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妾の事情(1)



 広い部屋には割れた花瓶や水差しが粉々に散乱し、陶器で出来た人形の顔面が割れ、身体と泣き別れになっている。

 カーテンは引き千切られ明るい陽射しは遠慮なく入り込んでいる。クッションは散らばり調度品は倒されてまるで野盗の襲撃でもあったかのようだ。

 

 荒れた室内の隅に怯えて泣きながら身を寄せる女たちを睨み付けたダナレイは、まるで威嚇する野犬のように歯を剥いて唸る。

 激情のままに暴れたのはダナレイだ。

 傲慢で子供じみたところがあるとは言っても、ここまで激昂した姿を彼女たちは見たことがなかった。

 

 そのせいでひとりは泣きじゃくって謝り続け、別のひとりはガチガチと歯を鳴らして身体を掻き抱いている。女たちは怯えきっていた。だが部屋の隅に追い詰められ座り込んだ彼女らを庇うように、一番前で両手を広げていた女は血の気のない顔で真っ直ぐダナレイを見つめていた。

 気丈に見えているが、その身体はかすかに震えているし、左頬は赤く腫れて口の端に血が滲んでいる。

 足は震え腰には力が入らないのを何とか踏み止まっている。

 

 つい先刻、荒々しく室内に入ってきたダナレイは側にあるものを蹴り倒し、その手に届くものは全て力任せに薙ぎ払った。そして怒気も顕に『妾にしろとあの生意気な女(イリヤ)に言ったのは誰だ!!』と詰め寄ったのだ。

 普段とは明らかに様変わりした彼に驚きと恐怖で誰も答えられずにいると、ダナレイの近くにいた女に手を上げたのだ。

(失敗した――)

 

 ダナレイの恋人たち――妾たちの中でも一番古参であり、彼と付き合いの長い『緑』と呼ばれているシャルは唇を噛んだ。痛みは酷いが彼女はそれどころではなかった。

(私のせいで、皆を巻き込んでしまった――)

 

 公に認められた妻であるイリヤに自分たちの立場を守るために妾とするよう認めてほしいと働きかけたのはシャルだった。

 ダナレイは考えているのかもしれないが、結婚式が終わり、十日の蜜月期間も過ぎても彼女たちにこれからのことを何も言わない。

 

 妻となったイリヤが司法院に訴え出れば、シャルたちは不貞の罪に問われても何の申し開きも出来ない上に、ここ(領主館)を無一文で叩き出される可能性も、実家に累が及ぶ可能性もある。

 ダナレイからイリヤへ紹介されることもない。ならば詳細も語ってはいないだろう。

 初夜の晩から十日間、彼はシャルたちを相手にしていたのだから。

 そして客人を招いてのお披露目の日程を詰めることなく、ダナレイは領地別邸へといつものように出掛けてしまっていた。こうなるとひと月は帰ってこないのだ。

 

 そして式では介添人は務めたが正式に挨拶などしていない。さらにダナレイの指示とは言えこれまでの自分たちの振る舞いのせいで、使用人たちはシャルたちがいるところにイリヤを連れてくるような真似はしない。当然だろう。

 彼女たちは本来ならイリヤとの婚約が決まってからすぐ、もしくは婚約中三年もの猶予があったのだから、その間に自分たちの身の振り方についてもっと真剣に考えなければいけなかったのだ。

 

 許してくださるといいわね、ではなく、許してもらえるよう動かなければならなかった。ダナレイが良いようにしてくれるだろうと安穏としていてはいけなかった。

 シャルは女たちと話し合った。

「今はまだいいの、奥さまがお目こぼししてくれているから。だけどいつ気が変わられるか分からないわ」

「ダナレイさまが帰ってきてからでは……」

「帰ってきても……」

 変わらないのでは、と女たちの意見は一致する。おそらくダナレイはイリヤを無視し放置する気だろう。これまでとここしばらくの頑なな様子からそれは理解できた。

「ならば奥さまに直談判してお願いしてみる?」

「皆で頭を下げてみない? 妾として認めてくれって。五人もなんて図々しいかもしれないけど、ダメで元々だし。皆今さらどこかの屋敷の使用人の仕事なんて出来る?」

 シャルが皆の顔をぐるりと見渡して言えば、皆首を小さく左右に振る。

「……そりゃあ、そりゃあね、ダナレイさまはたまに無理なことを仰ることもあるけれど。普段はお優しいもの」

「それに誰かひとりがぬけがけのように妾になるのは嫌だわ! 私だけ、っていうのももちろん嫌よ」

 彼女たちがダナレイの側に侍るようになった時期はそれぞれ違う。けれどこの五人になって何年も一緒だった。

「……ならば決まりね。何とかして奥さまにお会いしましょう」

 シャルの言葉に全員が力一杯頷いた。

 

