絡まる事情(1)
※汚れのちょっとした描写有り。
ゲイルに支えられていたアロネは、そのまま自室に下がるようイリヤに言われ、その場を離れることになった。
アロネの希望でシャルが付き添う。
ゲイルが部屋まで連れて行くと言ったが、アロネはそれを拒否してシャルを呼んだ。
不満そうなゲイルと疲れきったアロネの間を、シャルの視線は何度か往復する。
シャルにすれば、湯浴み中に何かあっただろうことは間違いないので、ゲイルはアロネの「好い人」として連れて来られたのだと勘違いしていたのだった。
だが、アロネはゲイルの申し出をいらないと言う。それで中々手放さないゲイルに断って、アロネを支えた。
(そういえば、この人たちは奥さまの客人だっけ……)
イリヤたちが帰ってきた時に、客人を二人連れてきたと聞いて、邸内の者皆その準備にあたふたしなくてはならなくなった。
空いている部屋の確認と掃除、客人を招いたなら食事はいつも通りではいけないだろうと厨房は賑わい――怒声が飛び交っていた――、アロネからは湯浴みの準備をするから手伝ってくれと言われ。
領主邸の使用人としてあるまじきバタバタ具合だったのだ。
主であるイリヤからは「知り合いだけど、そこまで丁寧でなくていいから。夕食も普段通りより少し多め程度で大丈夫」という言葉があったので、厨房は落ち着いたが――彼らは浴室に隣接したかまどで大量の湯を沸かし運ぶ作業の方が大変だった。
「――ごめんなさいね、シャル。手間をかけて。イリヤさまも呆れたかしら……イリヤさまのお世話できず下がるなんて情けない……」
気落ちした様子のアロネに、気にしないで、と言ってから「そういえば」とシャルは続けた。
「ねえ、あの彼。あなたの好い人なんじゃないの?」
「……違うわ……そう言われると思ってた……全く何もないの。何もヤッてないんだから。ほんとあの人酷いことになってたのよ、特に臭いが」
「臭い」
「髪も虱だけでなくてノミまでいてね――思い出しただけで痒くなる……ゾッとする……虫の死骸や蛙の干物、ネズミの尻尾まであったのよ、髪の毛の中に。何でなのよ……どうしたらそうなるのよ……よく頭が無事だったわあの人」
「ひぇ」
「ハゲてないのが救いよね……掻き毟って頭皮は瘡蓋がたくさんあったけど……」
「――アロネ、お疲れ様。もう胸が一杯でこれ以上何も聞きたくない気分になれたし、夢にも見そうよ。ありがとう」
「……そう。私も疲れたわ」
アロネがぐったりとしながら話す内容はシャルに鳥肌と背筋に悪寒をもたらした。その一方で違うことも考えていた。
(あら、アロネの好い人じゃなさそうってことは……そっか。湯浴みの手伝いはそのままの意味か。奥さまがアロネにそんなことを命じるはずがないものね)
主が客人をもてなす際、女使用人に湯浴みの手伝いをさせるということは、性接待を頼んだということ。
ダナレイならばともかく、イリヤがそのようなことをこの邸でする訳がない。アロネにもシャルにも誰にもさせないだろう。
ではあの男は何なのか。
一緒に来たナイナのことは顔馴染みだから知っている。
あの少年は村人だ。懐っこくて面倒見がよくて、頭の回転も良い。誰にでも好かれる子だ。
一度でも村に下りたことがある邸内の使用人なら皆が知っている。
村人、というわけではないだろう。あの髪色はこの国特有のものだが、村人にはない色だ。
村人の中にも赤の混じった者はいるが、はっきりした赤毛や赤茶色の髪はない。不思議なことに、髪や瞳の色の違いは同じ国の言葉を話していても出自が違うことを教えてくれる。
それに、とシャルは溜息を吐いた。
(それに、あの男はアロネにかなり興味があるみたいなのよね。アロネは全く分かっていないようだけど……まあ、アロネだってまだ若いんだし、奥さまのように身分に縛られているわけじゃない。恋人の一人や二人出来たっていいんだし、再婚したっていい――ま、アロネ次第だからどうなるやら)
