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彼の心の傷の事情(2)

※同性による暴力行為描写あり。

苦手な方は飛ばして下さい






 この日は良い天気だった。


 東南の小国は雨が多い。ゲイルが振り返っても、黒く曇った空や、しとしとと雨の降る日ばかり思い出せる。

 ここの王族が日に当たらないというのも土着信仰から来ていたよなあ、と空を仰ぎ見る。雲ひとつない晴天だ。


 王への謁見が叶い、ゲイルは王宮から出て速やかに出国することになった(フラウの付き人は苦々しくもそれが一番良い手だと認めたのだろう)。


 王はフラウの実兄であるので、フラウの愛がどうとか、気持ちを汲んでやれ、など。またお花畑なことを言われたらどうしようかと思っていたが、心配するようなことはひとつも起きなかった。


 王はフラウの言動には触れなかったが、婚約者であるアシュに対しては危惧しており、二人どころか王宮の殆どに内密で国外を出られるように取り計らってもらえた。


 王は言わなかったが、好き勝手する二人に色々と溜まっているものがあるようだった。

 この先彼らに何があろうとそれはゲイルに関係ないことだ。


 謁見が済むと、王の指示を受けた使用人が抜け道を使って馬車へと誘導した。

 愛についてネチネチされたあの日に、使用人と共に荷物はいつでも出られるようまとめてしまっていた。

 着替えも最低限。

 おそらく王からの迷惑料だろう、使用人から金品を渡されそうになったがそれは固辞した。


 今回は行きと違い、小国の西から北上して東の国へ真っ直ぐ渡って自国を目指すことにした。山道なのでやや険しい道のりだが何とかなるだろうと考えた結果だ。


 そして小国の西の国境地に無事到着した。


 国境警備の任に就いている者は五人ほど。天気が良いのに他に旅人はいない。

 彼らはゲイルのタグや身分証明書を確認する。


「……おっかしいなァ~」

 ゲイルの父親くらいの年齢だろうか。小太りの男がタグを眺めながら首を傾げて呟いた。

「これ、本物ォ~?」

「……はい、そうですが……?」


 その粘つく話し方や視線に嫌なものを感じて、ゲイルは眉を顰める。


「ウチの国の北にある国境の焼印なんだよねェ? なーんか違うんだよなァ」

 ほら、と言って男は別の男にタグを回す。こちらは目付きが鋭く口は常に引き結ばれ、いかにも厳しそうな男だった。それが、タグを見た途端、口の端をくっと上げて嘲笑う。


「ああ、これはずいぶん立派なニセモノですね」

「――そんな!」

 ゲイルが声を上げたと同時に、室内にいる警備隊の男たちによって取り押さえられた。

 床に土下座するような形で首や肩を抑えられ、頭が上がらない。抵抗しようにも身体に彼らの力で圧を加えられ息も苦しいほどだった。


「……じゃァ、連れて行こっかァ~」

 小太りの奴の声がする。布で猿轡を噛まされ、手首は縄で縛られた。


 ゲイルさま、と背後で使用人が自分を呼んだ。彼の名を呼んでやりたかったが、口の戒めのせいで動かす事も出来ず、呻き声のようなものだけが漏れた。

 大柄なゲイルだが、検問所の警備をしているだけあって屈強な男たちには力も体格も負けていた。


 部屋の扉が閉まる際に、何かがぶつかったような鈍い音と、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえた。

 使用人のものだと思いたくなかった。

 ゲイルの身体の血が全て抜けたような気がする。頭がぼんやりしていたが、男たちによって小突かれながら足を進めさせられた。


 それでも何とか目だけできょろきょろと様子を窺い、逃げ道を探すも前後左右に男たちに挟まれていてよく分からない。

 使用人は無事なのか不安だった。


 子供の頃から家にいた下級使用人だ。旅に連れ回そうがこき使おうが最初は何とも思わなかった。

 それがいつの間にか大事な旅のお供だ。言語を勉強する時は彼も一緒にやった。言葉が分かる方が仕事も楽ですからと言っていた。歳はさほど離れていないのに「坊っちゃんもご立派になられて」などとまるで年寄りのように言うのをからかったこともあった。


 ――何で、何でだ。俺たちが何をしたって言うんだ!


