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周囲の事情(1)



 結婚式でイリヤの介添えを務めた女たち五人はダナレイのお手付きにして囲われている身である。

 イリヤは父の調べにより、彼女たちの存在を知っていた。

 大事な介添人すらダナレイの言うことを聞かねばならぬのも、婚約中とは言えいずれ妻となるならば婚家となる主人に従うことがこの時代のこの国の有り様であったからだ。

 イリヤは内心何をされるのかとはらはらしていたが、彼女たちはきちんと場を分を(わきま)え、雨が降れば傘を差し身を呈して花嫁を濡らさぬようにしてくれたことに驚いたと共に安堵した。

 

 式ですら幼児(おさなご)のように頬を膨らまし不満を隠さず不貞腐れるダナレイよりも、彼女たちへのイリヤの好感度がものすごい勢いで上がるのは当然だろう。

 

 本邸での彼女ら五人は自由奔放に振る舞っており、使用人たちから眉を顰められているのはその当人たちも知るところであり、当然イリヤもそういう目で見ていたためだ。

 ダナレイの愛を笠に着て、淑女とかけ離れた市井の娼婦のような振る舞いを好み、イリヤを貶める可能性があるのではという仕方ないとはいえある種の偏見である。

 

 そんな彼女たちだが、そもそもは(れっき)とした身分ある家で生まれ育った娘たちだ。あられもない姿で寝そべるのも、庭で求められ大きな声で喘ぐのもダナレイが望むからやっているだけでしかない。かまびすしく騒ぎ立てるような痴態を晒すことは彼女らの本意ではなかったが、恋人(・・)である彼の望みだからやっている。

 

 それは親が知れば、例え仕える主の命とは言っても頭を抱え恥じるかもしれない事ばかり。だが幸いにして女たちは五人ともにこの領地出身ではない。

 ここより遠い王都や王都近辺の出身である。また、イリヤ――というよりはその母絡みの話も、下位身分の間で公言は出来ないが、王都に近い者らの間では知られたことだ。下位身分の家で二番目以降に生まれた娘ならば、誰しも年頃に成長した時に母親から教えられることがある。

 

 ――例えやんごとなき方に見初められても、そういう方には婚約者や妻(先の方)がいる。

 身分差のある方に自身を望まれれば断ることは難しいので、先の方と自分との身分差をよくよく考え、決して先の方を疎かにしないよう――。

 

 下位身分の娘というのは苦労することが多いので、親はなるだけそんな中でも波風立たぬ幸せをわずかでも掴むために言い聞かせる。

 

 彼女らが結婚できるかどうかがそもそも不明だからだ。

 

 身分ある家に生まれた女ならば、結婚する時に生前贈与として持参金を持たされる。一般的な下位身分であれば用意出来るのはせいぜい一人分。長子優先なので、基本的に次女以下の身の振り方としては修道女となるか、自立もしくは家の助けとして働く道を選ぶことになる。

 当然持参金を不要とする結婚は色々条件のある訳有りであることが多い。

 

 そんな背景があるので、下級身分の子女が有力者の妾になるというのもひとつの道だった。

 一夫多妻が宗教教義に反するため、細い抜け道のように作られた妾という男性の欲求の捌け口を受け止める存在が許された。肉欲の問題だけではなく、家の存続のためという場合もある。

 ただ、妾という立場を口さがない者たちは『娼婦』と蔑むが、公に認められていて何も恥じることはない。妻の認めがあり、国に申請すれば妻に準ずる立場を得られる。呼び方は妾、公には第二夫人という扱いになる。妻と共に夫を支えたり、妻を補佐する。

 

 ダナレイの恋人たちがここに来た当初の目的は妾としてではない。この本邸で使用人として雇用されたところ、ダナレイに見初められ恋人として本邸にいることを命じられた。未婚のダナレイが妾を取るのはおかしいので、あくまでも『恋人』である。

 

 領主に求められれば否やは言えないのが彼女たちの立場。処女性を重要視しないお国柄なためにそこまで悲壮感はなかったが、まさか一人の男性に順々に揃って五人も侍ることになるとは、というのが彼女たちの本音だ。

 

 ダナレイは領主であり、男前であったので言い方は良くないが『幸運』だったほうだろう。好色なのか欲が強く、昼だろうと人前だろうとお構いなしだが。

 代わりに本邸からは出てはならないと通達されている。けれど別邸などに自分たちのような女はいない。なぜなら彼女たちとは別に本命がいるからだ。その彼女と別邸で過ごすことがあることも、愛のために独身を貫いていることも知っていた。

 

 ところが王の仲介で唐突に婚約者が決まったという。

 彼女たちはダナレイから直接は聞いてなかったが、本邸内がその話で持ちきりになり、それぞれ己の伝手から情報を集めていた。

 いずれ本邸に婚約者が挨拶にみえる際には、自分たちは部屋から出て彼女に恭順の意を示した方が良いのか、反対に出ない方が良いのかなど悩んでいたが、一切訪れる話も気配もないまま三年が過ぎてダナレイとイリヤは結婚した。

 それも介添人は自分たち。ダナレイがイリヤを疎んでいるのは常日頃語られる愚痴から知ってはいたが、まさか己の『恋人たち』を花嫁の世話係にするとは嫌がらせにも程がある、と内心憤慨していた。ダナレイとは正式に結婚できない彼女たちをも貶める行為だと彼は気付いていなかった。

 

 とにかく彼女たち――ダナレイからは色で呼ばれていて、本人たちもそれで呼びあっている――は式が終わり、本邸にてイリヤと離れた後、着替えながら集まって話をしていた。

 

「緑はどう思う? イリヤさまは私たちを不快に思われてるかしら」

「……そうねえ。駆け落ちした婚約者の相手を妾として認めていたって話だから、私たちにも冷たくはなかったような」

「紫に同じよ、私もそう思うわ」

「懐が広い方なのねえ、イリヤさまって」

「広いというか、気にしてなかったらしいの」

 紫の言葉に、皆が一斉に首を傾げた。

「――どうでも良かったらしいわ」

「……ああ、なるほど」

 彼女たちの予想では、最初から浮気している男など興味がないということで意見が一致した。

 

 と、なるとダナレイは最初から浮気、いや知り合う前から女を囲っている男である。良い風に見れば持参金が用意できず修道院で一生を終える覚悟を持った娘たちの世話をしているとも見えなくはない。ダナレイ好みの、という条件はあるが。

 彼女たちにとってダナレイは傲岸不遜で羞恥心というものを知らない男ではあるが、財布という点では文句の付けようがない男である。

 過去飽きたと捨てた女たちも、端金(はしたがね)を手切れ金とし使用人としての紹介状もしっかり持たせてくれるというある種の優しさがある。

 

 当然ダナレイに対してイリヤの家が調査しないはずがないので女関係は全て知られているだろう。

 ならば元婚約者のようにどうでもいいと思っていてくれないだろうか、ここの女五人を妾として認めてくれないだろうか。図々しいけれど、と全員が思った。

 彼女たちはもう行く宛のない、だが修道院へ行くのはやや躊躇うほどちょっとした贅沢を覚えた女たちだったから。

 





 

 

      

 







用語補足(※物語内の役職名なので実在する役職とは別だと考慮してください)


太守→領主家を取りまとめる立場。高位身分。


領主家→領地を治める立場。中位から下位身分。


代官→領主の代理や補佐をする。中位から下位身分。


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