アロネにシャルがいいと言われた時の男前のひどく残念な顔は面白かった、とシャルはくすくす微笑ってアロネから不審に思われていた。
* * * * *
「これ、これ特に美味かったよ、ゲイルさん」
「――鹿肉のローストか……うん、さすが美味い。焼き加減も最高だし、何よりこのソースだな」
「食べたことない味だけど美味しかった! 同じ焼くでも全然違うんだな!」
興奮したように語るナイナに笑顔で頷くゲイルは後れ馳せながらの夕食を味わっていた。
カトラリーを上手に扱う様子から、使用人たちはゲイルがそれなりの身分がある者だと見なしたらしい。
ゲイルは特に使用人たちから何か言われたわけでもなかったが、食事中に彼を見る目が変わったのはありありと分かる。
厨房を任されている家事使用人たちはナイナとゲイルの絶賛ぶりに顔を見合わせて満足そうにしている。
夕食は大皿だが、調理に手を抜いているわけではない。普段から主であるイリヤのために大袈裟なディナーではなくとも美味しいものを食べてほしいと日々努力しているのだ。
湯浴みで遅くなったアロネとゲイル以外は済んでしまっていたので、改めて火を入れ温め直したものを出してある。
ゲイルは村でも遠慮して料理にあまり手を出していなかった。
村は貧しいわけではなく、ゲイル一人くらい満足に食べさせられる備えはあったのだけれど、これから厳しい冬――寒雪季を迎えるため、食料の備蓄は大事にしておきたいだろうと踏まえた結果だった。
実際は村も邸も山神の恵みによって、時期外れの豊作や獣肉が豊富に獲れたことによりそんな心配は全く不要だったのだが。
さすがに領主別邸では遠慮なく――イリヤからも残せば誰も食べないから無駄になると脅され――食べている。
きちんとした料理。カトラリーを使う人間らしい食事。そういったものにゲイルはほっとした。
村での食事や、ナイナからもらった茶なども彼を癒したが、やはり子供の頃から食べ慣れたものというものは一番安心感を与えるのだなと思えば感慨深かった。
食事を終えた使用人たちは、イリヤがいいと言ったのでそれぞれ自分の仕事を終わらせるために持ち場へと子供たちを連れて戻っていった。
食堂に残っているのは、イリヤとキャス、厨房の三人、ゲイルとナイナ。キャスは護衛なので、入り口の辺りで立っていて話には混ざらない。
「食べながらでいいから聞いて」
ゲイルの向かいに腰を下ろしているイリヤが口を開いた。手元にはお茶のカップが置いてある。
「きちんとゲイルのこと紹介しようと思ってたんだけど、ごめんね。タイミングが合わなかったわ」
「いや、だいぶ大変だったからな……その、アロネさんが」
「アロネはだいぶ気にしていたから……」
「あっ、ええと、その。――俺を?」
イリヤは頷いて遠い目をした。
「臭いを」
聞いたゲイルはがくんと頭を落とす。
「臭いかー! だよなあ! そうだよな」
「仕方ないとはいえ、ずいぶん、その……酷かったもの。邸なら着替えもあるしね」
「着替えも助かった。どれだけぶりかで洗濯された服に袖を通したよ。そういえば浴室もだいぶ汚してしまって申し訳なかった。アロネさんはアレを片付けていて余計疲れたんだろう。食欲もわかないのは仕方がないから叱らないでやってくれないか」
「そんなことでアロネを叱ったりしないわ」
いつの間にかアロネの名を呼んでいるゲイルが、イリヤは厳しく使用人たちを躾けているのだと思われていることに何だか業腹だった。
無性に腹立たしい小さなそれがイリヤの胸にちくっと刺さる。
※未成年の飲酒喫煙労働など認められている世界です。
※教養旅行のルビにグランド・ツアーという実際にある言葉を借りましたが、内容はこの世界独自のもので実際のものとは違います。
国名や家名が必要な気がしてきました。
分かりにくかったら感想欄ででも教えてくださいませ┏(ε:)و ̑̑
読んでくださってありがとうございます。