 声にならない叫びは誰にも届かない。

 引き摺られるように連れてこられた部屋は彼らの寝室のようだった。

 今から何が起きるのか分からない。


 殺されるのか、拷問され尋問されるのか。


 ゲイルは寝台に突き飛ばされ横たわる。

 五人いた内の三人が室内にいた。後の二人はどこに行ったのか。カーテンは開け放たれていて、外の光が眩しいほど明るい。


「……ゲイルって言うんだねェ」

 小太りがゲイルの顎を持って左右に振り、ニヤニヤと笑う。

「ボクの趣味じゃないけどォ、コイツはきっと君が好みドンピシャだから、可愛がってくれるよォ~」

 コイツ、と視線で指した相手はあの目付きの鋭い男だった。


 ――ゲイルはその日その時に人としての尊厳を力尽くで奪われた。


 同意のないその行為そのものが暴力だが、彼らに代わる代わる一晩中罵られながら殴られ犯された。


 嘔吐いても吐き出すことは許されず飲み込まされ、屈辱的な行為は泣いても縋っても終わらない。


 特に鋭い目の男は暴力行為で余計興奮するらしく、鞭を使ってゲイルを嬲るのが好きだった。傷口が裂けて出血するとその血を悦んで舐め取っていた。


 それから数日か、もしくは一週間以上経っていたのかもしれない。ゲイルに日付の感覚はない。それだけ弄ばれ貪られていた。


 ある時、ゲイルとそう歳の変わらない青年が隙を見計らってやって来た。

 彼は凌辱行為中の見張りであり、ゲイルを凌辱したことはない。

 けれど、まさかコイツもか、と想像したゲイルは身体が硬直した。


「……私ではここから逃がすことしか出来ません。これがバレたら私も私の家族もただでは済まないので、バレないように逃げて下さい」


 青年から割れた陶器の破片を握らされた。

 皮膚を切られる痛みに、なぜ、という疑問が頭の中をぐるぐる回る。

「時間はあまりありません、急いで。私が縄をある程度切ります。怪しまれてしまうので自分で逃げたという証拠が必要なので、あなたもそれで縄を切って下さい」


 何度も説明されてようやく青年が本気で自分を解放しようとしていると理解した。縄を切るために手を動かす。その間、青年は陶器をここで割った偽装をするために欠片を撒いて散らかしていた。

 

 ゲイルは当然手に陶器の欠片を握っているためあちこち掠れて切れていた。だが、こうして血を出して痛い目に遭いながら縄を切ったことが大事な証拠になる。


 それにこんなことより痛い目にはこの数日で一生分遭った。ここから逃げられるならこの程度、痛みのうちに入らない。


 必死なゲイルから欠片を取り上げ、縄を切った青年は項垂れるようにして言った。

「更に申し訳ないことに、あなたのタグと身分証明書は既に他人の手に渡っています……」


 彼はここに勤めている者の着替えが置いてある場所、食料保存庫や逃げ道の説明を簡単にした後、

「……アシュ様は王族以上に我儘を許され育っています。その願いはいつも叶えられてきました。フラウ様との婚約を保留にしていたのだってそうです。本来なら王族の願いを蹴っていいものではありません。あなたのことが初めて上手く行かなかった経験となったのでしょう……嫌な思い出しか残せず、申し訳ありません……どうか生きて国に戻られますよう……私の弟はあなたに酷いことをしたと後悔していました。許さずとも、後悔していた男がいたことだけは知っていて下さい」

 青年は軽く頭を下げ、辺りを窺いながら部屋を出て行った。


 ゲイルはその後、検問所から命からがら逃げ出すことに成功した。


 青年の言った通りに誰かの着替えと布袋を適当に奪い、食料置き場から手当たり次第袋に詰め、人気のない裏口から抜け出した。そこには幾ばくかの金と薬が入った袋が置かれていて、ゲイルはそれを遠慮なく持ち去った。


 これが彼が苦しく辛く長い旅をすることになった最大の理由だ。








 

ゲイルの過去はここまで

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