 こうしてイリヤから認められ、彼女が妻として妾を認める旨の書状を提出したことで女たちは何とか安泰だと胸を撫で下ろしていたのだった。

 例えイリヤが訴え出なくても、事情を知る誰かがダナレイや女たちをどうにかしてやろうと思えば、妾ではない彼女たちは邪魔でしかない。何かあればダナレイは領主であるから女たちとの関係を容赦なく切るだろう。

 

 けれどももう妾と認められた。これで大手を振ってダナレイの帰りを待つことができるし、誰に咎められることなく閨に侍ることができる、とシャルは思っていた。だが、それはダナレイにとって全てが余計なことだった。

 

 目の前でふうふうと荒い息をつき、憎らしげに自分たちを見るダナレイはこんな男だったろうか、とシャルは頭の片隅で考える。

「お前たちとあの女のせいで、私はもう彼女を手に入れることが出来ない! 私がお前たちを愛しているとでも思っていたのか!!」

 

 自分達たちを罵るこの人は優しい男だった――はずだ、でも、とシャルは思い出す。これまでダナレイのお手付きとなった女たちはなぜ辞めていったのかを。

 

 ――あの娘は言葉づかいが違う。あの女は髪の色が変わった。あれは太ったから、これは痩せたから体型が違う。彼女とは違う――。

 シャルは目を見開いた。

 

 妾たちには共通点があった。

 それなりに教育を受けていて、皆お揃いのように髪と瞳は栗色。身長も同じくらいで体型もそう。普段着からお出かけ着まで交換して着られるくらいサイズが同じ。服も装飾品も彼女たちの好みではない色や形のもの。

 皆双子とまではいかないが、姉妹かなとは思えるほど顔つきもどことなく似ている。

 そしてダナレイの望む通りの振る舞いを求められていた。

 

(……今さら、今さら気付くなんて。ずっと存在を知っていたのに……)

 ぬるま湯に浸かるように、ただダナレイの望む人形の如く生きていたシャルは大きな思い違いにやっと思い至る。

(私たちはあの人の代わりだったのね……)

 ダナレイを心から愛してはいないけれども、時間を過ごし身体を重ねた分の情はある。好かれていると思っていたからこそ自分たちを無下にはしないだろうと思い込んでいた。

 過去これまで本邸を去ったダナレイの恋人たちに手厚い補助があったのは前領主夫妻がいたからで、ダナレイは一切顧みていない。

 シャルは心の中で絶望の悲鳴を上げた。けれど嘆いている場合ではない。主であるダナレイの怒りを鎮めるためにシャルは責任を取らねばならないのだから。無知で厚顔で恥知らずであった責任を。震える身体を叱咤し、シャルはダナレイの怒りに赤く血走る目を真っ直ぐ見返して言った。

 

「私です。私が奥さまにお願いしました――」

 

 

       * * * * *

 

 

 イリヤが別邸へ赴くにあたり、シャルたちは彼女の使用人として付いて行きたいと使用人頭(ミーナ)に願い出ることにした。

 ダナレイはあれから彼女たちの前には姿を現しておらず、身の振り方に関して彼の付き人からは早いうちに出て行くようにと告げられただけだ。贈られた物は置いていくようにと言うケチ臭い言葉と共に。

 

 もう道はない。使用人は嫌だの何だの言っていられないのだ。叩き出されることは決定だった。

 


 

 


 

 


 

 


       * * * * *


緑:シャル ・25歳・恋人歴10年


紫:マーレ ・30歳・恋人歴 7年


紅:ミレイユ・19歳・恋人歴 5年


白:ロージー・21歳・恋人歴 3年


紺:ノーラ ・18歳・恋人歴 3年



 ダナレイは彼女たちに「あの人がこの年齢だった頃はこんな感じだろう」と妄想を重ねて楽しんでいます。クズですね。

 

 あの人と彼女たちの髪や目の色、雰囲気は似せられていますが、みんな顔はそんなに似ていません。並べば「あ、似てる?」程度です。他人なのに雰囲気や髪型が同じだと双子のように感じるあの現象です。


 それぞれの色を現す造花を髪に差しています。

 付き人はいませんので、何でも自力ですが手間のかかる身支度が必要な際はお互いでやっています。夜会やお茶会など招待されないので、基本的に普段着として与えられた服を着ています。


 彼女たちの実家は困窮しています。

 作中では用語として曖昧にしているために使いませんが、いわゆる貴族ですので爵位を守るための後継者と有力者と縁を繋ぐ長女を育てるのに必死。他の子供に愛情がないわけではなく、長子優先が当然で見栄が大事な世界です。


不要かも設定置いていきますね。

読んでくださってありがとうございます。

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