ひし)めき華やぐ王都に出向いたことはなく、領城や領主館とは較べようのない厳粛さに満ちている王城に招かれることもないダナレイと敬い跪き傅くべき王族とは婚約が決まったと呼ばれるまで全く縁がなかった。

 

 そのため王が一番偉く、領主をまとめる太守がいるのだとも知ってはいるが、民と領地を管理し税を集めそこから分けてやっている(・・・・・)と彼は考えていた。太守のところには代官が赴いていて、彼は実際に会ったことがない。なぜか居丈高に振る舞うダナレイに会わせられるわけがなかったし、太守も彼の人となりは噂でも何でも知っている。会わなくても税を誤魔化したり反乱の恐れさえなければどうでも良い、という考えに救われていることをダナレイは理解していない。

 

 ダナレイ本人は身分差を弁えなさいと言われることにいつも不満を抱えていた。顔にも出るし言葉にも出す。

 けれども意外とそれを振りかざしてミーナを解雇するなどと言うことはなかった。

 意外と『自分が一番偉い』ことと『好き放題する』ことは別として考えているようで、ミーナはそこだけほっとしている。

 

 領主館の本邸にいる女たちも、好き勝手させているようで目に余る贅沢や我儘は許していない。彼がただ肉欲に溺れているわけではないのだとはミーナには分かる。

 

 けれど、イリヤのことだけは全て気に食わなかったようだ。これだけは三年かけてもどうしようもなく、むしろ悪化しているように彼女には思えた。

 彼女の血筋から身分が高いために、同じ領主であってもあちらと家格が違う。

 婚約により初めてダナレイは王城に呼ばれ、直接王には会わなかったようだが彼らを前に我慢するという経験をさせられたことが腹立たしいのだろう、全てはイリヤのせいだと八つ当たりしているのでは?とミーナは考えている。しかし、だ。

(まだ太守の結婚ならともかく、たかだか地方領主の結婚に王が絡むこと自体異例よ)

 

 ダナレイの普段の様子から不敬だと不興を買ったおそれもあるが、王都から見ればここは領都とはいえ田舎も田舎。そこの坊や(・・)一人の言動が問題になるほど王家や高位身分の者と密な関係性もない。

 仮にダナレイへの罰だとしても、相手がいくら今後の結婚にケチが付いてしまった高貴な血を持つ娘だとしても。どうしてもダナレイには勿体なさすぎる相手なのだ。しかもダナレイは女遊びが激しい。

 

(どちらに対しても嫌がらせでしかない気がする……)

 いくらなんでも何も考えずに簡単にダナレイとイリヤをくっつけた訳ではないだろう、どちらも調査が入っているはずだ。

 王の覚え目出度いはずのないダナレイが、他国の逆鱗でもあるイリヤを娶らねばならない理由がミーナには思い付かなかったし、むしろ彼女を取り巻く状況から王が介入する意味がわからなかった。

 

(王や王家の思惑のあるなしいずれにしろ嫁いで来られた……本日からイリヤさまがこの領の女主人。それを領主さまに認めさせないとこれから先が……)

 

 どうしても自分が一番である、というダナレイの考えは結局捨てさせることができなかったな、と思ってミーナは暗い顔をする。

 ――もし、前領主が存命であったならば、今日この日を心から喜ばれただろうか。

 

 ミーナは嘆息した。

 

 





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